最終手段! Go Knight!
「とまあ、まずはオリクトのエスコートが可能な人物を洗いだそう。誰かいないか?」
いつの間にやらカルノタスに主導を握られていた。いや、この際突っ込まずにいよう。とにもかくにもパーティーを切り抜けるのが先だ。
どうしようかと考えるよりも先に挙手する者が一人。フリーシアだった。
「この状況下でオリクト様のエスコートが可能な人物はノルマンしかいませんわ」
「やっぱりかぁ。まあ俺なら変な噂は立たないでしょう」
確かに二人の言う事は正しい。再従姉妹の関係でもあり、学園内では護衛の任も受けているノルマンが隣にいても悪くは言われないだろう。何しろ公爵令息。家柄も充分だ。
「だけどフリーシアが一人になってしまうわ。私の犠牲になるなんて、そっちの方が嫌よ」
姉弟でセットの二人。今回もフリーシアのエスコートはノルマンの予定だ。それを崩せば今度は彼女が一人になる。
自分のために。それがオリクトには許せなかった。
「ですがオリクト様……」
「あっ、ならラゴス殿下はどうですか?」
ドロマエオが名案とばかりに笑うも、オリクトは首を横に振るだけ。
「残念ですが、お兄様はパーティーの指揮統括をしています。私に構う時間は無いかと……」
これができたらどれだけ楽な事か。ドルドンとお揃い、兄妹での参加も面白い。
だがラゴスは忙しい。母親の誕生日パーティーを成功させようと必死になっている。その邪魔をする訳にはいかない。
「ふむ。ならばオリクトはドルドンに任せ、彼の妹のエスコートを考えるのはどうだ? 公的にも彼が婚約者だ。下手に動かさない方が良いかもしれん」
カルノタスに同調するようにノルマンが手を叩く。
「それだ。ドルドン、従兄弟とかいないのか?」
確かにそれも手段の一つ。しかし彼の、マグネシアの環境が頷かない。
「残念だけど、ドルドン達マグネシア家は新興の貴族よ。今、クド族の貴族は彼らだけ。従兄弟がいたとしても平民」
「それにマグネシアから王都までどれだけかかると思っているの。今から親族を呼び寄せるのも不可能。少しは考えなさい、この愚弟」
「うぐっ」
しかしオリクトとフリーシアが一刀両断。バッサリと切り捨てられ、リスのように縮こまってしまった。こんなたくましい男が軽々と。姉と王女、自分よりも上の女には敵わないようだ。
ドルドンだけでなくドロマエオも可哀想な視線を送っていた。
「成る程な。となれば……ドルドン、お前の妹に婚約者はいるか? 伯爵令嬢となれば縁談話しの一つくらいはあるだろう? 婚約者ならエスコート役にぴったりだ」
縁談。貴族の娘ともなれば当然の話しだろう。オリクトもドルドンと婚約したのは十歳の頃だ。デビュタントが婚活市場への御披露目を兼ねているが、幼い頃から家の都合で決まっているのも珍しくはない。
「お声はいただいているのですが、マグネシア家は少々複雑な立場でして」
「魔法具権利や派閥、元移民の件や私との婚約。キナ臭い縁談も多くて、まだ決められていないのです」
しかしこれもまた上手くはいかない。アトロクには婚約者もいないのだ。
「確かに。王家と強い繋がりがあるのなら、それに群がる者も多いだろう。パラントも怪しい縁談が来ていると言っていたな」
カルノタスの話しも納得がいく。仮にも皇太子の従姉妹。そのお零れを狙う者がいるだろう。奇妙な所で共感してしまう。
「……それに婚約者を連れて並べるとなると、ちょっと別の意味で問題が出そうなのよね」
「オリー?」
ドルドンは察していないが、アトロクは十二歳にしては育ち過ぎている。更に年齢を考えれば男女差も少なく、二次性徴のタイミングから女性の方が育っている場合もある。
確実に同年代の少年よりも背が高い。相手のプライドを傷つけてしまわないか心配だ。
頭が痛い。何か案を出しても次から次へと潰される。やはり妥協しなければならないのかと、諦めが頭の片隅から顔を出した。
その時だ。
「そうですわ! います、いますわ。最適な者が」
フリーシアが立ち上がる。鼻息を吹かし目をギラギラと輝かせ、オリクトが見た事がない程に興奮していた。
