仲間が増えるよ!
ピチチ、チュンチュン。
いつもの鳥の声と窓から差し込む陽光で目を覚ます。
そのままパチパチと目を数度瞬いて、残った眠気も追い払う。むくりと上体を起こして、ふわぁ、と欠伸を一つしてから、違和感を覚えた。
朝起きると毎日ほぼ欠かさず香ってくる美味しそうな香りが今日はしない。
それどころか、家の中に人の気配もしない。
今日はゼンは来てないのかな、珍しい。
もしかして何かあったとか??
体調でも悪いのかな?
昨日は色々大変だったし、まだ寝てるだけって事もあり得るかもしれない。
ちょっと様子を見に行こうっと。
手早く着替えて、支度する。
玄関から出て、隣の家へと向かった。
私の家よりも少し大きな2階建ての木造ハウス。
お庭には野菜や煎じて飲めるような薬草が年中入れ替りで植えてある。意外と細やかな事が好きな彼らしい家だ。
その家の扉をコンコココンと申し訳程度にノックして、ガチャリと開いた。
「ゼン、おっはよーー…お?」
玄関そばのリビングにゼンはいた。思ってたよりも近くにいて反射的に挨拶が口から出るも、ゼンの足元に転がっている人らしき物体を目にしてフリーズする。
黒髪黒目、黒いローブを羽織り、腰の周りに巻いたケースに薬瓶をたくさんぶら下げた怪しい人物を、ゼンは足蹴にしながらロープでぐるぐると簀巻きにしていた。
えっ、え?一体ゼンは何をしてるんだろう。
「おはようクロ、ちょっと待っててくれ、すぐ終わるから」
まるで古紙でも縛るかのような自然さでぎゅうぎゅうとロープで人を縛りながら平然と挨拶を返されて、私の常識の方がおかしいような感覚に陥る。
そうだね、ゼンが犯罪を犯すわけないよ!
きっと何か事情があるに違いない。
ぎっちぎちに縛って下さいって頼みこまれて仕方なく、とか。
優しいゼンは断れなくてやむを得ず、みたいな。
何が何だか分からないけど、そういう事情なら仕方ない。
一瞬もしかしたら強盗かもなんて考えが浮かぶも、その考えは消去した。だってこんな、引き締まった体格の男の人の住む家にいかにももやしっ子然とした人が忍び込むなんて、そんなのあり得ないもんね、多分。
「おはよう!大丈夫?私も手伝うよ!…えっと、とりあえず自由になってる指先の方を縛ればいいかな?それとも口を塞いだ方がいいかな?」
もうすでに全身縛られていて、縛れるような場所があまりない。
首の方は縛ると危ないし、後はもう指先か口元くらいしか…、と思って提案すると、芋虫と化した謎の男性が打ち上げられた魚のようにビタンビタンと跳ねて抵抗してきた。
「ちょっとちょっとー、縛らないで、話しをしよう!僕はただここに一緒に住まわせて欲しいだけなんだ!大体先に手を出したのはそっちなんだから責任を取るべきなんじゃないかな!」
「えっ!!!!?」
「ちょっと何を言ってるのかよく分からないな、山に捨ててこよう」
「ふぐ!むぐぐむぐー!」
謎の男性の言葉に驚いて言葉を失って思考が停止するも、間髪いれずに男性の口にロープを咥えさせ後頭部で縛るゼンを目にして平静さを取り戻す。
「ちょっと待ってゼン!話しを聞こう!もしかしたら面白い話しが聞けるかも!」
手を出したってなんの事だろう?そして抵抗する相手をロープで縛るなんて。一体何があったんだ!
