女だからってナメてくれて。絶許ですわ!
侮辱。そう思われても無理はない。結婚しても子は作らない、ましてや政務を行う職員呼ばわり。これ程女性を馬鹿にした言い回しは前世を含めても初めてだ。
オリクトだけでなくフリーシアもあからさまに嫌悪を顔に出している。
「俺は竜の花嫁と出会ってしまった。出会う前なら子を成せたが、今の俺は君を抱く事ができない」
カルノタスの独白に皆首を傾げる。恋愛感情が無くともトライセラと子を作れないと言うのが不思議だった。何せ彼女は美しい。性欲を抱なくなるとは思えなかった。
「不思議そうだな。ノルマン・ブラーク、仮にだが貴様は牛に欲情するか?」
「何を言っているのですかな殿下。私が牛に? 人ではないものに欲情なんて、あり得ませんよ」
「そうだあり得ない。今の俺は竜の花嫁以外の女が……人間の女に思えなくなっているのだ」
成る程とオリクトは静かに納得する。竜の血が花嫁との子供を望んでいる。他の者とは子供を作らせないようにカルノタスをコントロールしているのかもしれない。
「トライセラ。俺は君に情欲を抱くことは無い。俺はもう、竜の花嫁しか女と認識できなくなっているのだ」
「そ……そんな」
ショックに打ちひしがれるトライセラ。彼女を不憫に思うものの、オリクトは冷静にカルノタスを見据える。
(成る程。そういう設定ね。ヒーローがヒロインに夢中になって、他の女に絶対なびかなくなる為の設定。これは思った以上に厄介かも)
更に頭が痛くなる。最早カルノタスにとって同種の雌がオリクトしかいない獣だ。幸い以前打ちのめした事もあるからか、力ずくでオリクトを奪おうとしていない。最低限の理性は働いているようだ。
しかしこれは問題だ。特に王族として大問題だろう。
「殿下。ではお世継ぎはどうなさるおつもりで? まさか私に、結婚せず子を産むのだけ依頼するなんて事はないでしょうね」
「それもオーラムとしては望ましい事だ。だが俺は君を妃として迎えたいし、君もそんな未来を望んでいないだろ?」
「ええ」
そしてそれは下劣な未来となる。仮にオリクトがカルノタスの子を産み、オーラムに渡したとしよう。そうなればトライセラの子として彼女に育てさせられるかもしれない。
彼女にとって屈辱を超越した最悪の侮辱になるだろう。
「オリクトの心を手に入れられなければ、妹の子を養子にするだけだ。ああ、あとオリクトはもう一人の花嫁を探しているんだったな」
ピクリとトライセラの肩が震える。
「勿論、見つかれば俺が君を諦め、もう一人の花嫁に求婚する事になる可能性は高いだろう。しかし、平民など政務を行えないような娘なら……」
再びトライセラを見る。とても申し訳なさそうに、謝罪するようにだ。
「子を産む担当と政務担当。二人で一人の皇妃を用意する事になる」
ああ、やっぱりか。半ば失望に近い感情がオリクトを包む。
先程の予想は現実となる。悪役として産まれた彼女には生き地獄しか未来が残されていないのだろうか。
「なんて悪辣な」
フリーシアでさえ思わず声に出てしまう。
普通なら不敬罪に問われるような発言だ。しかしカルノタスも自分の言葉が悪であるのを自覚しているからか、自嘲するような目だった。
「そうだな。しかし結婚後……初夜の場で言うよりかはマシではないか?」
「否定はしませんが、どちらも人を傷つける言葉の刃です」
「ああ。理解してる」
理不尽だ。もしかしたらトライセラが主人公なのではないのかと思ってしまう程、全てが彼女を傷つけている。
「殿下!」
そんな姿に耐えられず、パラントがカルノタスに跪く。
「どうにか、どうにかならないのですか? トライセラ様は子供が好きなんです。ずっと我が子を抱くのを望んでいたのです。こんな、こんな事って……」
昼に見たおどおどとした様子は何処へやら。彼女は必死に懇願する。しかしカルノタスは申し訳なさそうに視線を反らすだけだ。
「不可能だ。仮に媚薬を浴びるように飲んでも、俺は花嫁としか子を作れない。花嫁ではない者がどれだけ淫らに誘惑しようと、俺は絶対に揺るがぬ」
「そんな……」
同情もしよう。哀れみもしよう。しかしオリクトも手を貸せない。竜の花嫁でないトライセラにはどうにもできないのだ。
そんな時パラントはオリクトの方に駆け寄る。
「オリクト殿下!」
必死に訴えるような瞳。声色には涙が混ざり震えている。そんな彼女のすがるような姿に一人、ドルドンは不快そうに睨む。
「トライセラ様をお助けください。どうか、どうかオーラムの皇妃に。殿下が皇妃になればトライセラ様は他の方と結婚できます」
「…………」
彼女の言い分は理解できる。皇妃としての能力があり竜の花嫁。オリクトが嫁げばトライセラが政務に携わる必要は無くなる。そうなれば他の有力貴族との婚姻もあり得るだろう。
だが首を縦に振るつもりはない。
「私は既に殿下の求婚をお断りしています」
「トライセラ様のお姿を見て心が痛まないのですか!」
「パラ…………」
止めようとするカルノタスの肩をドロマエオが掴み止める。
情に訴えるように、パラントの声が強く大きくなっていく。
「何よりオーラムの皇妃になる栄誉をお捨てになるなんて、コーレンシュトッフの大きな損失です。オリクト殿下、どうか賢明かつ慈愛に満ちたご判断を。何卒、何卒……お慈悲を! トライセラ様を見てください! お救いください!」
(そうくるかぁ……)
その言葉の節々にオリクトのせいだ、オリクトが悪いんだ、そう言うような言葉の刃が顔を見せる。大胆かつ非常識な懇願。普通なら他国とはいえ王族相手に言う言葉ではない。
どう対応しよう。不敬と断じるか。それともカルノタスに責任を追及するか。オリクトがそう迷ったほんの一瞬、オリクトの前に人影が立つ。
「いい加減にしろ!」
そう叫んだのはドルドンだ。
オリクトが見た事のない、怒り狂った獣のような形相だった。




