62:敵が仲間になるのは少年漫画でお願いします
「おはようございますオリクト殿下」
教室の前、満面の笑みで挨拶をする美少女。もし自分が男だったら喜んでいただろう。しかし挨拶された者、オリクトは女だ。しかも同性愛者でもないし恋人もいる。
だが普通に笑顔で挨拶される事が悪いのかと聞かれればそうではない。むしろ積極的にやるべき事だろう。オリクトも一王女として皆に笑顔を振り撒きコミュニケーションをとろうとしている。
今回は相手が問題だった。
「お、おはようございますトライセラ様。お元気…………と言うよりも吹っ切れたようですね」
そう、この眩しい笑顔で現れた美少女こそトライセラだった。先日は揉めに揉めたとうのに、こんな笑顔を見せられるとは驚きだ。
いや、違う。これは皮肉ではない。
「はいっ! 殿下の助言によりこのトライセラ、目が覚めました!」
ああ解る。この笑顔は好意だ。
「我がアルギュロ家は皇帝を支える柱として存続していました。ならば竜の花嫁を迎え入れるのが忠義です」
「そ、そう……」
「ですので!」
ズイッと歩み寄りキラキラと目を輝かせる。
ああ面倒くさい事になった。そう直感が囁く。
「オリクト殿下には是非ともオーラム皇妃に! オリクト殿下ほど相応しい方はいません」
ブンブンとトライセラの後ろでパラントが首がもげそうな勢いで振っている。
やっぱりかと頭が痛くなる。
トライセラを説得したのはいい。彼女が不憫だったのもあるし、見捨てるのは精神衛生によろしくない。
そしてドルドンと初めて会った時もそうだったが、これは主人公の行いだ。正直やり過ぎたかと後悔している。
「あ、あのねトライセラ様? その件は既にお断りしているのよ」
そう言っているとドルドンがそっと抱き寄せ犬のように威嚇する。当然パラントも睨み返した。
どうもこの二人は仲が悪い。犬猿の仲と呼ぶのがぴったりだ。
「それにオリクト様は別の花嫁を探しています。なんならお手伝いしてくれますか? 我々としては大歓迎ですよ」
「そんなものはいない!」
挑発するドルドン、噛みつくパラント。またドルドンがプッツンしないかが心配だが、あれだけ注意したのだから問題は無いはず。
それよりもドルドンの挑発だ。これは問題無い。なんせオリクトの目的はもう一人の竜の花嫁、この世界の主人公(推定)をカルノタスに宛がうのを目論んでいる。
これを受け入れてくれるのか、それが問題だったが杞憂だ。
「パラント、少し口を慎みなさい。勿論他の花嫁が見つかったのであれば、その方を立派な皇妃になるよう私が指導いたします」
「え?」
あっさりと受け入れるトライセラとは逆に、何故と驚くパラント。ここまでくるとオリクトの予想がはずれ、トライセラが敵でパラントが味方なのかと疑ってしまう。
しかし彼女が別の花嫁を受け入れてくれるのなら、それはそれで心強い。
「あら、それは嬉しいお言葉ですね」
「可能であるのなら、オリクト殿下がオーラムの皇妃になっていただくのが最善です。ですがご本人も断っている以上、他の花嫁を皇妃にするのがオーラムの為になりますから」
なるほどと心の中で頷く。
「それはそれは。カルノタス殿下は心強い忠臣をお持ちで」
「まあな」
ふんと誇らしげな態度が鼻につく。そもそもあんたが原因だろと小言を言ってやりたかったが、朝っぱらから余計な体力を使いたくないし教室の前で騒ぎたくなかった。
「だが彼女が吹っ切れたのは君のおかげだ。やはりオリクトはオーラムの皇妃に相応しい」
が、相変わらずカルノタスが引っ掻き回す。この男も諦めないものだ。
「いい加減にしてください殿下。オリクト様はお断りしています」
「貴方こそ身を引いたらどうですか? 身分不相応でしょう」
「残念ながら僕はオリクト様のものです。決めるのは僕じゃない」
再び暴れ出す眼鏡っ娘。ドルドンとこうもぶつかっていると、逆に羨ましさすら感じる。身分差、それもこちらの方が上なせいか、こうやって対等に争った事が無いのだ。
いいなぁ。心の中でぼやいていると、人影が音も無く割り込んでくる。
