イライラしてもお仕事は無くならない
とある昼下がり。王宮内の一角、広い庭にオリクトはいた。庭の片隅に設置されたテーブル。彼女を覆う日傘。隣にはいつものようにマムートが控えている。ただ一つだけ珍しい者がこの場にいた。
彼女の兄にしてコーレンシュトッフの王太子、ラゴスだ。
兄妹の仲睦まじいティータイム……かと思われたが違う。
「殿下! 二号機の設置完了いたしました!」
二人から離れた場所、人間大の丸鋸を挟んだ二個のテーブル。鋸には箱から伸びた鉄の棒が刺さっている。
テーブルのそばには鎧を着た兵士。彼の手には白い石、そこから銅線が伸び箱に繋がってる。
オリクトは木製のメガホンをマムートから受け取り叫んだ。
「実験開始!」
「はっ!」
掛け声を合図に石を握る手に力がこもる。光る石、小さな火花、銅線を伝う熱。魔力が電気となり走る。
すると少しずつ鋸が動き始めた。
「ふむ。動き出したな」
興味津々といった様子でラゴスの目が光る。
回転速度は段々と上がり、刃の形が見えなくなっていく。こうなれば物を切るのも容易い。防護服代わりなのだろう。同じように鎧を着た兵士二人が丸太を運んで来る。
「っ!」
しかし切断するよりも先に鋸の回転軸、その動力である箱から小さな爆発音と共に煙が立ち上がる。
「ヤバッ、回路が焼き切れた。消火! 急いで!」
再び叫べば水入の桶を持った侍女が駆け寄る。兵士が離れると慣れた手つきで箱に水をかける。
煙は止まりホッと一息。しかしオリクトだけは苛立ったように足元の小石を蹴る。
「ああもう! 一号はパワー不足だし、二号は耐久力不足。ダメダメじゃない!」
マムートは静かに見守っているが、他の侍女や護衛に立っている騎士はオリクトの癇癪に引いていた。
そんな中ラゴスは苦笑いをしながらカップを傾ける。
「オリーが癇癪を起こすなんて珍しいな。マムート、オリーは実験が失敗するといつもこうなのか?」
「いいえ。失敗から学ぶ事が大切だと、いつも熱心に原因を調べています。それはとても楽しそうに」
「ほう? では相当鬱憤が溜まっているようだな」
ラゴスの笑みに影が入りどこか哀愁を感じさせるものだった。
「オリー。やはり気に入らないのか? リュカオンの申し出を受け入れたのが」
「当っっっっったり前です。リュカオンの言い分は理解していますが、フリーシアに押し付けるのは納得いきません」
王家とブラーク家の出した結論。それはリュカオンの要求を飲む事だった。そうなれば当然彼とフリーシアの縁談も現実的な話しになる。
政略結婚が理解できないようなお子様でも、日本の常識に囚われている訳でもない。だがどうしても理不尽に感じてしまう。
反対派閥の旗印であるグラファイト家を取り込み敵の陣形を瓦解させる。政治的には大きな一手だ。しかしその為にフリーシアに結婚を強いるのは友人として納得がいかなかった。
「お兄様は喜んで賛成しましたね」
「ああ」
何も悪びれるような様子も見せないのがオリクトの癪に触る。
「条件付きとはいえ、これはグラファイト家の降伏宣言のようなものだ。玉座に取り憑かれた叔父上を黙らせるにはリュカオンを奪うのが一番だろう。ブラーク家も同意している。何より」
カップを置きオリクトと正面から向き合う。兄として言い聞かせるような優しくも強い口調だ。
「フリーシアはグラファイトへの首輪になれる。あの娘ならあの家を押さえ付けられる。そう言ったアンガスの言葉を俺は信じたい。オリー、お前も友を信じてはどうだ?」
うっとラゴスの言葉がのし掛かる。
フリーシアを信じる。確かに彼女は自分の意思で自身を差し出した。彼女なりの覚悟と決意があったのだ。それを無下にするのが友として正しい事なのだろうか。
「…………」
「まあ、どっちにしろ本人が決めた事だ。王家にも利益がある以上、止めさせる事はできない」
「そうですね」
大きくため息をつきながら茶を呷る。気分を強引に入れ換えようと、頭の中を整理しようと、少し熱いが刺激にはなった。
「少しは目が覚めたか?」
「ええ。お兄様もお仕事が忙しい中ありがとうございます」
「なあに、これも一応仕事だ。魔法具開発の視察って体で妹とお茶を飲んでるだけだがね。しかし……」
ラゴスの視線は水を被った箱へと移る。あれはオリクトが前世の知識から作り出した道具、魔力から発生した電気を使って動くモーターだ。磁石が手に入ったおかげで作れた奇跡の産物。
「モーターといったな。鉄にくっつく不思議な石としか思っていなかったが、磁石にあんな使い道があったとは驚いたぞ」
「ええ、今では私の発明品の要です」
オリクト自身も最大最高の一品だと思っている。
そもそも前世で作られたものを再現しているだけだが、この動力原の存在は全ての基盤となった。人力の代わり、家電製品の基本理念に自動の動力は必須だった。
本来ならディーゼル機関のようなパワフルなものが望ましいが、化石燃料も無く魔力という低コストで電力を生み出す術がこの世界にはある。これを利用しない手はない上に、彼女の知識が電気関係に強かったのがこの状況を生み出した。
そしてその発明品の使い道は彼女以外も考えている。
「ところでオリー。実は俺から提案があってな。依頼したい発明品がある」
ラゴスの笑みが不気味だ。ここ最近はオリクトの仕事に興味を示し、先日の会議の議事録にも目を通している。
そんな彼が何を言い出すのか。恐ろしさ半分、興味半分といったところだ。
「モーター、馬の代わりにならないか?」




