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「エリザベス・バートリー侯爵令嬢!貴様とは婚約を破棄するっ!」


 王立学園の卒業パーティー。

 華やかな会場に似つかわしくない大声で高らかに宣言したのは、この国でただ1人の王太子、かつ学園の卒業生であるマークだ。


「学園も欠席多々、いざ登園したかと思えばリリィに嫌がらせばかり!そんな女など、王太子たる僕の婚約者としては不釣り合いだ!よって!僕は!今ここに!エリザベス・バートリー侯爵令嬢との!婚約破棄を!宣言する!」


 ダメ押しするようにマークが宣誓した。

 そうして、宣誓が終わるのと同時に、どこからともなく現れたピンクブロンドの令嬢——リリィが、マークの腕に絡みついた。


「リリィ!こんな騒動に巻き込みたくないから隠れていろと言っただろう!」

「だって、だって、マーク様……!マーク様がリリィのためにこんなに堂々とあらせられているのに、リリィばかり逃げるのはおかしいですわ……!」

「っ……聞いたかリジー!リリィはこんなにも立派で、僕のことを想ってくれている!これを真実の愛と呼ばずなんと言う!それに比べてお前はどうだ!」


 ……どうもこうも、ねぇ。


 盛大なため息を隠すように、マークと対峙する令嬢——エリザベス・バートリーは扇子を広げて口元を隠した。


 さてどうしたものか。


 誓ってエリザベスは、リリィなどとという男爵令嬢に嫌がらせなど行なっていない。というか王妃教育の一環として政務やら雑務をこなしつつ、学園生活の両立をするのに手一杯でそこまで気を回す暇などなかった。


 おおかた、婚約破棄を成立させるための適当な嘘なのだろう。侯爵令嬢たるエリザベスに常に影が付きまとっている。彼らに証言させればすぐに嘘だという裏は取れるだろう。

 そしてそもそも。この婚約自体、王家と侯爵家の取り決めたものだ。国の今後を決める婚約に一個人の意見は反映されない。だからこの場において、不利なのはむしろマークとリリィなのだ。

 


 しかし、エリザベスには懸念事項があった。



「どうしたリジー!悔しくて喋ることもできないか!」



 この国の現国王と王妃、すなわちマークの両親。

 実のところこの2人。『もともとあった婚約を破棄し、真実の愛で結ばれた2人』だったのだ。

 


 だからエリザベスは頭を悩ませていた。



 今、この場で、マークとリリィを窮地に追い込むのは簡単だ。幸いなことに国王夫妻も外せない外交があるとかでこの場は欠席している。だから今のうちにマークとリリィを断罪しても良かった。


 が、『真実の愛』に生きる国王と王妃はマークとリリィの味方に付くのが目に見えている。だからこそここで下手に2人を刺激し、国王夫妻に泣き付かれては後々面倒だ。『真実の愛』を邪魔するなと逆に国王夫妻から断罪される恐れがある。



 周囲の人間も、王子と公爵令嬢の騒ぎを固唾を飲んで見守るばかりだ。


 どうしたら、とエリザベスは奥歯を噛み締めた。あくまで涼しげな表情を浮かべながら、策を練っていると、


「なんの騒ぎだ」


 エリザベスに、救いの手が差し伸べられた。





 人混みを掻き分けてエリザベスとマークの間に立ったのは、王弟のレナードだ。

 黒い髪に切れ長の金の目。顔はもちろん整っており、しかしその髪色と鋭利な目付きのせいで、まるで黒猫のようだと囁かれる男——が、王弟レナードだった。


「なにがあった。学園の卒業パーティーには似つかわしくない騒ぎのようだが?」

「叔父上!聞いてください!僕は今、この国の未来を揺るがす大事なことを話しており!」


 身を乗り出して、エリザベスより先にマークが口を開いた。


「大事な話?」

「はい!リジーではこの国の王妃に、僕の妻に相応しくない!ですから今ここで!婚約破棄を発表したのです!」

「へえ?それで、その隣にいる彼女が、新しい婚約者、と」


 切れ長の目が、リリィの頭から爪先まで検分するように見つめた。


「はい!リリィ・ネイラー男爵令嬢!彼女こそが僕の新しい婚約者です!」

「男爵令嬢、ねぇ……。……エリザベス、今、マークが言ったことは本当かい?」

「はい。 わたくしは行った覚えなどありませんが……リリィ嬢をいじめ、学園にあまり出席できなかったわたくしはマーク様のお相手には相応しくない、と先ほど宣言されましたわ」

「ひ、ひどいわエリザベス様!私の教科書を汚したりしたではありませんか!お忘れになったのですか!」

「そうだぞリジー!リリィの教科書を汚し、階段から突き落としたそうではないか!未来の王妃がそんな振る舞いをして許されると想っているのか!」

「…………」


 あまりに馬鹿ばかしくなり、エリザベスは口を閉ざしてしまった。反論しても良かったが、興奮したように話す2人にはエリザベスの言葉は届かないだろう。


「そうか。君たちの言い分はわかった。しかし、マークとエリザベスの婚約は家同士で結んだものだ。当人たちだけでどうにかできる話ではない。後日、話し合いの場を設けるよう私から働きかけよう」

「ですが!」

「それに今は卒業パーティーだろう?せっかくのパーティーなんだから楽しまないと損だ」


 ね?と幼児に言い聞かせるようにレナードが優しく諭した。マークの方はまだなにか言いたげにしていたが、リリィの方は顔を赤く染め、首を縦に振っている。


「さて、これで話はついたな。エリザベス、君はどうする?」

「わたくしは帰らせていただきますわ」

「そうか。それなら馬車まで送って行こう」


 言われるがままレナードにエスコートされ、エリザベスは会場を後にした。





 会場を出ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように外は静まり返っていた。

 知らないうちに熱気に当てられて火照っていた体が、夜風で冷まされる感覚。そこでようやく、エリザベスは、ほう、と息を吐いた。

 

