彼氏が私のために怒ってくれてる! けど手を出すのはアウト!
「なんなんださっきから。黙って聞いていれば身勝手な!」
ドルドンが声を荒げるもパラントは睨み返すだけ。二人ともまるで別人のようだ。
「まるでオリーが暴君だと言っているみたいじゃないか。不敬だ」
「ではドルドン様はトライセラ様を見て何も思わないのですか? あれだけ苦しんでいる姿を見て見捨てるのですか?」
「確かに彼女には同情しよう。だがオリーも被害者だ。なりたくもない竜の花嫁にされて困っているんだぞ」
一瞬カルノタスが悲しそうに唇を噛む。
しかし彼に構っている場合ではない。今トラブルを起こしているのは彼女なのだ。
「これも王族の責務です。国の為に嫁ぐ事が重要でしょう」
「そもそもこの件は陛下が決めた事だ。君が口出しする事じゃない。それに……」
ちらりとトライセラの方を見る。僅かに罪悪感に目を揺るがせながらも、パラントへと怒りの眼差しを向ける。
「トライセラ様も同じではありませんか? 公爵家のご令嬢なら当然でしょう? そもそも竜の花嫁なんてものがあるなら、こうなる事は想定すべきでは? ああ、それともカルノタス殿下の求婚を断られたのが想定外だったのかな」
ピクリとパラントの眉が反応するのを見逃さない。静かだが彼女の瞳から怒りの色が見える。
「図星かな」
「ええ、そうです。そうですよ!」
眼鏡の奥、黒い瞳が石炭のように燃え上がる。本当に同じ人間なのか。あの怯えた姿は何だったのかと疑いたくなる姿だ。
「認めない。絶対に認めない。こんなのは間違っている……」
ぶつぶつと呪詛を呟きながら、その憎悪の視線はオリクトへと向けられた。
「なんでこんな狂った事を! あんた頭おかしいんじゃないの!?」
そして爆発。この異常事態に全員が一瞬思考を停止させる。
誰が、誰に向かって言われた暴言だろうか。異国とはいえ男爵令嬢が王女に向かって言って良い言葉ではない。
空気が凍りつき珍しくオリクトの視線も冷たくなる。だがそれ以上に心に引火し爆発する者がいた。
「ふざけるな!」
ドルドンが噴火した。恋人を、婚約者をここまで愚弄されて黙ってはいない。
だが彼は選択肢を誤ってしまった。拳を握り今にも殴ろうと振り上げる。
「ノルマン!」
オリクトの声と同時にノルマンとカルノタスが駆け出す。
流石と言ったとこだろう。二人はドルドンの拳が到達するよりも先に二人を引き離す。
ノルマンはドルドンを、カルノタスはパラントを羽交い締めにし拘束した。
「離してくれノルマン!」
「いーや離さないね。殿下の命令だ。それに、レディに暴力を奮うのは紳士らしくないぞ」
「だとしても……」
ノルマンもドルドンの気持ちを理解している。それに彼もフリーシアも腹立たしいと思っている。
しかし理性はギリギリの所で踏みとどまっていた。
「殿下……」
「そこまでだパラント」
カルノタスも静かに、凍りついた瞳が少女を射抜く。
彼もまたオリクトの想いを寄せる者の一人。彼の憤りもドルドンに匹敵する。
「これ以上の狼藉は許さん。仮にも従姉妹なのだ。お前を処したくない」
「…………」
「それに……この件で悪と断じられる者がいるのなら、それは俺だ」
パラントとトライセラが驚く中、オリクトだけが呆れたように肩を落とす。
「最初から理解していたのですね」
「ああ。俺が竜の血に負けている。だから花嫁としか子を成せないのだ」
「あら? 私への気持ちは竜の花嫁だからではなく本心とおっしゃってましたね。竜の血から開放されたとか」
痛い所を突かれたのか、カルノタスは気圧されるように尻込みする。
「確かに君と出会ったばかりの頃とは違う。俺も完全に打ち勝ったと思っていたんだ」
やれやれといった様子にフリーシアも疑惑の目を向ける。これで勝ったのか、そう疑われても無理は無い。事実、彼は現状子を作れる相手がオリクトしかいないと脅しているような状況だ。
カルノタスも周りの視線に気まずそうだ。
「これでも抑えられるようになったんだ。本能の赴くままに従えば、俺はとっくにドルドンを殺してる。オリクトも力ずくで拐っているさ」
ため息をつきながらドルドンと視線を交わす。
思い出すのはシルビラの結婚式の日。確かにあの時のカルノタスはもっと凶暴だった。ドルドンに向けられた視線も今とは違い殺意を放っていた。
「さて、オリクト殿下」
カルノタスの口調が変わる。ここからは皇太子としての会話だ。
「この度は我が国の令嬢、そして私の従姉妹が無礼を働いた事を謝罪する。彼女は即退学させオーラムへ帰国させる」
「え……」
パラントが顔を青ざめさせる。だが当然の結果だ。この場で処断されてもおかしくはない。
「今回の件は彼女だけでなく私にも責任がある。彼女の処遇についてはこちらに一任していただきたい。無論、従姉妹だからと手心を加える事は無いと約束しよう」
「オリクト様?」
どうする? そう言いたげなフリーシアの視線にオリクトは数秒まぶたを閉じる。
「パラント様。私の質問に正直に答えてください」
「はい……」
ついさっきの勢いは何処へやら。すっかり委縮している。
「何故このような暴走を? 理由を答えなさい」
静かな命令。彼女がこうして人に命令するのは珍しい。
パラントはうつむきながらゆっくりと口を開く。
「オーラムと……トライセラ様の為です。それだけです」
「なるほど」
息を吐くと強く手を叩いた。
「この件、不問とします。彼女を退学させる必要はありません」
「オリー? 流石にそれは……」
「私が決めた事です。異議があるのですかドルドン卿?」
普段と違う冷たい口調。婚約者ではなく王女と貴族令息の立場としての発言だ。
「いえ。異論はございません殿下」
こう言われてはドルドンも反論できない。当然フリーシアとノルマンもだ。
異論を挟めるのはカルノタスしかいない。
「良いのか?」
「ええ。彼女の言い分も納得できますから。フリーシア」
「はい?」
何故自分にとフリーシアは首を傾げる。
「例えば……貴女が竜の花嫁でカルノタス殿下から求婚された場合、どう答えますか?」
「………………私を含め一家全員喜んでお受けいたしますわね」
ちらりとノルマンを見れば強く頷いている。
「これが普通の反応なのです。事情があったとはいえ、私が殿下の求婚を断ったのが狂っていると思われても不思議ではありません。それに」
トライセラの方へと振り向く。
「パラント様のオーラムへの忠義、トライセラ様への美しい友情に心を打たれました。よって今回だけは不問とします。ですので」
そして次はパラントへ。とても冷たく、先程の言葉と違い僅かに敵意が含まれていた。
「次はありません。よろしいですね?」
「感謝する」
ホッとするカルノタス。彼の気持ちとは違いオリクトの心中は穏やかではなかった。
王族として正しい対応ではない。しかし彼女を放置する訳にはいかなかった。
(悪いけど、登場人物は逃がしはしないからね。あんたは目の届く範囲にいてもらうから)
そう、許した訳ではない。ただパラントを監視する為に学園に縛る。それが目的だった。