「マグネシアと取り引きがあり、王族派、婚約者無し。クド族とも友好的、そんな子息がいます!」
「……………………いたわね」
ポンっとオリクトも手を叩く。
そして二人は息を合わせるように首を動かし、四個の瞳が集中する。
「ノルマン」
「…………俺?」
続くように男性陣の視線もノルマンへと向かった。
「ええ、ええ。我々ブラーク家は武家。武具を作り売るマグネシアとは良縁であるべきです。それに、ノルマンはクド族に偏見もありません。オリクト様との婚約が破談した場合、私がドルドン様と結婚する予定だったのですから、ノルマンでも問題無いはずですわ」
確かにとドルドンも思わず頷きかける。しかし心の片隅にある兄の心境が思考を濁らせる。
それだけではない。オリクトも直ぐに顔色を変えた。
「いえ、それでもダメよ。やっぱりフリーシアが一人になってしまうわ」
「オリクト様!」
ズイッと身を乗り出したフリーシアの顔面が迫る。その鬼気迫る貌にオリクトも圧されてしまう。
「いいですか。この愚弟にはいい加減首輪が必要なのです。でないとまーたフラフラと女遊びに走ります。前回は自重しましたが、またドルドン様を娼館に誘うに決まってますわ」
「…………それは嫌ね。うん、ノルマンには首輪が必要だったわ」
「殿下!?」
急な手のひら返しに声が裏返る。
しかし一番のストッパーであるオリクトが肯定してしまったのだ。ドルドンもノルマンも否定する事はできないだろう。
「と、言う訳で……帰ったらお父様とお兄様にお話ししますわ。いいですね!?」
「…………はい」
こんなたくましい男がなんて様か。姉の威圧感にすっかり萎縮している。
「ドルドン様もマクロ伯爵様にお話しを。ええ、ええ、とっても良い縁談になるはずです……よねぇ?」
「し、承知しました」
いや、姉の威厳だけではない。流石は武家の娘だと言ったとこだろう。断れば潰される。そんな迫力が彼女にはあった。
「じゃあ顔合わせの場所は私が手配するから」
「お願いいたします」
勢いだけで押し切った。まだ熱が冷めないフリーシアにオリクトはため息を溢す。
(気迫に押されて承認しちゃったけど、これ大事になりそうね。お父様達にも報告しなきゃ)
オリクトとドルドン。アンガスとシルビラ。そしてノルマンとアトロク。この婚姻が全て実現すれば三家の結束はより強固なものになる。良く思わない連中が何かしてこないか心配だ。
一方、悩むオリクトと違いカルノタスは爆笑していた。
「ははははは! いや、トライセラを籠絡しようとしたり、フリーシア嬢もなかなか面白い」
「俺は嫌な既視感がありましたがね」
「だろうな。……だがフリーシア嬢。問題は解決したが、相方が不在になるのはどうする?」
うっとフリーシアの頬が歪む。勢いで乗り切ったが、結局フリーシアが犠牲になっただけ。新しいもんだいが発生してしまったのだ。
「わ、私は公爵令嬢です。この私を誘いたい殿方は星のようにいますわ。今、この騒動を耳にした皆様が我先にと……」
しかし場は静まり返っている。
確かにオリクト達の話しに耳を傾ける者、興味本位で眺めている者は多い。なんせランチタイムだ人も多い。
しかし彼らの視線。そこから読み解けるのは【ドン引き】だった。
「…………来ますよね?」
不安に声が裏返る。
自他共に認める程、フリーシアは美少女だ。更にオリクトとは桁違いのナイスバディ。世の男がこぞって彼女を求めるだろう。
しかし彼女の大暴れを目にしては台無しだ。そもそも公爵令嬢の地位が足枷となり、声をかけられる者が少ない。
このままでは……そう思った時、足音が一つ近づいてくる。
「ほう? ならば早い者勝ちだ。俺から立候補させてもらおうか」
栗色のボブカットに緑色の瞳。黄色のネクタイをしているとこからオリクト達の一つ上の学年の青年だ。
彼は流れるように、ごく自然な動きで音もなくフリーシアに近づき彼女の手を取る。
「フリーシア嬢。ルプス殿下の誕生日パーティーにて、君をエスコートする栄誉をいただけないだろうか?」




