発明は必要から。うん、でもこれ無理
ニコニコと笑う兄。彼の言い分は少し考えれば解る。
馬の代わり。つまり自動車を作れないかと言っているのだ。
「ほら、馬車や荷車って馬に引かせて車輪を回すだろ? これを車軸に着ければ、直接車を動かせるんじゃないかって思ったんだ」
「ああ、成る程……」
「馬の育成や維持も馬鹿にならん。それに人が直接車輪を動かせるなら、馬の暴走といった事故も起こらないだろう。コスト、安全性、どちらも良い方向に向くはずだ」
ラゴスの視点は次期国王として真っ当なものだ。しかも戦争に使う兵器ではなく物流に使う事を考えている。
物流とは人間の生活、社会を円滑に回すのに大きな影響を及ぼす。それをもっと速く便利にできたら。考えるだけでも多大な経済効果が見込めるはずだ。
「どうだオリー? やれそうか?」
「えっと、それは……」
僅かに苦笑いをしながら視線を落とす。それだけでラゴスに説明するには充分だった。
「成る程。みなまで言うな。大方、オリーも思い付いて試したが失敗した、といった所だろ?」
「はい、流石ですねお兄様」
ため息をつきながらお茶を一口。
オリクトは現代日本の知識がある。当然自動車の利便性も熟知している。勿論モーターから車を作る事は真っ先に試したものだ。
「残念ながら力不足で使い物になりません」
「力不足?」
「ええ。はっきり言って、私が作ったモーターより馬の方が力があります」
現状、オリクトが作ったモーターは力が弱い。素材の質も地球のものより劣るせいか性能に不満がある。大型にし、複数人で大量の魔力を電気に変換する事でどうにか作業機械を動かしているのが現状だ。
自動車も当然試したが、とても実用可能とは言えなかった。
「実際、馬一頭と御者一人で運べる荷物。それをモーターでやるとなると、五人がかりで動かさないといけないんです」
「それは……非効率的だな」
「更に多くの荷物を運ぶとなると、車その物を大型化させなければなりません。すると車体も重くなり……」
「もっと人員が必要か。ふむ、存外上手くいかないものだ」
兄の苦笑いが不思議と温かかった。安心できるような春に似た温かさだ。
「ですがあの新型モーターが完成すれば話しは変わります。あちこちから来てる掘削機や魔動鋸の小型化だけでなく、お兄様の要望する馬のいらない車だって作れましょう」
少しずつ声が明るくなっていく。更なる発展の為だと自身に言いながら未来を想像すると胸が高鳴っていくのだ。
オリクトは向上心の塊。こうして新しい道や困難、その先にある繁栄を見つけるだけで楽しくなる人物だった。
「フフフ。やっと笑ったな」
「……!」
ハッとしたように頬に触れる。笑っていた。自分でも気付いていなかった。
「少しは気分が晴れたかな? あんまり苛立っていると周りが萎縮するぞ」
ラゴスの言い分は尤もだ。王女がイライラしていては周りの従者達は気が気でないだろう。
前世でもそうだ。上司が場の空気を作る。今のオリクトでは害悪になりかねない。
「そうですね。グラファイトの件で苛立ち過ぎました」
「この後ノルマン達が来てお見合いだろ? 臨戦態勢で仲人をするのはナンセンスだ」
「仰る通りです。ありがとうございますお兄様」
自然な笑みが出てくる。強張っていた身体が楽になる。
落ち着け、冷静になれ、思考を安定させろ。そうして考えれば苛立つ要因は何も無いはずだ。
王家の責務、政治の都合。こちらのダメージは民に直結する。なら味方に選り好みをしている場合ではない。何よりラゴスの言う通り、フリーシアを信じるべきだ。
軽く頬を叩き気分を入れ換える。何か問題があれば動けばいい。それにあっちはオリクトの職務外だ。自分がやるべき事は一つ。便利な道具を作り人々の生活を豊かにする事。前世の知識だなんてズルだと言われようと知った事か。
自分らしく突き進めば良いのだ。
「さて! そろそろアンガス達が来るだろ? 準備した方が良い」
「はい。お兄様もご一緒しますか?」
「残念だがいい加減執務室に戻らないといかん。そろそろ秘書官が発狂するからな」
苦笑いをしながらちらりと護衛達に視線を配る。彼らからは僅かだが苛立った空気を感じられる。
「視察とは言ったが忙しくてね。母上のパーティーの最終チェックに、子爵が提案した孤児の雇用。もう少し休みたかったが……ノルマンとドルドンの妹は当日まで楽しみにしておこう」
「ええ、また休憩に来てください。実験の鑑賞がてらお茶でもだしますわ」
「そりゃいい。次は茶菓子でも……」
そう言いかけた所で騎士が咳払いをする。サボるな、とでも言いたいようだ。一応これも仕事の一環ではあるが、ほぼ妹とのティータイムに等しい。
「んん。では、仕事に戻るとしよう。ああオリー。馬無し車の件だが」
「頭に入れておきます。可能なら開発に進みます」
「頼むぞ。じゃ、良い報告を期待している」
騎士達の視線でハリネズミになるも、何処か楽しそうに足取りは軽かった。軽く振る手、微かに聞こえる鼻歌。
なんとなくだがオリクトは察した。どんな時代、世界であろうと似たものはある。
(車といい男の子って、なんで乗り物が好きなのかなぁ)
そんな事をため息混じりに考えながらラゴスを見送る。
自動車。確かに実用化すれば革命的だ。この世界の魔力なんてクリーンなエネルギーを使うのだから、自然環境への配慮も完璧。まさに夢の一品だろう。
(でもかーなーり難しいのよねぇ。仮に動力が完成しても、道の舗装やら……道路交通法も整備しなきゃいけないし)
ああ、夢のようだ。現代日本の快適な暮らしにまた一歩近づける。しかし道は長い。とても長く、オリクトが歩いていけるか疑問に感じる程だ。
「これ、孫の代までかかりそうね……」
思わず声に出てしまう。頭が痛くなるが、人間一人でできる事には限界がある。どんなものにもある時間という絶対的な制限。
時間が足りない。
(今後跡取りの事も考えておいた方がいいなぁ。私の子供にできる限り前世の知識を教えて、あと本とかにまとめておくのもいいかも)
ふと未来が、妄想が頭を過る。まだ見ぬマグネシアの地、そこで育む新たな家族。前世では成し得なかった未来に頬が緩む。
そうだ、自分には未来がある。後を託す事も、その道を作る事もできる。これから先の事はまだいくらでも開拓できるのだ。
「よしっ! じゃあ気分を入れ換えて、未来の義妹のお見合いを開きますか。マムート、軽く湯浴みしてくわ」
「承知いたしました」
小さく一礼するマムートを背に新型モーターの前にいた侍女達に叫ぶ。
「エクウス、後片付けをお願い。モーターも、火が消えたら私の研究室に運んでおいて。あと実験に協力してくれた兵の皆さんに報酬を渡すように」
「はっ!」
指示を投げればレスポンス良く即座に動く。流石は王女の侍女だ。
「さてさて。ノルマンとアトロク……どうなるのかしらね」




