61:人生は勉強!
自信満々。オリクトの堂々とした立ち振舞いと圧力に場が静まり返る。トライセラを泥沼から引き上げようと、彼女を悪役という闇に落とさせまいと鼻息を吹かした。
「さてさて。まずトライセラ様は誤解しています。世の中には妃になれない者の方が多い。そして学ぶという行為は無駄にはなりません」
「…………」
「学園長こそその証拠ではありませんか?」
確かに。オーラムにもその名が通るような教育者。彼女が無価値とは言い難い。
「教師になれとでもおっしゃるのですか?」
「それも選択肢の一つです。妃教育を完璧に履修できる人材、そんな貴女に教えを乞う者は少なく無いでしょう。ですが!」
指を鳴らし更に歩み寄る。
小柄なオリクトと違いスラリとした綺麗な人だ。前世の世界だったらモデルにもなれるだろう。
「もっと良い道があります」
「道?」
「ええ。カルノタス殿下!」
呼ばれるとは思っていなかったのだろう。少しばかり驚いていた。
何を言われるのか警戒するカルノタス。そんな彼の不安とは逆に、オリクトの質問は興味深いものだった。
「質問なのですが、トライセラ様の娘が竜の花嫁となる可能性はありますか?」
「ああ、なるほど」
ふとカルノタスの頬が緩む。
「竜の花嫁が生まれる条件は解っていない事が多い。だが血筋や家柄が関与していないのは事実だ。過去には平民の花嫁がいた事もあるし、コーレンシュトッフ王家とツリウム家も何の繋がりも無い」
そう、彼の言う通りオリクトと現オーラム皇妃には血縁は無い。血縁も家柄も竜の花嫁には不要なのだ。
「残念ながら、竜の花嫁が生まれる可能性は非常に低い。だがゼロではない。トライセラだけでなく、ドロマエオやブラーク姉弟の娘が花嫁となる可能性もあるからな」
そう言いながらトライセラに微笑みかける。
「私の……」
瞳にわずかだが光が戻る。彼女もオリクトの真意を察したのだ。
「トライセラ様。貴女が皇妃となり皇太子を産む未来はカルノタス殿下がご自身の本能に屈服している以上ありません」
「うぐっ」
トゲのある言い方が突き刺さり、ドルドンも思わず吹き出す。
「ですが、トライセラ様が皇妃の母となる道は残されています。それ何処かご息女が竜の花嫁となる可能性もごく僅かですがあるのですから」
「私の娘が?」
「そうです。我が子を皇妃にするために、貴女が学んできた事が必要となるのです」
そう、オリクトが出したのは次世代に託す事。そして叔母のように導く者となる事だった。
カルノタスが竜の本能に完全に打ち勝ちトライセラと子を作れるのが理想的だが現状は難しい。ならばこれが一番彼女を納得できる道だろう。
「勿論、花嫁でなくとも皇妃を目指せます。…………まあ、私のような邪魔が入る可能性もありますが、これはそうそう無いでしょう」
正直花嫁の存在だけが杞憂だ。しかしオリクトの勘が正しければ、こんなトラブルがあるのは今の時代だけのはず。まずはトライセラに可能性を与える事だ。
「んん。そ、そもそもトライセラ様はあらゆる面でオーラムの皇妃に相応しいお方。貴女のご息壌なら皇妃の座も難しくないでしょう。ああ、あとは相応しい伴侶ですね。そう……例えば」
目つきが変わった。何処か悪戯っぽく、それでいて恨めしい貌だ
「オーラム皇帝側近、その妻とか」
全員の視線がドロマエオに集まる。
「……………………俺ぇぇぇぇぇぇ!?」
耳が痛くなるような絶叫が響く。
これは仕返しだ。パラントを止められなかった原因はドロマエオにもある。このくらいの嫌がらせは許容範囲だろう。
それにあながち間違った進言ではない。ドロマエオも公爵家、彼との子なら家柄もクリアだ。はっきり言って一番の安牌だろう。
オリクトはトライセラに手を差し伸べる。
「トライセラ様。皇妃の母、皇帝の祖母。次はこっちを目指してみませんか? 貴女の人生に評価を下すのはまだ早いと思いますよ」
「私は……」
手を取るのを躊躇う。オリクトの言葉に揺さぶられているが、その原因も彼女。簡単に心を開く訳にはいかない。
オリクトもそれを察してか手を引いた。
「まっ、どうするかはご家族と相談してください。悪い提案ではないと思いますが。殿下?」
「まあな。そもそも俺が竜の花嫁を手に入れられれば、トライセラの嫁ぎ先の第一候補はドロマエオだからな」
じろりとオリクトが睨み返す。勝手にプランに組み込むなと視線で訴えるも、カルノタスは睨まれるのを楽しんでいるようだった。
文句を言ってやりたいが、今日はいろいろと忙しく疲労もある。彼らオーラム内で話す事もあるだろうし、この辺りが潮時だろう。
「では……後はオーラムの問題です。また明日お会いしましょう。さっ撤収!」
オリクトが指を鳴らせばブラーク姉弟が駆け寄る。ドルドンも後に続き急ぐ。
しかし彼はパラントの前に立ち止まる。
「……パラント嬢」
「…………」
じっとパラントは恨めしげにドルドンを見上げた。
「女性に手を上げるなんて紳士にあるまじき行為でした。心から謝罪します」
頭を下げるもパラントは微動だにしない。ただじっとドルドンを見ているだけだ。彼女の真意は彼には読めない。
だからなのか、それとも個人的な問題か。謝罪した側であるドルドンの瞳も黒い炎が灯っていた。
「ですが貴女の暴言。オリクト様はお許しになりましたが…………俺は許さない」
ピクリと眉が揺れる。
「ええ、構いません」
「……では」
背を向け歩き出す。これで終わりではない。ドルドンは自身の背に放たれる矢のような視線に気付いていた。
恨み、憎しみ、そういった負の想いがドス黒い風となっている。
警戒しなければ。そう心に決め、婚約者達の後を追いかけるのだった。




