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邪神顕現

「……くるか」


 リーナをさらに後ろへ下がらせながら、エニク王子がそうつぶやく。

 ハロネクとカレル……。

 悪魔神官親子の遺体に異変が起きたのは、その時のことであった。


 両者の首元から流れ、床にできていた血溜まり……。

 これが、さらに広がったばかりか、粘液生物(スライム)のごとく持ち上がり、二人の遺体を飲み込んだのである。


 ――ぼきり。


 ――ごきり。


 ――ぐしゃ。


 ……と、肉や骨のひしゃげ、砕かれていく音が響き渡った。

 そうすると、やがて血の塊から無数の血管が浮び上がり、一つ巨大な生物の形を取り始めたのである。

 同時に生み出された骨が、血管に取り込まれながら骨格を形作っていき……。

 各種の内臓器官も、出現し、あるべき位置へひとりでに収まっていく。

 続いて、剥き出しの筋肉がそれらを覆っていき……。

 最後に、爬虫類じみた皮と鱗が表面に貼り付いていった。


 破壊神の信徒を材料に生み出された、異形の存在……。

 それは、魔物以上に魔物であり、この世に存在してはならぬ存在だと直感させる。


 ――でかい。


 両の脚で立たれると、広大な広間の天井に頭がつきそうだ。

 全体的な印象としては、二足歩行するトカゲだろう。

 だが、五本の指は人間のそれと互角の器用さを有しているようであり、両の目からは高い知性を感じさせた。

 特徴的なのは、背中から生えた一対の翼で、これはコウモリのそれを想起させる。

 臀部(でんぶ)から伸びた尾は、そのものが意思を持つかのように、しなやかな動きを見せていた。


「御身は、悪霊たる神の一柱か?」


 剣を構えた王子が、眼前の怪物へそう尋ねる。


「いかにも……。

 我が名はマズダー。

 破壊神様に仕える眷属神なり」


 爬虫類じみた口は、本来ならば人語を話せるはずもないのだが……。

 そのような理は無縁とばかりに、流暢な言葉が紡がれた。


「マズダーよ。

 できれば、このまま何もせず、元いた世界へとご帰還願うことはできませぬか?」


 悪霊なれど、神は神。

 剣を構えたエニク王子が、丁寧な口調で尋ねる。


「ぐっはっは……」


 それに返されたのは、哄笑……。


「か弱き人間よ。

 それは無理な相談だ。

 我らを信奉する者に呼び出され、顕現した以上は、その願いを叶える義務というものがあるのでな」


 マズダーなる神が、右手を突き出す。

 すると、おお……これはどういう術か……。

 まったくの無から一本の槍が生み出され、突き出した手に収まったのだ。


 だが、それは金属を素材としたものではない。

 動物の骨格や肉を使い、槍の形とした……見るからにおぞましい品であった。

 しかも、そのような素材を用いていながら、鋼の武器を上回る強度と切れ味が備わっているに違いないのである。


「それに、我はお主らの……いや、ここは都か?

 ここに住まう者たちの血が見たい。

 その悲鳴を聞きたい。

 それこそ、我らの本分よ」


 にたり……と。

 マズダーが邪悪な笑みを浮かべた。

 それは、一見しただけで、意思疎通が不可能であると分かる醜悪な代物だった。

 確かに、言葉は通じる。

 だが、この神と地上の人間たちとでは、根底に備わる道理が異なるのだ。


「ならば、やむなし」


 エニク王子が、手にした剣の切っ先をぴしりと突きつけた。


「我が名はエニク!

 ローハイム王国の王子なり!

 邪神マズダーよ!

 御身を討ち果たすことで、元の世界へご帰還頂こう!」


「ぐわっはっは!

 面白いことを言う!」


 邪神が、豪快に笑う。


「か弱き人間よ……。

 身の程を知るがいい!」


 マズダーの翼が持ち上がり……。

 そこから、灼熱の閃光が放たれた!

