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60:無価値ですって? ほーう

 彼女の辛さは理解できる。皇妃になる為に学んできた、努力してきた。それがトライセラの人生の全て。だからだろう。彼女のような娘は()()になる。

 自分の世界の外から現れた一人の娘。主人公に全てを奪われ、手に入れる事が許されない。何故なら主人公は奪われる側だったからだ。

 そして今、トライセラは絶望のどん底にいる。子を諦め公務をするだけの皇妃になるか、皇妃を諦め貴族婦人となり我が子を抱くか。彼女はどちらも選べずにいた。

 ああ苦しいだろう。自分の人生そのものが否定されたようなものだ。


(違う)


 だがオリクトは否定しなかった。


(けどこれは聞き逃せないかな。ちょっとだけ教育し(わからせ)てあげないと)


 彼女の人生は無駄ではない。必要なのは肯定できる証明。そしてオリクトの手元にはそれがあり、同時に小さな怒りを抱かせた。


「ほう? ではトライセラ様はご自身の人生が無意味かつ無価値だと?」



「そうなってしまったのです! 殿下には解るはずがありません。持たざる者の苦しみが……」


 内心ため息をつきながらも、怒りが少しずつ滲み出てくる。


「そうですね。まあ貴女も押し付けられた者の苦しみが解るはずがありませんが。それとも何か? 私が略奪者だとでも?」


「………………」


 反論ができない。ここで肯定してしまえばパラントと同じだ。更にトライセラはオリクトがオーラムに嫁ぐ事を断っているのを知っている。

 これは自分の八つ当たりでしかない。頭では理解しているが心は違う。


「さてさてトライセラ様。話しを戻しますが、貴女は妃教育に人生を捧げた者が敗れた場合、その人生は無価値なものとなる。そうお考えなのですか?」


「…………そうです。いえ、私の意見ではなく事実です」


(頭の硬い娘ね。いえ、視野が狭いと言うべきかしら)


 いや、この頭の硬さが彼女という人間性(キャラクター)を形成しているのだろう。

 オリクトも前世ではいろいろな物語を見てきた。主人公と敵対する悪役、主人公さえ現れなければヒーローと結ばれる高貴なご令嬢。彼女達は主人公を蹴落とそうとする悪女として描かれていた。

 現代日本で生きてきた記憶のあるオリクトからすれば愚かに見える。しかし今の環境を加味すれば違うものが見えてくる。

 それ以外の道が無かった。そうしないと己の価値を示せないのだ。 家、血筋、社会、そういったしがらみが日本とは違う。

 トライセラも他の道を知らない、教わっていない。だから皇妃になるのに必死なのだ。子を生む事に固執しているのだ。

 ならばやる事は一つ。導いてあげる事、新しい道を提示する事だ。なんせ彼女がこうなってしまった原因には自分も入っている。

 主人公(もう一人の花嫁)と先に出会っていてはカルノタスと二人がかりでボロ雑巾にされていただろう。もしかしたら彼女の家族だって無事ではないかもしれない。

 出会い彼女の本心を知った以上、このまま悪役として潰されるのを眺めているのは夢見が悪い。

 軽く咳払いをしトライセラを見る。怒り、絶望、焦り。こんな禍々しい気配を出していては、私は闇堕ちしていますと言っているようなもの。

 ここで彼女を潰し、探している主人公の敵を減らすのは容易い。しかしそれではダメだ。


「ふむふむ。妃になる為に人生を捧げても、なれない者は無価値な人間……ですか。ならトライセラ様」


 ニッコリと作り笑顔をトライセラに近づける。それが良い感情ではないのは誰の目にも明かだった。


「パラント様よりも、貴女の方がこの学園から立ち去るべきですね」


「どういう事ですか?」


 オリクトの真意にドルドンとブラーク姉弟は気づきハッとする。


「この学園の園長、クーニクル・へーリム様が私の叔母……コーレンシュトッフ王妃の妹である事はご存知ですか?」


「!」


 言葉に詰まるトライセラに代わりカルノタスが口を開く。


「ああ。教育者として著名な方だと聞いている。彼女の評判はオーラムにも伝わっていたからな。……おいまさか」


 カルノタスとドロマエオが察したように顔をしかめる。これだけ言えば二人なら簡単に理解するだろう。


「ええ。姉妹で王妃争いをしていたのです。それこそお互い憎しみ合うような苛烈な争いを……」


 嘘泣きするように顔を伏せ視線を逸らす。

 母と叔母の骨肉の争い。その苛烈さは想像を絶するだろう。


「本当なのかドルドン」


「ええ。そうして破綻した姉妹仲をウルペス陛下が取り持ったと伺っています」


「うっひゃー。そりゃおっかないな。姉妹でなんて怖い怖い」


 ドロマエオでさえドン引きしているくらいだ。男の視点で見た女の争いはさぞ恐ろしいものなのだろう。


「つまり、トライセラ様の言う()()()()()()がこの学園を率いているのです。嫌でしょう? そんな人間に教わるなんて」


「それは……」


 そう、トライセラの言い分はクーニクルの地雷なのだ。王妃争いの末、姉に敗北した彼女を貶める言葉だ。


「それ以上に、この発言は私の()()に対する侮辱と見てよろしいのですね? ねぇ……」


 何も言えない。否定すれば持論は破綻し、肯定すればオリクトの言う通りになってしまう。

 声が出せず狼狽える中、オリクトはトライセラに歩み寄る。


「……と、意地悪はこのくらいにしておきましょう」


 フッと重苦しい空気を脱ぎ捨て悪戯っぽく笑う。


「トライセラ様の声も理解はしています。己の存在意義に関わりますから。しかし、これでは勿体ない。貴女にはまだ価値があるというのに」


「価値?」


「ええ」


 ビシっと突きつけた指先がトライセラの鼻に触れそうになる。威圧感ではない。もっと明るく温かな気迫だ。


「人生は終わってません。貴女にはまだオーラムの為にやれる事があり、別の生きる道があるわ」


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