女だからとナメないように。しししんちゅうの……何だっけ?
背を向け立ち去るリュカオン。彼の背中が小さくなり、見えなくなった所でどっと疲労感がオリクト達にのし掛かる。
疲れた。フリーシアへの求婚を前提としたパーティーへの誘い、更に派閥の鞍替え宣言。爆弾を何個も投げ込まれたようで心臓に悪い。
そんな中、いまいち状況を飲み込みきれていないのがドルドンだった。
「その、オリー? 実を言うとグラファイト公爵家について、僕はよく解らないんだ。そんなに問題があるの?」
「家と言うよりもタウラヴ叔父様ね。正直に言うと……」
言葉を選ぶも思い浮かばない。半分呆れたように口を開く。
「あまり頭の良い方ではないのよ」
「ああ……」
うんうんと頷くブラーク姉弟の反応で察した。
馬鹿な権力者。それが周りにとって美味しいごちそうなのは想像に容易い。
「傀儡にされそうなのに。それも解らないなんて、叔父様も哀れね」
「自分が利用する側と誤解しているのかもしれませんわ。ここまで来るとあっぱれです」
女性陣からの評判は散々だ。それほどの愚者なのだろう。
ため息をつきながらもオリクトは息を整える。今はもっと考えるべき事がある。王家として働かなければならない事がある。
「ねぇドルドン、リュカオンの言動をどう思う? 貴方の率直な意見を聞かせて」
ドルドンは数秒考える。ウルペスから聞いた話しだけではない。先入観を持たず、今日直接見て聞いた事から精査すべきだ。
「…………派閥の件は本当だと思う。ラゴス様が失脚すればどうなるかについても、僕にだって正しいと解るよ。ただ」
目付きが少しだけ険しくなる。疑うような、何か気になるような顔つきだ。
「彼は商人みたいに見えた。自分の利益を計算しコウモリのように行き来する。きっとすぐに裏切るよ」
嫌悪感だ。ドルドンからすればリュカオンは心の無いコウモリ。自己中心的で信用ならない存在だった。
「……ノルマン?」
「私もドルドンとほぼ同意見です。娘を王妃にと考えるのも自然ですし、その為に姉上を娶ろうとするのも納得がいきます。ですが」
ちらりとドルドンの方を見る。
「リュカオンは裏切らない、と思います。奴の言葉を借りるなら反王家派は利益が無いどころか損しかないのでしょう。多少利益が落ちても、我々側の方がプラスならこちらに付く。それに利益で動くのなら、餌をちらつかせ続ける限り裏切らないはずです」
「確かに」
ドルドンも納得したようだ。少しだけ顔色が良くなる。
どうしたら裏切るのか、どんな考えで動いているのか。思考ルーティンが解ればコントロールは容易い。
「成る程ね。それで、フリーシア」
空気が僅かに重くなる。今回の騒動、グラファイト家との関係の中心は彼女なのだ。
同じ公爵家の嫡男からの求婚。本来なら喜ばしい事だが、様々な思惑がある上に相手は本来政敵の家。何も考えずに万歳はできない。
「貴女はどう思っているの? 不本意でしょうけど騒動の中心はフリーシアよ」
「そうですね」
ため息をつくが目つきは別物。陰謀詭計に飛び込む貴族の女の目だ。
「少なくとも魅力的な提案だとは思います。王太子妃の座が埋まっている以上、次の世を狙うのは当然。そしてグラファイト家の血は有用でしょう。彼が私を求めるのと同じく」
ニヤリと頬が曲がる。意地悪で悪巧みを考えている貌だ。
きっとフリーシアの中では答えは出ているのだろう。
「お父様とお兄様の意向に従いますが、前向きに検討したいと思っていますわ」
「姉上……」
「ノルマン、貴方も餌が必要と言っていたでしょう? なら私自身も利用できます。まあ……」
おもむろに扇子を取り出し撫でる。それが武器であるのを知っているからか、妖しくも恐ろしい様になっている。
「食えば腹を裂いて抜け出す剣ですが。リュカオンが裏切るなら、この私がグラファイト家を食いつぶしてさしあげますわ。オーホッホッホッ! ブラークの女の恐ろしさを堪能させてあげましょう」
なんとも豪快な少女だ。オリクトも現代日本の価値観があるせいか変わり者だが、フリーシアは武家故の別ベクトルの凄味がある。
不安に感じる方が無意味だ。彼女は強い。戦える。この高笑いも頼もしく感じるほどだ。
「まったく姉上は」
「まあまあ。兎にも角にもこの事は早急に話し合わないと。アトロクとの縁談にグラファイト家と山盛りね」
軽く咳払いをしオリクトも口調が変わる。
ここからは王女の仕事だ。
「フリーシア、ノルマン。今日は早退しなさい。フリーシアは屋敷に帰りアンガス様とお姉様に報告。ノルマンは私と王宮に来て元帥閣下に話しなさい」
「承知いたしました」
「はっ。お供させていただきます」
二人も思考の切り替えが早い。半ば置いてけぼりなドルドンとは大違いだ。
ドルドンは少しだけ寂しかった。三人がこれだけ忙しいのに蚊帳の外。納得もしているし、家の都合上仕方ない事だ。
それでも悲しい。オリクトの力になれていないと胸が締め付けられる。
「ドルドン、貴方にも一仕事お願いしたいのだけど」
しかしその一言で落ち込んだ気持ちが一気に晴れやかになる。オリクトからのお願い。それだけでやる気が湧いてくる。
「勿論さオリー。なんでも行ってくれ」
さあどんと来い。そう意気込む姿にオリクトも微笑む。
「ありがとうドルドン。じゃあ私達の早退を先生に伝えておいて。あ、あと午後の授業の板書も三人分お願い。それじゃ」
「……え?」
満面の笑みでドルドンと握手するとそそくさと立ち去ってしまった。その後にはフリーシアとノルマンも続く。
「後は頼みましたわ〜」
「任せたぞドルドン」
置いてけぼりをくらい言葉を失う。
頭では解っている。早急な対応が必要だし学園も早退しなければならない。だからこそ後始末役が必要なのだ。
「ええ……」
肩透かしをくらったドルドン。昼休み時間の終了を告げる鐘の音が妙に淋しく聞こえたのだった。




