第三十二会「一番の調味料」
初めて書いたので拙いと思いますが、これから成長していければと考えていますので、温かい目で見守っていただければ幸いです。
月くんにご飯を作っていくことになって一日目。
私は台所の前で頭を悩ませていた。
「月くんは何が好きなんだろう…」
私が知っている月くんの好きなものはBBQだけだ。
でも今はその時に食べたお肉も野菜もない。
というかあれは藍ちゃんの家の人が用意してくれたものだし…。
現在の時刻は午前六時。家は七時半に出ないといけないけど、まだ一時間半もある。
このために朝苦手だけど早起きしたんだから…。
「…決めた!」
私は冷蔵庫から卵とソーセージを取り出し、熱したフライパンに入れる。
お弁当のおかず、定番中の定番、卵焼き。
作ったことは何回かしかないけど、毎回成功しているから大丈夫なはず。
「こうして、卵追加して…。…よし」
無事きれいな卵焼きができた。あとはこれを何個かに切り分けてお弁当に詰める。
その時、後ろから手が伸びてきた。
「…うん、おいしいわね」
「ちょっと!?」
私の卵焼きをつまみ食いしたのはお母さんだった。
「どうしたの〜、秋生。いつもはもっと遅くまで寝ててお母さんに起こされるじゃない?」
「きょ、今日は!なんとなく自分で作ろうと思っただけで…」
私はごまかそうと言い訳をしたが、語尾が小さくなった。
後輩の男の子にお弁当を作っていくだなんて絶対に言えない。
お母さんは恋愛とか青春とかが大好きなのだ。
「ふ〜ん。なんとなく、ねぇ…」
お母さんは目を細めてこちらを見つめている。
「ま、そういう日もあるわよね!」
「…!う、うん!そう言う日もあるよね…」
「それじゃ、頑張って作りなさい。お母さん、洗濯物回してくるから」
そう言ってお母さんは洗面所の方へ向かっていった。
「…ふう。よかった…」
私がそう呟いてお弁当作りに戻ろうとしたその時、お母さんが台所に顔だけ出してきた。
「あ、男の子はもう少し味が濃い方が好きかもね〜」
「え?ほんとう?それならもう少し醤油を…。って、お母さん!?」
「んふふ。頑張りなさいよ〜」
そう言ってお母さんは今度こそ洗面所の方に向かった。
「もう、お母さんってば…」
一体なぜばれたのか。親の勘というやつだろうか。私の反応だろうか。
母親というのは恐ろしいというのを実感し、私はお弁当作りに戻った。
―――――――――――――――――――――――
とうとう昼休み。私の方が先に美化委員室に着いたようだ。
これから月くんと一緒にご飯を食べるんだよね…。
ものすごく楽しみだけどものすごく不安。
早く来てほしいけど早く来てほしくない。
おいしく作れてるよね。崩れてないよね。
そんなことを考えていると、ドアが開いた。
「…世理先輩。早いですね」
「じゅ、授業がちょっとだけ早く終わったから…」
「待たせてしまいましたね。すみません」
「い、いいの!気にしないで!」
私がそう言うと月くんは向かいの席に座った。
「…ええと…。はい、これ」
私は月くんに今朝作ってきたお弁当を渡した。
「ありがとうございます!今日、めちゃめちゃ楽しみにしてました!」
「そ、そんなに期待しないでね…」
月くんがお弁当のふたを開けた。そこには何の変哲もない、いわゆる普通のお弁当の姿が広がる。
「うわ、うまそうです!いただきます!」
月くんが最初に箸をつけたのは卵焼きだった。
口に運んで咀嚼する。
おいしいかな…。月くんの口に合ってるかな…。
緊張で時間の感覚がおかしい。
月くんが卵焼きを飲み込むまで十秒もかかっていないはずだったのに、その時間は一分にも十分にも、一時間にも感じる。
「…ど、どうかな…」
月くんが卵焼きを飲み込んだのを確認してから、恐る恐る聞いてみた。
「世理先輩。これ…」
この後に来る言葉が怖い。おいしくないと言われたらどうしよう。
「…めちゃめちゃうまいです」
「ほ、ほんと?」
「はい。俺、結構家で料理するんですけど、結構できる方だと思ってましたし味も自分のが一番だって思ってました。でもこの卵焼き。味も見た目も俺が食べたどの卵焼きよりもうまいです」