「レナード様。先ほどは助けていただきありがとうございました。わたくし一人ではあの場を収めることはできませんでした」

「礼には及ばないよ。なんせ今夜は兄の代わりに卒業パーティーを見守るのが私の任務だったからね。仕事を果たしたまでさ」


 それにしたって、とレナードは続ける。


「親子二代で『真実の愛』に目覚めるとはね」


 盛大なため息と共に、呆れたようにレナードが呟いた。



 ——マークの父。そしてレナードの兄である現国王ハリー。

 彼は、レナードの婚約者——ジャネット侯爵令嬢——と『真実の愛』に目覚め、そのままレナードからジャネットを略奪、結婚に至った人物だったのだ。


 レナードの知らぬ間に彼らは真実の愛を育んでいた。そして今夜のマークよろしく、学園の卒業パーティーで婚約破棄を高らかに宣言。もちろん、当時の王太子たるハリーには正式な婚約者が存在していたし、この婚約破棄も子供の戯言として処理されるはずだった。

 が、あろうことか、ジャネットがその時点でハリーの子を妊娠していたのだ。


 そうなると話は違ってくる。

 ジャネットは侯爵令嬢。更に不幸なことに侯爵家でただ一人の娘。その娘を孕ませたとなれば責任を取るべきでは、と侯爵家から声が上がった。


 そうしてあらゆる話し合い、会議、話し合いに会議に会議を重ね、レナードとジャネットの婚約はなかったことに。ハリーの本来の婚約者とその家族は、王家に愛想を尽かし、家族まとめて丸っと他国に移住。ハリーとジャネットが婚約に至った、というわけだ。



 そういうわけで、今、エリザベスをエスコートするレナードも『真実の愛』の被害者である。

 ちなみにレナードは未だ独身。あんなことされたら結婚なんてもう嫌だよねぇ……、と誰もレナードに婚約を勧めないまま今に至る。



「それで?君の気持ちはどうなんだい?」

「……わたくしですか?」

「あぁ。……まぁ今回はさすがに私のときのように、妊娠まで至ってはないと思いたいが……あそこまでされて、まだマークと婚約を結んでいたいのか。それとも婚約破棄を受け入れて新しい相手を探すか」

「……わたくしは……」


 エリザベスは足を止めた。



 そも、エリザベスとマークの婚約は、マークと家格が釣り合い、かつ年齢が合う令嬢がエリザベスしかいないから、と結ばれたものだった。


 6歳のときに婚約が決まり、それからはずっと厳しい王妃教育を受ける毎日だった。

 自分で決めたわけでも、まして家族が望んだわけでもない婚約。何度心が折れるかと思ったが、それでも、侯爵令嬢としての矜持が、エリザベスを奮立たせてくれた。


 そうして辛い王妃教育に耐え、エリザベスはこの国一の淑女へと成長した。



「……王妃として、国を取りまとめ、民を率いることは、それは魅力的な仕事だと思っております」


 王妃教育は辛いものだった。しかし幸いかな、エリザベスには王妃としての器があったのだ。

 政治を、国交を、歴史を学び、諸々問題を抱えるこの国をどう導くか。最近では、王と共に政務を執るレナードと議論を交わすこともしばしあったぐらいだ。


「そうだね。私とこの国のことについて話す君は、いつも生き生きと輝いているよ」

「それはレナード様のおかげですわ。レナード様とお話ししていると、つい白熱してしまいますの」

「光栄なことだ。……それで、エリザベス嬢。ひとりの女性として、君は、どうしたい?」


 窺うようにレナードはエリザベスと視線を合わせる。


「……正直なところ、あそこまで言われてしまっては、もうマーク様との関係修復は不可能でしょう。それに、実のところわたくしも予感はありましたのよ。マーク様と男爵令嬢が恋仲だったのは学園でも有名な話……今夜、婚約破棄されるだろうな、とは」


 いくらが学園の不在が多かろうが、噂というものは耳に入ってくる。

 それどころか、なにをとち狂ったのか、マークとリリィは仲の良さを見せつけるようにエリザベスの前でいちゃつくこともしばしあったのだ。


「とは言え、レナード様の仰ったように、これは家同士の決め事。そう簡単に婚約破棄できるとは思っておりませんが……」

「……では、もし本当に婚約破棄が承認されたら、エリザベス嬢はなにがしたい?」

「……考えたこともありませんでした。わたくしは、王妃となり、国母として在るものだとずっと思っていましたから。でも……そうですわね……学んだことを生かして、国の為になることをしたいと思ってはおりますが……」


 なまじ王妃教育を受けてしまったせいで他国に嫁ぐのも無理な話だろう。侯爵家は兄が継ぐし、そうなればエリザベスはどこな貴族に嫁ぐか、就職し、自分で糊口を凌ぐしかない。


 さて、家格も釣り合い、エリザベスを受け入れてくれそうな貴族はいただろうか。あるいは、こらからエリザベスの入職を歓迎してくれる働き口はあっただろうか。

 考えているうち城門まで辿り着いてしまった。


「今日はもう遅い。ゆっくり休んで、また考えると良い」


 エリザベスの手を取り、馬車に乗せながら、レナードは優しく微笑んだ。


「……えぇ。それが良いのでしょうね」


 婚約破棄の先輩がそう言うのだ。今は難しいことは考えず、休むのが良いだろう。

 馬車は走り出す。エリザベスは静かに目を閉じ、ただ、馬車の揺れに身を任せることにした。

 


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