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 2人の旅はかくも続く。


 国々を巡り、その度に婚約破棄の話を大袈裟に披露する。もちろん、レナードの誕生日パーティーの招待状も忘れずに渡して。

 そしてその間、公式でない場では、レナードは必ず件のブローチを身に付けていた。それが目に留まるたびにエリザベスは嬉しくなり、そして同時に胸をときめかせていた。


 しかしレナードは、ブローチの一件以来、エリザベスに対してこれといったアピールはしてこなかった。それもそうだ、表向き王太子の婚約者であるエリザベスと過剰に接触しているところを見られてしまっては、それこそ外聞が悪い。所詮、王弟も王太子の婚約者も同じ穴の狢だったと笑われてしまうのが目に見えている。


 だから表だって派手なことはされなかったが——レナードと目が合うことは格段に増えた、とエリザベスは思っている。

 

 ふとレナードの方を見ると、彼は必ずエリザベスを見つめていた。視線が絡むと、柔らかく目を細めて穏やかに笑う。けれどその柔らかさの中には、確実に男性としての熱も感じられて、エリザベスは胸を高鳴らせていた。



 そうして旅に出て5ヶ月。ここが最後の国だよ、と国境を越えたタイミングで、レナードがエリザベスに伝えた。





 その国でもいつものように婚約破棄のことをそれとなく話し、涙を見せ、同情を誘った。エリザベスの姿を見た国王夫妻はそれはそれは涙を流し、なんだったらこれまでで一番、エリザベスに同情を寄せた程だ。


「また、悪しき婚約破棄が行われたのですね」

「なぜそんな愚行を繰り返すのだろうか」


 あまりに親身になってくれるものだから、エリザベスも少し不思議に思っていた。兎にも角にも国王夫妻と謁見が終わり、一泊して、あとは国に帰るだけだと思っていた夕暮れのこと。


「リジー。実はこれから人に会う約束があってね」

「……約束、ですか?」

「あぁ。マデリン・ブラック……兄の元婚約者だ」

「……!」


 その名前に覚えがある。そう、それは確か、


「陛下に婚約破棄され、王家に愛想を尽かし、一家丸ごと移住してしまった、という、そのご令嬢ですか?」

「そうだ。他国とはいえ侯爵貴族だったからね。この国でも伯爵との縁に恵まれもう結婚しているが……せっかくだから誕生日パーティーにも呼ぼうかと思って……。リジーはどうする?」


 マデリン元侯爵令嬢。国を去った令嬢の話題は御法度で、だからエリザベスも名前しか知らなかった。どこの国に渡っただろうという疑問も少なからずありはしたが、危険を冒してまで知ろうとは思わなかったのだ。


「……わたくしもお会いしたいです」


 レナードの誘いにエリザベスが乗った。

 王太子に婚約破棄された令嬢が、今、どうやって生きているのか。同じ立場の人間として、エリザベスは興味があったのだ。





「レナード!久しぶり!」

「マデリン!元気そうでなによりだ!」


 馬車の向かった先は、大きな邸宅だった。さすがに王宮や侯爵家とまではいかないが、そこそこの暮らしをしているのは見てとれた。

 そして、エリザベスとレナードを迎え入れたのはマデリンその人だった。金の髪に青い瞳。美しい方だ、とエリザベスはまずその感想を抱いた。


「それで今日なんだが、」


 ちら、とレナードがエリザベスに視線を寄越す。


「お初にお目にかかります。エリザベス・バートリーと申します」


 エリザベスのカーテシーを目にして、マデリンは優しく微笑んだ。思わず目を奪われたエリザベスは思わず息を呑んでしまう。


「こちらこそ初めまして。マデリン・ブラックと申し訳ます」


 更に、マデリンの披露したカーテシーもそれはそれは美しいものだった。


「さ、挨拶も済んだし中に入りましょう。積もる話はそれから、ね」




 マデリンの案内で客間に通された2人は、ふかふかのソファに腰を下ろした。


「……マデリン様、とても美しい方ですね」

「あぁ。今も美しいが、ハリーと婚約を結んでいたときは、稀代の美女だと憧れの的だったよ」

「……そう、ですか……」


 自分から話を振っておいて、レナードがマデリンを褒める様子に少し胸が痛んだ。なんだろう、この痛みは。マデリン様は美しい。それは紛れもない事実なのに。


「おかぁさまー!おきゃくさま、いるのー!?」

「どこー!」


 と、部屋の外から賑やかな声が聞こえた。エリザベスとレナードが思わず声の方を見ると、タイミングを見計らったように、扉が勢いよく開いた。


「おかあさま、いない!

