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 話し合いから2週間。 

 エリザベスはというと、馬車に揺られていた。

 対面に座るのはレナード。いやに楽しそうな様子で外を眺めている。


 ……どうしてこうなったのかしら。

 レナードよろしく流れる風景を見つめながら、エリザベスはこの旅の始まりを思い返していた。





 話し合いから数日経ったある日のこと。

 婚約破棄をされたエリザベスは登城もなく、また、両親からの気遣いにより、部屋に引き篭もっていた。

 いつぶりかの休み。両親には悪いが、しばらくこうしてゆっくりするつもりだった。


 そんな折だった。エリザベスに来客があったのは。





「……まぁ、レナード様ではありませんか」

「やぁエリザベス。元気だったかい?」


 客間にて、ひらひらと手を振りながらにこやかにエリザベスを迎えたのはレナードだ。


「今日はお誘いがあってここまできたんだよ」

「……お誘い?」

「そう、お誘い。単刀直入に言うとね、私と諸国巡りの外遊に出ないかい?」

「……はぁ?」


 紅茶の注がれたカップを手にしたまま、エリザベスは眉根を寄せた。淑女らしからぬ所作だが、今はもうどうでも良かった。


「なぜわたくしが?それに外遊とは一体どういうことで?」

「あぁ、それなんだけどね、半年後に私の誕生パーティーがあるだろう?せっかくだから各国の貴族に自分から招待状を渡しに行こうと思って」

「はぁ。それは結構なことで」

「それで、君にその補佐をやってほしいというわけだ」

「…………はぁ?」


 寄せたままだった眉根の皺を更に深く刻み、エリザベスは首を傾げた。


「半年後のパーティーまで、君はマークの婚約者のままだ。とはいってもそれは表向きだけ。登城する必要もなくなり、特にすることもないだろう?だから暇潰しの提案をしに来たというわけだ」


 レナードの言う通りではある。

 確かに卒業パーティーの場で、大勢の貴族たちに婚約破棄騒動を見られてはいる。しかしことの顛末を公に公表していない今、どんな噂がのぼろうと、世間的にはエリザベスはマークと婚約を結んだままなのだ。今の状態では新しい出会いを望むこともできず、ひたすら屋敷で暇を潰すか父の仕事の手伝いをする他なかった。


 補佐についても、王太子妃教育の一環として外交に出ることもあったエリザベスには問題なくこなせるだろう。とはいえ、


「レナード様が執り行っている政務はどうなさるおつもりで?」

「政務?あぁそれはマークに任せてみようと思ってね。あれももう学園を卒業した訳だしね。しばらくたいした仕事もないし、念のため私の補佐も付ける予定だ。 しかしそうなると私の外遊に着いてきてくれる補佐がいなくなってしまうだろう?その代わりを君に務めてもらいたいんだ」

「さようですか」


 改めてエリザベスは紅茶を口にした。味はよくわからない。


「……しかし、表向き王太子の婚約者であるわたくしが、王弟殿下と諸国を巡るのは外聞が悪いのでは?それに学園の卒業も他国に知れ渡っているはず。必ずそのことを疑問に思う方はおられるかと」

「もちろんそこについての策はあるよ」

「…………それは信頼できるお言葉で?」

「……おや。てっきりエリザベス嬢にはもう少し信頼されていると思っていたんだけどね」


 あからさまに目を丸く大きくして、レナードはしれっと言い放つ。エリザベスがじろりとレナードを睨みつけた。


「……正直に申し上げますと、わたくし、レナード様にはがっかりしていますのよ」

「私に?どうして?」

「同じように婚約破棄を言い渡された貴方が、……ご自身のお誕生日パーティーで、マーク様とリリィ嬢の婚約をお披露目しようだなんて提案されるとは思っておりませんでしたから」

「あぁそれね。もしエリザベスが私の外遊に着いてきてくれるなら真意を教えてあげよう」

「……」

「私と国を巡るのは嫌かい?良い暇潰しになると思うんだけどな」


 エリザベスが難色を示しているというのに、どこか余裕ありげにレナードは笑みを浮かべている。どうせ最終的にはエリザベスは着いてくると、そう信じて疑わないような笑みだ。


「……わたくしに断る権利はなさそうですわね」

「理解が良くて助かるよ。君のご両親には私から話をつける。なに、悪いようにはしないさ」


 さっそく、と言わんばかりにレナードが立ち上がった。

 その背中を見送って、エリザベスはため息をついた。……婚約破棄を言い渡されてから、ため息ばかり吐いている気がする。





 かくしてレナードとエリザベスによる珍妙な旅は始まったのだ。


 とはいえ未婚の王弟と、婚約破棄されたばかりの侯爵令嬢。間違いがあっては困ると、馬車にはエリザベスの侍女も同乗している。


 小窓から景色を眺めながら、エリザベスはす、と目を細めた。



 ——そも、エリザベス達の住むこの土地は、かつてひとつの大きな帝国だった。


 しかし帝国としての成熟期を迎え、政治は腐敗し、民の生活は苦しくなる一方。あるときクーデターが起こり、それをきっかけにいくつもの国に分裂してしまったのだ。


 帝国は分裂してしまった。しかし元帝国民の誰もが、もうクーデターは懲り懲り。無意味な死者を出したくはない。というのが、満場一致の意見だった。


 もう同じ轍は踏ませない。


 無意味な戦乱が起こらないように、国家間の協定をがちがちに固めた。和平協定だけではない、貿易や物流を駆使し、経済からなにから相互に干渉しあい、絡み合うようにしたのた。

 クーデターをきっかけとして分裂した国々なのだから、もちろん最初は上手くいかなかった。戦火の魔の手が再び伸びたときもあった。それでも、数えきれないほどの対話を交わし、今の形に落ち着いたのだ。


 そんな歴史を辿るからこそ、婚約破棄騒動が重くのしかかるのだ。

 一国が崩壊、ないし秩序が著しく乱れてしまえば、それは他国にも波及を及ぼす。一代限りの婚約破棄ならばどうにかなったものを、二代続けてときてしまった。


 エリザベスが思案する間にも景色は流れゆく。けれどエリザベスの心はちっとも踊らない。



 ——この国はどうなるのだろう。男爵令嬢に国母など務まるのだろうか。

 

 

 エリザベスの懸念をよそに馬車は進んで行く。国境はすぐそこまで迫っていた。

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