ちょっと待ったぁぁぁ!!!
これがフリーシアの狙いだった。オリクトはオーラムに嫁ぎたくない。逆にトライセラは皇妃になりたい。
お互いの道、その行く先は同じなのだ。ならば利用しない理由は無い。彼女が皇妃になればオリクトは自由になる。
何もかも丸く収まるのだ。
それはトライセラも理解している。しかし簡単には頷けない。
「仮に、私がオーラムの皇妃になったとして、貴女に何の利益が? 人脈?」
「そんな事に興味はありませんわ。あくまでオリクト様をオーラムに奪われないようにする。それだけですもの」
勿論彼女は嘘をついていない。しかしトライセラにとっては、その真っ直ぐな気持ちが余計に不信感を煽る。
フリーシアもそれを察せぬような能天気な娘ではない。貴族なら腹の探り合いの方が日常だ。
「まあ、理由をつけるなら……まずはオリクト様への忠義ですわね」
「忠義……」
「ドルドン様との仲はそれはもう美しいものです。そんな仲睦まじいお二人を引き裂くなど、あってはなりませんわ」
これもトライセラにとって面白くない情報だ。しかしそんな事は関係ない、こちらの話しを聞けとばかりにフリーシアの舌は止まらない。
「それと、発明姫の才能。これはオーラムに嫁げば無駄になるでしょう」
「無駄?」
オーラムを馬鹿にするような言い方だ。勿論フリーシアもわざとそのような口調で言っている。
「そうでしょう? オリクト様の才はクド族が開花させたもの。教室にある板書用の白い板はご存知ですわよね?」
「ええ。字が浮き出たり消えたりする……」
「あれもオリクト様の発明品ですわ。砂鉄と磁石を使ってるようですが。私の理解の及ばぬ代物です」
驚き一瞬言葉が途切れる。
「オーラムでは発明姫を死蔵させる。だからウルペス陛下も求婚を断ったのです。ご理解いただけましたか?」
「…………ええ」
言い分は解る。優秀な人材を他国へ渡したくない、政略結婚よりも有意義だ、そう判断した。
トライセラの心の揺らぎ、それをフリーシアが見逃さない。
「さあトライセラ様。コーレンシュトッフはオリクト様を離さない、オリクト様は想い人と添い遂げたい…………そして貴女はオーラムの皇妃になりたい。全て繋がっています。私達は同じ目的に、同じ道を歩けるのです」
フリーシアの手が差し伸べられる。
「もう一度言います。私とお友達になりましょう」
これは誘惑だ。甘く毒に満ちたケーキのように魅惑的だった。
この手を取れば確実に皇妃に一步近づく。公爵令嬢が協力者になる。もしかしたらオリクトも後ろ盾になってくれるかもしれない。
しかし手を取るのに躊躇してしまう。アルギュロス家の方針に乖くからだ。握手をしたい、しかししてはならない。葛藤に身体が動かなかった。
「そこまで!」
そうしていると二人の間に割り込む声が響く。何者か。振り向いた先にいたのはオリクトだった。背後にはドルドンとノルマンが控えており、特に大柄なノルマンは圧倒的な威圧感を放っている。
「お、オリクト様?」
「……殿下?」
フリーシア達も思わぬ乱入者に驚きを隠せない。そんな二人の間、フリーシアをトライセラから引き離すように間に入る。
「フリーシア。これはどういう事かしら?」
「オリクト様の為です」
一切悪びれるようにも見えない笑顔だ。当然だろう。オリクトとドルドンが添い遂げるため、その最善の一手を打っていると自負しているのだ。
しかしオリクトは喜んではいない。
「そう。貴女の気持ちは嬉しい。けど、今回のこれは見逃す理由にはいかないわ」
「へ?」
咎められた。その事にフリーシアだけでなくこの場にいる全員が驚いている。なんせ彼女の行いはオリクトにとってメリットしかない。トライセラがオーラムの皇妃になれればカルノタスの求婚も無くなる。嬉しい事ばかりだ。
それなのに何故。皆が心の中で首を傾げる。
「あの、殿下? 姉上の何が問題なのでしょうか? 寧ろ殿下がトライセラ嬢を皇妃に推すべきかと」
ノルマンは姉がトライセラとトラブルを起こしたのかと思っていた。しかしこれはどうだろうか。褒められはしても咎められないはずだ。
「確かに。でもね、これはオーラムへの内政干渉になるわ。見過ごす訳にはいかないの」
言わんとする事は解る。だがそれ程の事かとブラーク姉弟は納得がいかないようだ。
オリクトは軽く咳払いをする。
「おそらくだけど、皇帝派は運良く見つけた竜の花嫁。私を皇妃にしたい。そうでしょう? トライセラ様」
「……はい」
悔しそうに頷く。自分が選ばれなかった、竜の花嫁ではがなかった。その事が胸を締め付ける。
「皇帝の力を高めるには竜の花嫁が必須。そうなれば、逆に反皇帝派の貴族は竜の花嫁ではない皇妃が望ましい」
「あ……」
そこでフリーシアは察した。自分の行いの意味を。
「フリーシアが個人的にトライセラ様を皇妃に推しているのは私も解っているわ。でも反皇帝派と繋がっていると思われれば。ブラーク家が関与していると疑われる。それは少し良くないわ。でしょう、ノルマン」
そこでノルマンも理解する。フリーシアの行動は火種になりうる事に。
だがそれだけではない。
「そしてもう一つ。私は自分以外、もう一人の竜の花嫁を探しているのです。ねぇドルドン」
ドルドンは小さく頷いた。