「でもおきゃくさまはいる!」

「待て待て待て待て、そこはお客様がいる部屋、でっ……!?」


 4歳ぐらいだろうか。金髪に緑の目の男の子と女の子。2人を追いかけるようにやってきた茶色に緑目の男性。が、エリザベスとレナードの姿を目にするなり、


「ここここれは失礼いたしましたぁ!」


 子供を抱え、一目散に去ってしまった。それから間もなくして、男性が逃げた方向とは逆の方から、マデリンが姿を現した。





「……騒がしくてごめんなさいね。夫のヒューと、その子供たちよ」

「賑やかで良いじゃないか」

「……あの人ったら、伯爵の自分が王弟と顔なんて合わせて良いわけがない!なんて言って隠れてるのよ。挨拶ぐらいしたら良いのに」

「まぁまぁ。私が同じ立場でも、きっと同じことを言っていたよ」


 エリザベスをよそに、2人はぽんぽん会話を交わしていく。その気軽さが、2人は旧知の仲だと知らしめているようで、エリザベスの胸は再び痛んだ。


「それで?なんの用もなく顔を出したわけではないんでしょう?」

「……話が早くて助かるよ。端的に言うと、私の隣に座るエリザベス嬢。彼女はマークの婚約者だった、が、婚約破棄されてしまった」

「……なんてこと……!」


 口元に手を当て、マデリンが悲鳴じみた声を上げた。そしてそれから間もないうちに、またしても部屋の扉が勢いよく開いた。


「マデリン!?悲鳴が聞こえたけど!?」

「っ、ヒュー!?」


 ずかずかとヒューが部屋に入り、エリザベスとレナードのことなど忘れたように、マデリンの様子をつぶさに観察する。そうして、マデリンに異常がないことを確認したのか、ほっと息を吐いた。


「あぁ良かった。悲鳴が聞こえたから何事かと思っ、………………申し訳ありません、ええと、その、ですね」


 ようやくレナードとエリザベスの存在に気付いたのだろう。それまでスムーズだった動作が急にぎこちなくなったヒューが、気まずそうに視線を逸らす。


「ふふふ、ごめんなさいね。この人ったら私になにかあるとすぐ飛んでくるの」

「そりゃあそうだよ!だって君はあまりに、その、」

「それならヒュー、この場に同席してくれる?そこに座るエリザベス様……この子も私と同じように、王太子に婚約破棄された子なの」

「……え……?」


 そこで初めて、エリザベスはヒューと顔を合わせた。

 緑の瞳。エリザベスが見た中で、一番、優しい色の緑をしていた。





「……なるほどね。それでまた真実の愛とやらに目覚めて、ご令嬢が泣くことになってしまった、と」


 エリザベスの婚約破棄の顛末を聞いた2人は難しい顔をしてそれきり押し黙ってしまった。


「……あの、そんなに深刻な顔をしないでください。もともとマーク様とはあまり関係も良くなくて……」

「……もしかして、本来王太子がやるべき雑務を押し付けられた、とかあったりする?」

「!、ど、どうしてそれを……」

「私も一緒だったからよ」


 深い深いため息をつき、不快感を隠そうとともしない渋い顔で、どこか遠くを見つめた。


「王太子として民の暮らしを見なければ〜、とか、下位貴族とも交流を持たなければ〜なんて言ってね、雑務も政務もぜーんぶ押し付けて遊んでばっかりだったの」

「わ、わたくしと丸きり同じです……」

「所詮、蛙の子は蛙ね。……少しは改善されたと思っていたかったのに」


 エリザベスはもう笑うことしかできなかった。

 このままマークとリリィを国王夫妻にしたならば、絶対に同じ轍を踏んでしまう。そうなってしまえばいよいよ本当に国が傾いてしまうだろう。


「それで?どうして私にレナードの誕生日パーティーに出席してほしいの?」

「理由は今は明かせない。……だが出席してくれたなら、面白いものを見せると約束しよう」

「面白いもの、ねぇ……」

「…………僕は反対だよ」


 レナードとマデリンの間に割って入ったのは、他でもないヒューだ。


「僕は反対、です。……だってマデリンの元婚約者はまだ健在なんでしょう?マデリンのトラウマをいたずらに刺激することはしたくありません。……それに、貴国の陛下がマデリンのことを歓迎してくれるとは思えませんし……」

「ヒューったら!もうトラウマでもなんでもないわよ!今は愛する貴方と、子供たちに囲まれて本当に幸せなんだから」


 けれどそうねぇ、とマデリンは考え込む顔をする。


「来賓の名簿に私の名前があったら怪しまれることは確かね」


 マデリンの言葉に反論したのは他でもないレナードだ。


「逆に問うが、兄が、弟の誕生日パーティーの来賓名簿にわざわざ目を通す人間だと思うか?」

「……」

「来賓に気を配り、方々に失礼のないよう目を光らせる人間だと思うか?」

「…………私の知る限りそこまで頭の回る方ではなかったわ」

「だろう?」

「だとしとも……やっぱり僕はあまり賛成できないな……」

「ヒューったら。本当に心配症なんだから……」


 マデリンとヒューの様子を見るに、この2人は相思相愛らしい。そのことにエリザベスは胸を撫で下ろす。……なぜ、今、ほっとしたのだろう?エリザベスの胸中に再び疑念が湧き起こる。


「そうね、それなら条件をつけましょうか。ねぇレナード。貴方、この場にエリザベス様を連れて来たのにはなんらかの意図があってのことよね?」

「さぁ、それはどうだろうな」

「約束して、レナード。誕生日パーティーで貴方がなにをするのか知らないけれど、エリザベス様を泣かすようなことは……いえ、エリザベス様が、絶対に幸せになれることを示してみせなさない。それが、彼女と同じように婚約破棄された私からの、パーティー出席への条件よ」

「わかった。その条件を呑もう。もとよりそのつもりだったしね」


 マデリンは満足気に頷いた。ヒューと、それからエリザベスだけが、納得いかないような顔でその場に座っていた。

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