お仕事の時間ね。発明姫のお通りよ!
学園の廊下を威圧感たっぷり、私はここにいるとアピールするように貞淑さの欠片も無く進む人影があった。
自信満々意気揚々。大胆不敵な笑顔で行進するオリクト。その一歩後に続くドルドンとマムートだ。
「マムート、会場の準備は?」
「オルカが手配しております」
「よろしい。今日も記録係頼むから」
「お任せください」
普段通り、キビキビとした口調のマムート。今はこういった硬い態度が頼もしい。
「ドルドン、資料は?」
「設計図とマグネシアの状況だよね。勿論さ」
「うんうん。補助は任せるわよ」
「喜んで」
微笑みながらも足を止めない婚約者。
いつもの陣形、いつもの仕事。しかし今回は一味違う
三人が進む先には大きな扉が。その前には褐色肌の執事が待ち構えていた。ドルドンの専属従者、オルカだ。
「オルカ、状況はどうかしら?」
「欠員無く全員室内でお待ちです」
「叔母様達は?」
「別に席を。資料を覗き見るのは不可能な角度に用意しました」
「完璧ね。じゃあ……」
オルカが扉に手を掛けると息を整え胸を張る。自信、威厳を失わないよう気合いを入れた。
女だからとナメられてたまるか。こっちは王女だ。現代日本の価値観を持っている彼女からすれば、女を理由にされるのが無性に腹立たしい。
「発明姫のお仕事、開始!」
勢いよく扉が開かれ兵士の行進のように強く足を進める。
教壇を前に生徒達が座る席が広がる教室。いつもと違うのは、教壇に座り心地の良さそうな椅子が置かれ、生徒達ではなくその親と呼べるような男性達がいた。
彼らはオリクトが入室すると一斉に立ち上がり頭を垂れる。
静まり返る教室。オリクト達の足音だけが響き、ドカりと粗暴に椅子へ座った。そしてその隣にはドルドン、一歩下がった席にマムートが座る。
「着席」
オリクトの声が教室内を駆け、彼らは顔を上げ座る。
「皆様、本日は集まってくださり感謝します。先に今回の会議が学園に変更となってしまった理由ですが……ご存知の通り来月はお母様、ルプス王妃殿下の誕生日パーティーがあります。その準備により場所が確保できなかったのですが、幸いな事にクニークル学園長のご厚意により教室をお貸しいただく事になりました」
ちらりと教室の隅、そこに集まったクニークル達を一瞥する。
「そして皆様既にご存知でしょうが、教室の貸し出しの条件に学園長様が会議の傍聴を希望されました。それと、教員のアルマーディ先生も。あと……」
もう一人。この中で一番異彩な存在感を出している青年を睨む。
「今後、魔法具の輸入を検討されるため、カルノタス皇太子殿下も傍聴されています」
皆口には出さないが、カルノタスに萎縮している。何故彼がと疑問に思うのも無理はない。
しかし許可したのはオリクトだ。この場で異議を唱える者らはいなかった。
「ですがお三方はあくまで傍聴人。会議そのものに口を出す事はありませんので、いつも通りに報告をお願いします」
「はっ」
これ以上は何も言わない。多少緊張はあるが、彼らも貴族として職務をこなすプロだ。目の前の仕事に集中するように思考を切り替える。
「ではまずは……ヴァッサー侯爵。お願いいたします」
ドルドンに呼ばれ揉み上げの濃い男性が立つ。
「侯爵。貴方の所には改良型の掘削機だったわね。三号の調子はいかがかしら?」
「はっ。二号よりも大幅な出力の向上により硬い岩盤の破壊も成功。手動では困難な掘削が可能となっており、鉱夫からの評価も上々です」
誉められている……のだがオリクトはつまらなさそうだ。彼女が求めているのはこの言葉ではない。
「そう。で、要望や不満は? 私が聞きたいのはそちらです」
「勿論ございます。やはり大型化した事による取り回しの難しさ、複数人でなければ稼働できない燃費が問題視されています。鉱夫達からは小型化の要望が多く見られますね」
「それが一番難しいのよ……」
ここでオリクトの表情が崩れる。面倒というより失意に近い。
「前回の魔動鋸もそうだけど、小型化は大きな課題ね。どうにかしたいものだわ」
「はい。民に使わせても、性能には満足しているが大きく使いにくいといった声が多数寄せられています」
「…………現状での流通はどう思うか、忖度無く侯爵の意見を聞かせてくださらない?」
ヴァッサー侯爵は考えるように顎を撫でた。
「そうですね。性能そのものは良好、局所的な使用なら問題無いかと。ただ、小型掘削機の要望が大きい事は無視できません」
侯爵の意見に耳を傾け思考を巡らせる。そしてゆっくりと目を開きドルドンの方へと視線を移した。
「ふーん。ドルドン、マグネシアでの生産体制は?」
「少々難しいですね。陛下の指示で街灯の製造を優先しているので、量産に回す人手は無いかと」
「なら受注生産の少数は?」
「…………可能です」
その言葉を待っていたとばかりに頬を緩ませる。
「ならその方向で行きましょう。小型機の完成までの繋ぎにします。侯爵、三号は貴方に預けます。使い続けようが廃棄しようがお任せします」
「では国の為に誠心誠意働いてもらいましょう。それで小型化の際は……」
「ええ、ヴァッサー領で試験運用させていただきます。正式採用後も優先して配備しましょう。その代わり、今後も協力していただきますよ?」
悪戯っぽいウインク。ドルドンの羨ましそうな視線が刺さるが、臣下にご褒美も必要だ。が、小柄で実年齢よりも幼く見えるオリクトでは効果は薄い。侯爵も子供を前にするように苦笑した。
「ご期待に応えるよう努めてまいります」
少し離れた傍聴席。オルカの用意したお茶を片手にカルノタスは愉しそうに会議を眺めていた。
微笑みながらもオリクトだけでなく参加している貴族達を見回す。
「ほう? まさか不満を率先して聞くとは。変わった趣向だな」
彼からすれば王族に苦言を言うなど言語道断。彼女が用意した品にケチをつけるなんて考えられなかった。
「オリクト曰く、【技術は不平不満を満たそうとする事で発展する】だそうです」
「ふむ。相変わらず面白い」
にやりと笑う横面が眩しい。クニークルでさえ息を飲む色気。
絶世の美男子。地位も力も持つこの男の求婚を断った。その事に改めて首を傾げるのだった。