 背中の翼は、ただ飛翔能力を備えているだけではない。

 恐るべき攻撃の発生器官としても機能するのである。


「むうん!」


 剣は手にしたまま、エニク王子が両腕を交差させた。

 己の身一つで耐え凌ごうという防御の構え……。

 また、こうすることで背後に控えるリーナの盾となってくれているのだ。


「――きゃあっ!?」


 あまりの衝撃と熱……。

 そして、閃光に悲鳴を上げる。

 充実して膨れ上がった破壊の力は、大広間中を満たしていき……。

 内部どころか、外壁に至るまでも吹き飛ばした。


「な、何ていう……!」


 閃光が収まり……。

 周囲を見回して、絶句する。

 ハロネク公爵家の豪邸……。

 その、二階から上が、まとめて吹き飛んでいたのだ。


 無事なのはエニク王子が身を挺して守った背部から先だけで、そこだけは、破壊などなかったかのように無傷であった。

 その中心に立つリーナも、当然ながら無傷。

 全て、王子のおかげである。


 まるで、先ほどの再現……。

 だが、邪神が放った攻撃の威力は、悪魔神官親子の魔法などとは、比べ物にならない強大さであった。

 身構えていたとはいえ、これを受けた王子は……。


「ほおう……。

 たいしたものだ。

 我が翼の閃きを受けて、人間ごときが五体を保てているとは、な」


 マズダーが、心から感心したかのようにつぶやく。

 そう、王子は――健在だ。


「お褒めに預かり光栄だ。

 さすがに、かなり効いたが、な……」


 その言葉通り、悪魔神官の魔法を受けても涼し気だった王子は、全身から白煙を立ち昇らせている。

 熱衝撃波という攻撃の性質を思えば、服の下には無数の打撲も存在するとみてよかった。


「かなり効いた、で済ませよったか。

 ふ、ふふ……」


 マズダーが、にやりと笑う。

 それから、実に意外な提案をしてきたのだ。


「エニクといったな?

 貴様、神とならぬか?」


「ほおう、おれが神にか?」


 防御の構えを解き、エニク王子も不敵な笑みを浮かべて応じる。


「今の攻防だけで分かる。

 貴様の力は、神にすら届き得るものだ。

 このまま、定命の人間で終わらせるのは、何とも惜しい。

 ――我が誘いに乗れ。

 そして、転生を果たすのだ。

 共に破壊神様の眷属として、新しき世界を生み出そうぞ」


 巨大な腕を、誘うように差し出しながらの提案……。

 絶体絶命の窮地で、王子がどのように答えるか、リーナは見守っていたが……。


「断る」


 返事は、きっぱりとしたものであった。


「やはり、そうくるか」


 一方、マズダーはさして意外そうでもない。

 エニク王子がこう答えると、あらかじめ予期していたかのようだ。


「誇り……あるいは正義か……。

 貴様ら人間は、いつもそのような下らぬ理由で、せっかくの機会を棒に振る。

 誠、惜しきことよ」


「邪神よ。

 それは少し違うぞ。

 誇りと正義を胸に抱くからこそ、人間は強くあれるのだ。

 それを持たなければ、いかに優れた力があっても、畜生と何ら変わらぬ」


「それは、暗に我を指してこう言っているのか?

 お前など、畜生と変わらぬと」


 マズダーが、やや眉をひそめながら尋ねる。

 不遜といえば、あまりに傲岸不遜。

 悪霊たる神とはいえ、人間に許される言葉ではないと思えた。

 だが、王子は邪神の言葉を無視し続ける。


「それに、誘いに乗らぬ理由はもっと単純なものだ」


「何?」


 マズダーが首を傾げた。

 剣風が吹き荒れたのは、その時だ。


 ――ズババッ!


 ……という、鋭い音が響く。

 同時に、マズダーの巨大な翼が、左右とも半ばから切断される。


「――ぐわあああああっ!?」


 神であろうと、痛覚があるのは人間と同じか。

 マズダーが、苦悶の叫び声を上げた。


「き、貴様……!?」


 邪神が、王子を睨みつける。

 脆弱はずの人間は、剣を振り抜いたまま残心していた。


 ――破壊の風


 エニク王子の剣から生み出された斬撃は、そう形容するしかない。

 しかも、それは瞬時に二度も生み出され、悪霊たる神の翼を奪ったのだ。


「邪神マズダーよ。

 何故、自分より弱い相手の命令を聞かねばならない?」


 リーナの位置から、王子の表情を窺うことはできない。

 だが、きっと不敵な笑みを浮かべているのだろうと……そう思えた。


「破壊神から聞いていないか?

 つい最近のことだ……。

 大神官に呼び出されたはいいが、その場にいた人間の手で返り討ちにあったと……」


「む、むううう……!」


 爬虫類じみたマズダーの顔に浮かび上がんだのは、紛れもない――恐怖である。


「本気でかかってこられよ。

 御身が前にせしは、破壊神を破壊した者だ」


 ゆるり……と。

 王子が剣を構え直した。


 お読み頂きありがとうございます。

 次回は、マズダーとの決着です。


 評価やブクマ、いいねなど、ありがとうございます。励みになります。

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