「ウォッホン!」
見覚えのある後退した頭髪。アルマーディが気配を感じさせずに割り込む。忍者。そう呼びたくなるあっぱれな身のこなしだ。
「二人共静粛に! パラント君、君は淑女らしい立ち居振舞をしなさい。ドルドン君も紳士としてレディと争うなどもってのほかだ」
流石は教師といったとこだろう。圧倒的な威圧感に二人は瞬時に委縮してしまう。
ただアルマーディは止まらない。
「ドロマエオ君。オーラムの紳士らしくパラント君とトライセラ君をエスコートしなさい。所属している教室に戻るように」
「は、はいっ! 二人共撤収。あとは授業が終わった後な」
「オリクト殿下、後ほどー」
やはりドロマエオも素直に従い、そそくさと二人を連れて退散。その手際の良さに思わず舌を巻く。
あの三人は別のクラス。騒ぐ面々を追い出しアルマーディは疲れたようにため息をつく。
「カルノタス君。君の臣下なのだから、しっかり手綱を握ってほしいものなのだが」
「ははは。これは失礼。彼女達の忠義が頼もしくてね」
何が頼もしいだ。オリクトからすれば面倒事が増えたようなもの。オーラムに来いとうるさい人物が増えて辟易している。
ああ忌々しい。トライセラは誘導次第で味方にできるだろう。しかし問題はパラントだ。ここまで推されるのは想定外。花嫁を出した家だからなのか。
気になるも思考はアルマーディの声に止められる。
「ところでオリクト殿下。明日、学園で報告会を開くとか。学園長も傍聴すると伺っております」
口調が変わった。今は生徒ではなく王女のオリクトに用があるようだ。
「是非私も傍聴させていただきたく。学園長からは殿下の許可を得られればどうぞと」
「あら。先生も魔法具に興味が? ええ、ええ。是非参加してください」
二人のやり取りに首を傾げるカルノタス。何を話しているのか、理解しているのはドルドンだけ。
「オリクト。その報告会とはいったい何なんだ? 学園長だけでなくアルマーディ先生も興味を惹かれるとは、俺も気になるんだが」
「私の発明品を各地の貴族に試験運用させ、その結果の報告会です。実際に市場に出す前に、安全性や性能を確認しないといけませんから」
「ほう? 君の発明品か」
カルノタスは数秒ほど考える。
「……オリクト。いや、オリクト殿下」
口調がいつもの甘いものと変わる。殿下、なんて敬称をつけるのも聞いた事がない。
「その発表会。私も参加させてもらえないだろうか。ドロマエオ達も殿下の発明品に興味があってね。今後、輸入を検討する資料として傍聴したい」
「輸入……ですか」
彼も所謂お仕事モードに切り替わったのだろう。目付きも一変している。
オリクトの発明品。それに興味を持ってくれるのは嬉しい。しかも今の彼は皇太子として、仕事として興味を引かれている。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ドルドンがこっそりと耳打ちをする。
「オリー、僕は賛成だ。是非殿下にも来てもらおう」
「意外ね。嫌がるかと思ったわ」
「正直気に入らない。けど、今後オーラムに売る事を考えれば彼のお墨付きを貰えるのは大きい」
感心しつつ驚く。商売にあまり興味を持たないドルドンにしては高い視座だ。今後の事を考えられるようになったのは嬉しい成長だろう。
「そうね。じゃあ……」
軽く咳払いをする。
「わかりました。ではカルノタス殿下も是非」
「そうか、ありがたい」
「ですが」
少しばかり語気を強める。彼女にも思う所はあるし、何よりオリクトの技術の一旦を見せるのだ。はいどうぞと全てさらけ出す気は無い。
「学園長……叔母様とアルマーディ先生と同じ立場での傍聴のみです。こちらの資料に関してはお見せする事も、触れる事も許可できません。それでもよろしいですか?」
「ああ、かまわない。君達の作る代物、発明姫の魔法具を楽しみにしているよ」
そう言いながらオリクトだけでなくドルドンにもウインクをする。
その姿にこれで良かったのかと、そんな疑問が頭を過るのだった。