やっぱり全然平静じゃない。ふんすふんすと鼻息荒く興奮気味に話す私を、ゼンは冷たい眼差しで一瞥した。
「何か聞いた所で時間の無駄だ、こいつはまともな人間じゃない」
「大丈夫!大丈夫だよ!何がどうなってそうなったのか分からないけど、私はどんな話しでも受け入れるから!」
「………………クロがそんなに聞きたいなら」
納得がいかないような顔をしながらも、ゼンは先程結んだばかりの口のロープを解いた。
「っぷは、あー…体が痛い、縛られてるせいで体が痛いなぁー、これじゃあ話したくても話せないなぁー、ロープを全部解いてくれたら徹頭徹尾しっかり説明出来るんだけどなぁー」
「ゼン、解いてあげよう!」
口を解放された事で味をしめた男が、クロエをチラチラ見ながら解放して欲しいアピールをする。好奇心全開のクロエはゼンを見上げて解放してあげてアピールをする。上目遣いで見上げるクロエに、ゼンは嫌々ながらも男を解放することにした。
「…はぁ、仕方ないな」
ゼンがため息を吐いてロープを解くと、男はゆらりと立ち上がり、わざとらしく咳をした。
「こほんこほん、あーなんだか喉も痛いなー、お腹も空いちゃってるし、力がでないよー、暖かいスープと柔らかいパンでもあれば落ち着いてお話しが出来るんだけどなぁー」
「なるほど待ってて!私もお腹空いてるし皆で食べながら話そう!すぐ用意するから!ゼンが」
「おい、何で俺がこいつの分まで作らないといけないんだ」
一度要求が通った事で男が更に調子に乗って、今度は食事を要求すると、クロエはそれに全力で乗っかった。
人と話しながらご飯を食べるのは大好きだ!どうせなら人数は多い方がいい。今日も楽しい朝食になりそうだなぁ。
ふんふふふーんとご機嫌に勝手に戸棚を漁って人数分の飲み物を用意していると、諦めたゼンが渋々と朝食の用意をし始めた。
見知らぬ男はちゃっかりとリビングの椅子に座り、スクエア型のテーブルに両肘をついて長めの前髪を手持ち無沙汰に弄りながら二人を待つ。
まずお茶の支度を終えたクロエがお茶を男の前に1つとその向かい合わせに1つ置いて、斜めの席に残りの1つを置いて、予備の椅子を持ってきてからそこに座った。
当事者同士が向かい合って座れた方がいいもんね!
「これなんのお茶?綺麗な色だねぇ」
お茶を飲みながらニコニコと笑顔で尋ねられ、クロエもへへへ、と笑顔を返す。
「これはね、蝶豆っていう薬草を乾燥させて煮出したお茶で、綺麗な青色だけどレモンを入れたら紫色に変わるんだよ!」
「へーすごい!でも僕酸っぱいのは苦手なんだよね、もし何か入れるなら砂糖とかの方が良いなぁ」
「甘いのが好きなんだ?じゃあ今度めちゃくちゃ甘いお茶を入れてあげる!砂糖の1000倍甘いんだよ!」
「えー、それはちょっと甘すぎない?流石にそこまでだと遠慮したいかな…」
ガシャン!とテーブルの上に食事が乗ったトレーが置かれる。随分早い。さてはすでに仕込み終わっていたな。それでも急いで用意してきたのだろう髪が少し乱れたゼンが、クロエをジトリと睨んだ。
「こら、不審者相手に何仲良く談笑してんだ、少しは警戒しろ」
「ごめんねお母さん」
「お母さんって言うな」
いつものやり取りをしていると、なるほどねー、と呟きながらトレーに手を伸ばし、せっせとカトラリーとパンとスープのお皿をそれぞれの卓にセットしていく謎の男性。
何がなるほどなのかは分からない。
「よし、食べよう!いただきまーす!」
全員が席に着き、男の合掌を合図に楽しい朝食タイムが始まった。
うーん、野菜が沢山入ってるチキンスープ、美味しい。昨日の今日で早速作ってくれるなんて優しいなぁ。
白パンも千切って食べる。ふわふわで美味しい、いつも通ってるお気に入りのベーカリーの味だ。
「じゃあとりあえず自己紹介から、僕の名前はレイン。錬金術師だよ。きみ達の名前は、ゼンにクロエ、万能ヒーラーに怪力少女。だよね?」
パンを千切ってもぐもぐと食べて、ちゃんと飲み込んでから喋る。彼は意外とお行儀が良いみたいだ。
そして伝えられた内容に、クロエがうぐっと息を詰まらせた。
「も、もしかして、昨日の冒険者ギルドでの事誰かに聞いたとか…?」
「冒険者ギルド??それは知らないけど、なんかあったの?」
きょとんと目を瞬くレインに、ゼンの警戒レベルが上がって視線が鋭くなる。ピリつく空気にレインは慌てて顔の前で両手を上げる。
「あー、誤解しないで!伝え方が悪かったね、僕は鑑定スキル持ちなんだ、錬金術師だからね」
え!鑑定スキル!異世界系アニメでよくあるスキルじゃん!この世界にもあるんだね!