月くんの口に合ってくれたようだ。
「よ、よかった〜…」
私はほっとして机に倒れこんだ。緊張でかなり力が入っていたらしい。
でもほんとは、お母さんに言われて作り直したから、私の味付けかといわれると微妙だ。
それでも作ったのは私だし、月くんが喜んでくれているからいいよね。
そのまま月くんは私の作ったお弁当を夢中で食べ進め、気づいたら空の弁当箱が机の上に合った。
「ごちそうさまでした。おいしすぎて気づいたらなくなってました」
「それはよかった」
「世理先輩、料理上手なんですね」
「んー、嫌いではないかな」
「実験とか動物たちの世話とかで手先が器用なんですね」
「それもあるかも…」
「世理先輩が作ってくれるご飯なら、毎日食べたいです」
「え!?」
月くんは笑顔でそう言った。
そのまま昼休みが終わる五分前くらいまで二人で話をしていたけど、さっきの言葉でほとんど頭に入らなかった。
昼休みも終わりに近づき、月くんは教室に戻っていった。
月くんがいなくなった美化委員室。
私は一人でさっきの言葉を思い出していた。
「私が作ったご飯を毎日…///」
それはもう告白なのではないだろうか。というかプロポーズでは?
「きゃあーーーーー!///」
体が熱くなっているのが分かる。きっと深い意味なんてないだろう。
私が月くんを好きじゃなかったら何ともない、ただの褒め言葉でしかない。
「…はぁ。それはずるいよ、月くん…」
あんな顔で言われたら、もっと好きになっちゃうよ…。
昼休み終了のチャイムが鳴る。そのチャイムで我に返り、私も急いで教室に戻った。
―――――――――――――――――――――――
二日目もしっかりお弁当を作っていって一緒に食べた。
今日のメインのおかずは唐揚げ。これが嫌いな人はほとんどいないだろう。
月くんもおいしそうに食べてくれた。
もちろん、昨日大絶賛を貰った卵焼きも入れた。
「どう?おいしい?」
「はい!やっぱり世理先輩のお弁当は最高です!」
「ありがとう。そういえば月くんって、どんなお弁当のおかずが好きなの…?」
「そうですね…。あまり好き嫌いはないんですけど、強いて言うなら生姜焼きとかですかね。昔、お母さんがお弁当の中に生姜焼きを言えてくれていたことがあったんですけど、あの時はこれが世界一おいしい食べ物だって感動した記憶があります…」
「へぇー、生姜焼きか…」
というか、小さい時の月くんを見たい。今この場に召還してほしい。魔術でも勉強しようかな…。
「あ、でも当時はあまり食べ物を知らなかったからそう思ったのかもしれないです。もちろん今も好きではありますけど…」
「そっか。ありがとう」
こんなお昼が毎日続けばいいのに…。
そう思いながら今日も二人で楽しくお弁当を食べて昼休みを過ごした。
これも明日で終わり。明日は昨日と今日を入れた三日間で一番おいしいお弁当を作ろう。
そう気合を入れて、私は自分の教室に戻った。
その日の夜。私は明日何を作ろうか悩んでいた。
もちろん、今日月くんに聞いた生姜焼きは入れるつもりだ。それ以外に何を作ろうか…。
また卵焼きを入れるのはどうだろう…、毎回同じものが入ってて嫌だなと思われたりしないだろうか…。
色々考えていると、ノックする音が聞こえた。
「秋生、何時まで起きてるの?」
「え…って、もうこんな時間!?」
「早くお風呂に入っちゃって、寝なさい」
「うん…」
まだ明日何を作るか決まっていない。
どうしようかと思った時、部屋のドアが開いてお母さんが顔を出した。
「何を作るにしても料理で一番大事なのは相手を思う気持ちよ。『愛情』、『好き』、『おいしく食べてほしい』…。他にもいろいろあるけど、どんなにすごいものを作ってもそれが入っていないと普通の味になるし、逆にちょっと不出来なものでもそれが入ってるだけでどの料理よりもおいしくなっちゃう魔法の調味料なんだから」
お母さんはそう言うとウインクをして自分の寝室に行った。
「もう、そんなのわかってるってば…」
