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トラブルブルブル

「うへぇ……」

「はぁ……」


 学園のテラス。生徒達がランチを楽しむ最中、どんよりとした声が割り込む。その声に何事かと振り向く者がいるが、誰もが近づけずにいた。

 声の主はオリクトとドルドンだった。ドルドンはともかく、この国の王女であるオリクトに声をかけられる者は少ない。

 そう例えば彼女達の対面に座る男女、ブラーク姉弟のような高位貴族なら。


「姉上、殿下とドルドンはどうしたんですかね」

「何か問題があったみたい。ただ、ちょっとお声をかけずらいわね」


 流石のフリーシアも異変を感じ躊躇している。オリクトとドルドン、この二人が同時にため息をついているのだ。もしかしたら両家に何かあったのかと警戒してしまう。


「…………聞いてくれる?」


 こう言われてはブラーク姉弟に断る術は無い。


「私でよろしければ。いくらでも」


 面倒な事が起きそうだとフリーシアも苦笑いが溢れる。しかし彼女達の予想とは大きく違った問題だった。


「昨日マクロ伯爵がいらしたのよ」

「ああ、ドルドン様の妹に同伴する為ですね」


 デビュタントに父親がエスコートに入るのは当然だ。


「そっ。でも……」

「父が階段で転んで怪我をしてしまいまして」


 フリーシアが驚き口を塞ぐ。


「幸い大事にはならなかったのですが、お医者様からはしばらく安静にしろと……」

「なーるほど。それで妹のエスコートがドルドンになり、オリクト殿下が一人になってしまった。それを悩んでたんだな」

「大正解よ。もしこれがカルノタス(クソトカゲ)の耳に入れば……」


 考えただけでも頭が痛い。彼にとっては大チャンスだろう。

 しかし不幸とは連鎖するものだ。オリクトは背後から近づく影に気づかなかった。


「ほう。オリクトのエスコートが不在か。それは良い事を聞いた」


 うげっ、と悲鳴が出そうになるが我慢し、錆びついたようにギギギと振り向く。

 そこにはニヤニヤと意地悪そうな笑みのカルノタスとドロマエオがいたのだ。


「……何かご用ですか?」

「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったのだがな。まさか、君が一人でパーティーに参加となるとは。王女が一人とは、大問題だなぁ」


 その通りだ。一国の王女が、自分の母親の誕生日パーティーで、エスコートもつけずにいる。それがどれだけ異常な事かは理解している。だから悩んでいるのだ。


「それで?」


 聞くまでもない。おそらくカルノタスは絶好のチャンスとばかりに立候補するだろう。

 はっきり言って今のオリクトには選択肢が無い。ドルドンが隣にいるのは婚約者の地位があったから。基本的に王女の隣に立てる人物は少ない。だがカルノタスは隣国の皇太子。相応しい人物かと聞かれれば完璧なレベルだ。


「是非俺に……」


 やはりかと頭が痛む。


「と、言いたい所だか。残念ながら俺はオリクトのエスコートができない」


 一瞬何を言っているのかオリクトは理解できなかった。彼女だけではない。ドルドンもフリーシアも、ノルマンでさえ目か点になっている。

 彼にとっては願ってもない状況のはず。オリクトとの距離を物理的にも縮める大チャンスのはず。

 なのにその好機に手を伸ばさなかった。


「カルノタス」


 ドロマエオに促され、微笑みながらも頷く。


「解ってる。オリクト。確かに俺は君を連れてパーティーに出たいが、こちら……オーラムの事情があるんだ」

「事情?」

「ああ。今回のルプス殿下の誕生日パーティーだが、俺達四人がオーラムの代表として参加する」


 四人。つまりカルノタスとドロマエオだけでなく、トライセラとパラントも来るようだ。

 確かに新しく人を派遣するより、既にコーレンシュトッフ国内にいるカルノタスが動く方がコストが低い、何より皇太子として外交に携わる経験にもなる。


「更にパラントは俺の従姉妹でもある。邪な企みを抱く者を近づける訳にはいかない。当日、俺はパラントをエスコートしなければならないのだ」

「…………確かに。殿下の仰る通りですね」


 少しホッとしたような気持ちもある。しかしこれはこれで調子が狂う展開だ。


「それに、この状況を好機と喜ぶような男は嫌いだろ? そもそも」


 ちらりとドルドンの方にも視線を向ける。


「父親が怪我をし心を痛めている者がいる。それを利用するような下劣な男ではオーラムの皇帝は務まらん」


 頭を殴られたような衝撃だった。

 オーラムの事情だけではない。ドルドンの事も心配している。恋敵であるドルドンをだ。あっぱれ。思わずそう言いたくなる。

 ドルドンも敬意を持って一礼をした。


「……お心遣い感謝します」

「気にするな。父を心配する気持ち、俺も解る」


 家族を心配する気持ち。それを利用し踏みにじってはならない。これぞ紳士と言えるだろう。

 ドロマエオはため息をつくように胸を撫で下ろし軽く咳払いをする。


「あー。ところでドルドン君。父上の怪我は大事無いのか?」

「擦り傷が数ヶ所と腰を打っただけです。ただ今はベッドから起き上がれない状態でして」

「そいつは不幸中の幸いだな。いや、腰か。そいつは辛いぞ。俺の親父も以前……な」


 そう言いながら苦笑い。彼の父も腰をやらかし苦しんだのだろう。


「シルビラ殿下の結婚式。本当なら親父が出席する予定だったんだが、ぎっくり腰をやっちまってさ」

「うへぇ……」


 笑っているがオリクトにとっては真逆。つまり、そのぎっくり腰が諸悪の根源なのだ。

 それさえ無ければカルノタスと出会う事は……と言いたい所だが、どっちにしろ学園で出会っていた。もしかしたら学園内で大暴れしていたかもしれないと考えると、これはまだマシな状況なのかもしれない。


「さてオリクト。君が困っているのなら知恵を貸そう」


 優しく微笑みながら、自然な流れでオリクトの隣に座る。


「君の力になりたい」


 その笑顔が眩しい。余裕と自信のある、頼もしい笑みだった。

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