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 卒業パーティーから数日。話し合い場が設けられた。


 場に呼ばれたのはエリザベスとマーク、更にそれぞれの両親。仕切るのはレナード、そんな面々だ。


「さて、まどろっこしい前置きはなしにして本題から入りましょう。数日前の卒業パーティーで、マークがエリザベス嬢に婚約破棄を言い渡した。……というのは、みなさまお知りおきですよね?」


 厳しい顔で頷いたのはエリザベスの両親だ。相対する国王夫妻も、神妙な面持ちで首を縦に振った。


「なんせ王家と公爵家の婚約。当人たちだけでどうにかできる問題ではないとこの場を設けましたが……。マーク。今一度、君の言い分を聞かせても?」

「勿論ですとも!リジーはあまり学園に出席せず、出席したところでリリィに嫌がらせをするばかり!こんな女では王妃に相応しくないと婚約破棄を言い渡したのです!」


 自分には絶対非がない、とでも言わんばかりの口ぶり。あまりに堂々とする様子に、エリザベスはいっそ感心してしまう。


「マークの言い分はわかった。エリザベス嬢、君はどうだい?」


 レナードに話を振られ、エリザベスは持参した書類を取り出す。


「学園への出席が少なかったのは事実ですわ。ですがそれはそこなマーク様に代わり、雑務や外交を行なっていたからです。嫌がらせについても、まったくの無実でございます。影からの証言も取りまとめてきましたわ」

「ふん!僕は雑務を頼んだ覚えなんかない!それに、なにが影だ!どうせ公爵家の者だろう?いくらでも捏造できる」

「そう言われると思いまして、王家の影からの証言もございましてよ?」

「え?」

「あら、マーク様はご存知でなくて?王太子と婚約を結んでいるのですから、公爵家とは別に、王家の影も常に付き纏っていましてよ?」


 ぱらぱらと手持ち無沙汰に捲る書類には、これまでのエリザベスの行動が仔細に記されている。


「この書類と、リリィ嬢の証言を照らし合わせてみてください。すぐ矛盾にお気づきになられるかと」


 ひったくるようにエリザベスから書類を奪い取ったマークが、乱雑な手付きで紙を捲る。せっかくまとめたのだからもう少し丁重に扱って欲しいわ、とエリザベスはため息をついた。


「ではマークがそれを確認している間に、双方のご両親の意見も伺いましょう」


 先に話すよう促され、国王夫妻が顔を見合わせて頷いた。


「……私たちは、正直なところ、息子の愛を応援したいと思っている」


 うわぁ、とエリザベスは思った。両親もどうやら同じようで、げんなりした顔をしている。


「真実の愛とは素晴らしいものだ。……息子もそれに目覚めてくれたのは、たいへん喜ばしいと思っている」

「その通りです。やはり愛なくしては生きてはいけませんわ。……わたくしと王のように」


 うわぁ、とまたエリザベスは思った。それと同時に、卒業パーティーの場で、断罪などしなくて良かったとも。

 レナードをちらり見ると、レナードは特に表情を崩すことなく淡々とした様子だ。


「…………発言の許可を」


 す、と手を上げて、エリザベスの父がレナードに問う。


「構いません。どうぞ」

「………では陛下。エリザベスとマークの婚約は破棄し、男爵令嬢との婚約を認めると」

「……そうなるな……」

「男爵令嬢が王妃に?」

「私の息子はマークただ一人だからな。自ずとそうなるだろう」

「……さようでございますか……」


 場が静まり返る。マークが書類を捲る音だけが虚しく響く。


「…………では、これから、男爵令嬢に王妃教育を始める、と」

「そうだ。というかバートリー侯爵、さきほどからわかりきったことばかり聞くのは失礼だと思わないのか?」

「……申し訳ありません。しかし陛下、失礼ながら男爵令嬢に王妃教育を耐えるのは無理では、」

「バートリー侯爵!あまりに口が過ぎるぞ。真実の愛で結ばれた2人なのだからそれぐらいこなしてみせるだろう」

「……さようで……」


 ——これでエリザベスの、王太子妃として積み上げた努力は全て泡と消えた。

 さすがに思うところあり、思わずエリザベスは俯いてしまう。あれだけ努力してきたというのに、『真実の愛』を前に全て無駄になってしまった。


「なんだこれはっ!」


 そしてまったく場の空気を読まず、突然マークが叫んだ。


「なんだこの捏造だらけの書類は!リジー!君には本当に呆れた!こんな姑息な真似までしてリリィを陥れたいのか!」

「まあまあ落ち着いて。マークとリリィちゃんの婚約は認められたんだから、ね。そんな書類は放っておきましょう」


 激昂するマークを止めに入ったのは王妃そのひとだ。なにがリリィ『ちゃん』だ。この様子だと、自分の知らぬ間にリリィ嬢は王妃も懐柔済みかとエリザベスは内心悪態をつく。


「では取り纏めます。マークとエリザベス嬢の婚約は破棄。リリィ・ネイラー男爵令嬢をマークの婚約者に。明日からはリリィ嬢に王妃教育を始めてもらう、これでよろしいでしょうか?」

「うむ、相違ない」


 満足気に王が頷いた。息子も真実の愛に目覚めたことが、父親なりに嬉しかったのだろう。


「……あの、最後に一つだけ尋ねたいことがありまして……。発言の許可を」


 王とは違い、沈痛した顔で、再びエリザベスの父が手を上げた。


「許そう」

「……慰謝料等はどうなるのでしょうか」

「慰謝料?これは、真実の愛の話なのだぞ。愛を前に金の話などなんと無粋な」

「……」


 だめだ。とエリザベスの両親は首を振った。慰謝料は惜しいが、エリザベス本人ももう王家の人間にはうんざりしており、話し合いをする気力もなかった。


「双方、他に話すことは?」


 勝ち誇ったように王と王妃、マークはふんぞり帰っている。一方エリザベスとその両親は力無く首を振ることしかできない。


「そうしましたら私から提案がありまして。半年後、私の誕生日パーティーが開かれるのは周知の事実かと思いますが……」


 ぱん!と場にそぐわない乾いた音が響いた。レナードが手を叩いたからだ。


「その誕生日パーティーで、ぜひ結婚の発表をしてはどうでしょうか?各国の貴族も招待する予定ですし、お披露目にはうってつけの場かと」

「……おお!おお!そうだな!それが良い!マークの得た、真実の愛の素晴らしさをみなに知らさねばと思っていたのだ!」

「ではそういう段取りで。サプライズ発表の方がパーティーも盛り上がるでしょうから、表向きは、エリザベス嬢とマークの婚約はそのままということにしておきましょう」


 ……レナード様がこんな提案をするなんて。

 深い衝撃がエリザベスを襲う。王やマークと違って話がわかる人だと思っていたのに。ましてレナードは婚約破棄の被害者本人なのだ、もう少し、エリザベスに寄り添ってくれると、そう、思っていたのに。


 エリザベスは思わず下唇を噛み締めたのだった。

 

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