私は急いでお風呂に入り、部屋に戻ってきてまた明日のお弁当のおかずを考えたのだった。
―――――――――――――――――――――――
「…は!」
私は嫌な予感がして時計を見た。
「し、七時半…!?」
私は寝坊した。昨日遅くまで起きてしまったからだ。
これでは十分にお弁当を作る時間がない。
急いで着替えてリビングに向かう。
「ほら、だから早く寝なさいって言ったのに」
「う…」
その通りなので何も言い返せない。
もうお弁当を作る時間はない。今日が月くんにお弁当を作る、そして一緒にご飯を食べる最後の日なのに。
「どうするの?作るの?作らないの?」
お母さんは私に聞いてきた。
「どうするって、もう時間ないから…」
「これ、持っていく?」
そう言ってお母さんが見せてくれたのは、お母さんが作ったお弁当だった。
私が作ったものではないし、きっと私が作るよりおいしいのだろう。
「…」
私はそれを無言で受け取った。
お弁当を作る時間がないのだから仕方がない。
それでも最後は、自分が作ったものを食べさせたかった。
「…はぁ、秋生。お母さんは別にこれを持って行って食べさせてもいいと思うわ。でもお母さんはこのお弁当を食べる子のことは何も知らない。昨日のアドバイス、覚えてる?」
「…相手を思う気持ち…」
「そう。このお弁当にはそれが入っていないわ。でも言ったわよね。少しくらい不出来なものでもそれさえ入っていればどんな料理よりおいしいって」
「お母さん…」
「私は、秋生の作ったものの方がその子もおいしく食べてくれると思うな〜」
ほんとうにお母さんにはかなわない。きっとこれから私がお母さんにかなうものは出てこないだろう。
私は台所にたち、急いで今日のお弁当を作った。
「失礼します」
月くんがやってきた。とてもワクワクした様子だ。きっと今日も楽しみにしてくれているのだろう。
「今日で最後ですね…。世理先輩、今日までありがとうございました」
「い、いいんだよ!気にしないで…。それより、月くんに謝らないといけないことがあって…」
「?なんですか?」
「実はこれ…」
私は今日のお弁当を机の上に出した。
「これは…」
私が出したのはただのおにぎり。しかも急いでいたのでどれも形がバラバラだ。
「実は今日の朝、ちょっと時間が無くて…。せっかく一緒にお弁当を食べられる最後の日だったのに。こんなのになっちゃってごめんね…」
今日でこの時間が終わってしまう寂しさ。最後の日に寝坊した自分への怒り。最後の日なのにきちんとしたものを作れなかったこと申し訳なさ。
色々な感情が混ざり合って、話しているうちに涙があふれてしまった。
「…世理先輩」
「ほんとうは、昨日言ってた生姜焼きも作ってこようとしたんだけど…。私が寝坊なんてするから」
「…ははっ」
「…月くん?」
「す、すみません。世理先輩も寝坊とかそういうことあるんだなって」
「そ、それは…ごめん」
「謝らないでください。俺、世理先輩の弁当だったらなんでも食べますし、どんなものでも嬉しいです」
「つ、月くん…!」
月くんの優しい言葉でさらに涙が出そうになる。
「泣かないでくださいよ。せっかく一緒に食べるんですから、楽し食べましょ!」
そう言って月くんはおにぎりの一つを食べ始めた。
「…うん。やっぱりうまいです。世理先輩の作るものは何でも。特に今日のはいつものとはちょっと違ったおいしさを感じます」
「…!」
やっぱりお母さんはすごいや。
私が入れた一番の調味料を月くんも感じ取ってくれたらしい。
「…今日のは特別な調味料が入っているから」
「え、そうなんですか?なんだろう…」
「ふふっ。内緒!」
「ええー、教えてくださいよ!」
私は目にたまった涙をぬぐって、月くんと一緒に楽しくおにぎりを食べた。
不格好なおにぎり。三日間のうち、どの日よりもたくさん私の思いが入ったおにぎりは、なんだか少ししょっぱい気がした。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
続きもぜひ、読んでいただければと思います。よろしくお願いします。