敵キャラなら雑に扱っても良い? クソ野郎ですわ
「気づいていたのか。俺は嬉しいぞ」
「御冗談を。殿下が私に挨拶をせずに教室から出ていきました。どうも違和感があったので、トライセラ様がフリーシアといるのならと推測しただけです」
彼はきっとトライセラから相談を受けていたのだろう。ドロマエオから伝えられたのか直接かはわからない。しかし彼は二人の会話に立ち会っていた。
「そもそも立ち聞きとは破廉恥では?」
「ははは、誤解だよ。俺はトライセラの身の安全を危惧していただけだ。校内に鉄扇を持ち歩いてるような物騒なご令嬢から……な」
「なっ!?」
そう言いながらフリーシアを横目で睨む。いや、カルノタスの視線は彼女が持っている扇子に向けられていた。
フリーシアが持っている扇子は金属製の鉄扇、それもマグネシア製の仕込み鉄扇だ。気づかれたのはオリクトも驚いている。
「ご心配なく。彼女の所持は学園から許可を取っています。私の護衛のためですから」
「君が言うのならそうなのだろう。しかし、自国の貴族令嬢の身を案じるのも理解してほしい」
「もちろんです。それよりも……」
ちらりとトライセラの様子を確認する。彼女はどこかバツの悪そうに縮こまっている。
カルノタスがいるのを思い出した、といったとこだろう。彼がいるのを知らないのなら驚いているだろうし、知っていたらあんなに感情的になっていない。忘れていた、と考えるのが自然だろう。
「私達のお話しを聞いていたはず。ですね?」
「ああ。君が竜の花嫁でなくなる方法、トライセラが竜の花嫁になる方法だったが」
やはり聞いていた。そしてその後に続く言葉もオリクトは予測している。
「そんなものは無い」
トライセラにとっては無慈悲な一撃だった。希望を抱く事すら許さない。そう断じているようだ。
「そもそも、花嫁であるか否か。それを制御できるのなら苦労しない。それに仮に花嫁の素質を譲渡できるなら、母上が皇妃になっていないだろう」
「ツリウム家は男爵家ですからね。譲渡ができるなら、とっくに上位貴族に奪われていますよ。俺の叔母とかに……ね」
ドロマエオも苦笑し続く。
確かに彼らの言う通りだ。男爵家の令嬢が皇妃に。竜の花嫁があろうとそう簡単に許されるはずがない。ましてやその資格が譲渡できるなら確実に強奪されていただろう。
「それもそうね。残念だけど納得はいくわ」
理解し受け入れるオリクトと違い、トライセラは心をえぐられたように呆然としている。
残念だがこれが現実だ。オリクトにとっても残念な結末、トライセラにとっては死刑宣告に等しい。だからか、可愛そうとも思えてきた。
いくら敵として産まれたとはいえ、彼女もこの世界に生きる人間だ。理不尽に拒絶されるだけなんてあってはならない。何より彼女は被害者なのだ。
「ところで……カルノタス殿下。何か言う事はありませんか?」
「言う事?」
「人生を殿下に捧げたご令嬢を無下にして。紳士失格ではありませんか?」
「………………そうだな」
彼も思う所があるのだろう。深呼吸をしトライセラに振り向く。
オリクト以外の女性に向けるいつもの冷たい視線ではない。どこか温かみのある、身内に向けられるような瞳だった。
「トライセラ」
「!」
ビクリとトライセラの肩が震える。
「君が皇妃教育をこなし努力する姿。俺は才女たる君に敬意を感じていた」
「好意ではないのですね」
「ああ」
失意だった。女として見られていない。それが彼女の胸を締め付ける。
「君が竜の花嫁ではない。父上もスティラ公爵、君の父も残念がっていた。花嫁だったら完璧な……オーラム史上最高の皇妃となっていただろう」
「それだけ優秀なら最初から婚約してればよかったのに」
ドルドンが呟くも、カルノタスは聞き逃さない。
カルノタスは静かに、諭すようにドルドンに語りかける。
「竜の花嫁を求めるのは当然だろう? 確実に、優れた世継ぎを産める者を求めるのは当然だ」
「それは……」
言い淀むもオリクトが制止する。
「そうね。国を統べる王族なら、優れた王を求めるべき。責務と言っても過言ではないわ」
「オリー……」
「少なくとも、私を欲する理由は妥当だと認めます。ですが、私もコーレンシュトッフの事情があります。巻き込まれるのは御免ですね」
軽く咳払いをし背筋を伸ばす。威嚇するように、小さな身体をめいいっぱい大きく見せつけるようだった。
関与するな、そっちでどうにかしろ。そう言うも内心では頭痛に悩まされていた。
オリクトはこの世界の主人公はコーレンシュトッフの人間だと読んでいた。自分がラスボス、カルノタスの留学。少なくとも物語の舞台がここ、コーレンシュトッフであるのは確実だからだ。
物語を知らないから本来のキャラクターと違う行動をしてしまった。自分も原因ではあるが、だからといって流されるつもりは無い。
あくまで新しい人生をまっとうする。それがオリクトの目的なのだ。
皇妃になりたくない。その意思はトライセラの背を押した。
「……殿下。オリクト殿下がオーラムに嫁がないのであれば、どうなさるおつもりですか? 反皇族派の思惑通りなのは腹立たしいのですが、私が皇妃となる未来は無いのですか?」
これはオリクトも気になっていた。彼女からすれば主人公を押し付ければハッピーエンドだが、彼はオリクトにフラれた後の事を考えているのか疑問だった。
カルノタスは少し言い淀むも、決心したように深呼吸をする。
「確かに、オリクトの心を掴めなければ…………君が皇妃候補筆頭だろう」
「殿下……」
「しかし」
トライセラの小さな歓喜を遮るような強い口調。その威圧感に皆が怯む。
「君と子を成す事は絶対に無い。白い結婚となり、君は皇妃の政務を行う職員として……俺に嫁ぐ事になる」
冷たくも悲しげな、そして残酷な言葉だった。




