59:あとあんたらもギルティだからね
めでたしめでたし。そう思われたがオリクトの目はドロマエオを射貫いている。まだ終わりではない。あんたにも言いたい事がある。そう唸っていた。
「ところでドロマエオ様? 貴方……パラント様が声を荒げた時、カルノタス殿下を止めましたよね?」
我関せずと一歩離れていたドロマエオの頬がひきつる。
「い、いやー。彼女が女性目線で説得してくれるかと思いまして。もちろんこのような事になるとは想定外でした。これは自分の判断ミスです」
「ほほう? 私がトライセラ様を哀れんでオーラムに嫁ぐのを期待していたと?」
オリクトは微笑を浮かべたまま額に青筋を浮かべた。お涙頂戴が嫌いな訳ではない、トライセラの事も気の毒だとは思う。しかし他国の事情に首を突っ込む訳にはいかない。
「いやいや、そんな恐れ多い事は考えておりませんよ」
「ふーん。まあ、カルノタス殿下も同じですか? 私がトライセラ様の為に結婚すると思ってたのでしょうか?」
するとムッとしたように眉間にシワを寄せる。その様子に少しだけ可愛いと思ったが、今はそんな事を考えている場合ではない。
「心外だな。俺は君の心を手に入れるのが目的だ。それに、俺はそんな小物のような真似は絶対にしない」
「あら? でしたらお聞きしたい事がございます」
「構わん」
自信満々の姿に目を細める。懐疑に満ちた眼差しを向けるも、カルノタスは後ろめたい事は無いと言いたげに胸を張った。
「殿下の仰っていた政務担当の皇妃はトライセラ様でないといけないのでしょうか?」
その質問にカルノタスは呆けたように目を点にした。その質問の意図が解らないと言うより、こんな下らない質問をするのかと言いたげな目だ。
「そんな訳がないだろう。あくまで能力的に一番優れているのがトライセラなだけだ」
さも当然のような言い方だった。この男は何を言っているのか理解していない。
この女心……いや、他人の心を理解していない口振りに頭が痛くなる。
「だったら何故その事を言わなかったのでしょうか? トライセラ様には選択肢があると予め伝えておけば、パラント様も暴走する事は無かったのでは?」
空気が凍りつく。
あちゃーと苦笑いをするドロマエオ。ドン引きするドルドンとノルマン。ハッとし目が点になるフリーシア。
誰もが気づいた。完全にカルノタスの失態だと。
当の本人も数秒程硬直し、錆び付いた人形のようにゆっくりと二人の方へと向き直った。
「……………………すまないトライセラ、パラント。俺の言葉が足りなかった」
申し訳なさそうに瞳を泳がせながら冷や汗を流す。彼は優秀だ。だからこそ自分の失態を即座に理解した。
なんとも阿保らしい。主人公以外に興味を向けず人心に疎いヒーローらしい人物だ。オリクトも前世で何度も見た事のあるような人柄に心の中でため息をつく。
「トライセラ。君が自身の子を望むのであれば皇妃になるべきではない。君が優れているのは確かだが、無理強いをしない事を約束しよう」
いつもより穏やかな口調だ。普段からこうしていれば円滑な交流ができていただろうに。
ヒロインにしか興味を示さない。自分だけを見てほしい。他の女には優しさを向けないでほしい。オリクトもそこは理解している。しかし人として最低限のコミュニケーションは必要だ。彼はそれが欠けている。
「さて……」
いろいろと頭が痛くなる状況だが、ここまでくれば一安心。
「パラント様。これで何も問題はありませんね?」
そう微笑むも、オリクトの身体からは威圧するような空気が滲み出ている。彼女の事は許しはしたが、王族としてナメられる訳にはいかないのだ。
「はい…………誠に申し訳ございませんでした。寛大なお心遣いに感謝いたします」
消え入りそうな声で頭を下げる。その様子にオリクトが指を鳴らすとノルマンはドルドンを離した。
拘束されていたせいか、少し息ぐるしそうだ。しかし今の彼はすっかり大人しくなり小さくなっている。
「さてドルドン。私の為に怒ってくれたのは嬉しいけど、殴るのはダメ。そんな事したら貴方が悪くなるのよ」
「ご、ごめん。ついカッとなって……。もう二度としないよ」
「よろしい。では」
にこやかに笑いドルドンの額を小突く。そして今度はトライセラの方を振り向いた。
彼女も少しは気が軽くなるだろう。女として自らの子を抱きたいと思うのは当然の事。仕事をさせる為に嫁げなど言語道断だ。敵キャラの可能性が高い彼女に手を貸すのは不本意だが、カルノタスを言葉で殴れるなら安いものだろう。
そう思っていた。
「そんな……皇妃に? そ、それじゃあ私の人生って…………今までの努力って……」
そこにいたのは相も変わらず絶望する少女の姿だ。
(ヤバい。パラントの言い分がインパクト強くて忘れてたけど、彼女は皇妃になりたいんだった。じゃないと話しにならないのよねぇ)
カルノタスのせいにしてはいおしまい……なんて話しではなかった。公爵令嬢なんて皇妃候補のトップ。彼女もそれを望んでいたはずだ。
「皇妃になれば政務のお飾り、子を望めば妃にはなれない。これじゃ……死んだ方がマシよ」
トライセラの瞳から光が消える。自尊心をえぐり全てを奪われ絶望した姿が皆の心に突き刺さる。




