ようこそまいしすたー
「ドレス完璧!」
いつも以上に気合を入れた新品のドレス。元日本人の気質か、基本的に贅沢を好まず高級品も必要最低限のオリクトには珍しい事だ。
「ティーセット、茶菓子準備オッケイ!」
そして茶葉に菓子と最高の物を用意。ここまで準備万端なのも久しぶりだ。それだけ義妹の存在が気がかりなのだろう。
テンションも爆上がり。これ程荒ぶるのは久しぶりだ。まるで童心に帰ったような気分だった。
「うはははははは完っ璧! さあいらっしゃい私の妹! お姉ちゃんがおもてなししてあげましょう!」
いつになくはしゃいでいるオリクトにマムートも頭が痛そうだ。
おもてなしをするのは良い。婚約者の妹を気合いを入れて出迎えるのも、両家の仲を取り持つ意味では正しい事だ。しかし王女として、淑女としてこの下品な高笑いは見逃せない。
「オリクト様、その下品な高笑いはお止めください。気分が高揚しているのは理解していますが、未来の義妹を出迎える顔ではありませんよ」
「うっ……そ、それもそうね。ちょっと頭がのぼせていたわ」
マムートの冷たい視線が機関銃のように放たれ全身に突き刺さる。
痛い。が、彼女の言い分は正しい。あまり遊び過ぎるのもよくない。そもそも王家として相応しい立ち居振舞いをしなければならない。落ち着けと己に言い聞かせながら深呼吸。脳を王女モードに切り替え思考を整理する。
興奮する必要は無い。あくまで顔合わせだ。優しく微笑み握手をするだけ。そんな簡単な事なのだ。
「…………うん。ちょっと冷めたわね。よしっ」
頬を叩いて落ち着かせソファに座る。
「馬車の到着後、ドルドン様とこちらの部屋にいらっしゃいます」
「あら? 伯爵様は?」
「陛下と謁見予定です」
「そう……」
その時小柄な侍女が部屋に入って来る。
「オリクト様、ドルドン様がお見えになりました」
「っ! 通しなさい」
「はっ」
心臓が跳ねた。ついにこの時が来たと胸が高鳴る。
いつもより緊張する。いつもよりワクワク感がる。
「オリー」
先に部屋に来たのはドルドンだった。しかし彼一人ではない。
重なるもう一つの足音。ドルドンの背後から見え隠れする薄黄色のスカート。
(ああ、可愛い。お兄ちゃんの背中で照れながら隠れる妹。いい……!)
忘れかけていたオタク魂が滾る。庇護欲が掻き立てられる。
ああ、この娘が気になる。
「待たせてごめん。……こらアトロク。隠れてないで」
ドルドンの脇からちらりと、彼と同じ金色の瞳がこちらを見る。それがまた可愛い。照れてる姿が胸をくすぐる。
「ああもう。ごめん、こんなに緊張しているなんて……」
「いいのよドルドン。王女相手に緊張しない方が珍しいし。さて」
微笑みながら一歩ドルドンの方に歩み寄る。すると彼の背後にいる妹、アトロクがビクリと震えたようだ。
怖がらせてはならない。彼女は義妹になるのだ。大切な家族の一員になるのだ。今日はその第一歩。ならばこちらから歩み寄るのが余裕というもの。
「はじめまして。私はオリクト・コーレンシュトッフ。貴女の兄ドルドンの婚約者です。お顔を見せてくださらない? 未来の義妹と会いたくて楽しみにしていました」
「………………オリクト……様?」
幼さが残るふわふわとした甘い声。 ああ、良い。耳から蜂蜜を舐めるようだ。
「ええそうよ」
「ほら、歓迎していただいてるんだ。そうやって隠れてる方が不敬だよ」
「う、うん」
肩で深呼吸をしているのがわかる。緊張しながらも勇気を振り絞っているのが伝わる。
そして一步踏み出し兄の背中から姿を表した。
「は、はじめましてオリクトさ……殿下。マグネシア伯爵家長女、アトロク・マグネシア……です」
そうどもりながらもお辞儀をする。慣れていないからか非常にたどたどしい。しかしその様から愛らしさが滲み出ている。
ドルドンに似た銀髪と金色の瞳。彼の言う通りドルドンと同じく母親似なのだろう。
オリクトは固まった笑顔で僅かに彼を見上げた。頬がピクピクと痙攣している。
「………………ドルドン。ちょっと来て」
「え? う、うん」
キョトンとするアトロクを置いてドルドンを引っ張る。オリクトの表情は完全に凍りついていた。
「ねぇ、あの子って本当に妹?」
「妹だよ。ほら、僕に似ているだろ?」
「ええ、本当にそっくりよ。血縁者なのは一目瞭然だもの」
ああそうだ。そこは疑っていない。問題点は別にある。
「まさかフリーシア達みたいに双子とか……」
「いやいや。今年のルプス様の誕生日にデビュタントなんだ。四つ下の十二歳さ。ちょっと背が高くてもう少し上に見えるけどね」
「嘘でしょ?」
この時初めてオリクトの顔が驚愕に崩れた。錆びついた人形のように振り向き、その元凶をまじまじとつま先から頭のてっぺんまで観察する。
オリクトより頭一回り大きな背丈。比べると己の身体に絶望したくなるような胸部の双山。
むしろオリクトが十二でアトロクが十六と言った方が信じられるくらい、育った娘なのだ。
「本当に十二歳なの?」
思わず顔が引き攣る。
元々年齢より幼く見えるのは自覚している。フリーシアのグラマラスさは見慣れているから問題無い。ただ、こんな自分よりも歳下の……それも十二歳の少女にも負けるとはと頭をメイスで殴られたような気分だ。
(いや違う。この娘が規格外なだけだ。地球だったらグラビアモデルとかやれる逸材だわ……)
オリクトは考えるのを放棄したのだった。張り合うだけ無駄、自分が虚しくなるだけだと言い聞かせながら。