「すごい!それってどういう風に見えるの?やっぱりこう…名前と職業とレベルとか、あとはステータスが数値で分かったり、覚えてるスキルが見えたりとかするの?」
「え…なにそれこわい、鑑定スキルでは見え方は人それぞれだけど、僕の場合は名前と特徴くらいだよ。鑑定は目で見えてるようで、実際は脳に働きかけて視界に文字として認識させて映してるから、そんな情報量だと脳が焼ききれちゃうんじゃないかなー」
「へー、そうなんだ…」
ふんふん、なるほどなるほど。じゃあもしこの世界で、ステータスオープン!とかやっちゃうと脳が爆散しちゃったりするのかな、こわい。出来るのかは分かんないけど、出来てもやらないようにしよう。
スキルでは駄目って事は、魔道具とかならいけるのかな。
勝手に色々と覗かれなくてすむのはちょっと安心できる。力の数値めっちゃ高いのに知力めっちゃ低い!とか、知らない人に心の中で思われたりするのはやっぱりちょっと恥ずかしいし。
「そうそう、それから僕が縛られてた理由なんだけど、色々あってこの家の前で倒れちゃってさ、気付いたらこの家のベッドにいたんだよね、これはもう責任取ってヒモにして貰うべきでしょ?」
「う、うーん、なんていうか、それは…」
言い方はアレだけど、それが事実でもし倒れてる間に何かしらが起きたのならゼンが悪い。でもそんな事しないと思うんだよね……しないよね?
チラリとゼンを見ると、ゼンは青筋を立てて怒りでプルプルと震えていた。おお、こんなに怒るなんて珍しいな。
「誤解されるような言い方をするな!お前が家の前で倒れてたから手当てしただけだ!事故物件になるのが嫌でヒールかけたのに起きないから客間まで運んだって何回も言ったのになんで分からないんだ!クズ!」
眼だけで射殺しそうな勢いだ。ゼンはめちゃくちゃ怒っているのにレインはへらへら笑って受け流している。メンタル強いな。
「いやー、だってさ、僕意識失ってたし、その間に起きた事なんて分かんないよ、きみが嘘付いてるかもしれないし」
「そうか、話しが通じないな、仕方ない、やっぱり縛って捨てよう」
ゼンから表情が消えた。完全な無だ。
ああ、これでさっきのグルグル簀巻き事件が起きちゃったのか。
ガタン、と席を立ってロープを取って来ようとしているゼンを慌てて引き留める。最初に戻っちゃったらお話しした意味がないよ!それになんだかちょっと違和感があって、聞いてみたい事がある。ゼンの服の端をぎゅっと握ると、とりあえず止まってくれた。良かった。
「あの、レイン、なんでそんなにゼンと一緒に暮らしたいの?寝てる間にゼンが何かしたからって理由なら、一緒に暮らすのはちょっと考え直した方が良いんじゃないかな、…ゼンはそんな事してないとは思うけど」
ごくんとスープを飲み干して、レインは考え込むように視線を落とす。そして数秒の沈黙の後、申し訳なさそうに眉尻を下げてへらっと笑った。
「ごめん、本当は分かってるんだ、善意で助けてくれたって、でも…僕一人暮らしが怖いんだよね」
「は」
地の底を這うような低い声に、チラリとゼンを横目で見ると、怒りで目が据わっていた。でも正直これは怒っても仕方ないと思う。なんなんだろう一人暮らしが怖いって。
「えーーーっと、怖いって…なんで?」
大の男が当たり屋するくらい一人暮らしが怖い理由が分からなくて、とりあえず聞いてみる。これでしょうもない理由だったらもう私はゼンを止められる自信がない、仲良く一緒に縛って送り出すのもやむなしかも。
「5軒目なんだ…自宅が燃えるの…」
レインは果てしなく遠い目をして語りだした。
「貰い火とか放火とか雷とか………、家を買ったのが間違いだったのかなって学習して宿に泊まったら隣室の人と間違われてトラブルに巻き込まれるし…、きみ達に分かる?起きる度に燃えてたり武装集団に囲まれてたり、もう本当トラウマだよ!」
「え」
なにそれちょっと呪われてるんじゃないかな、それが本当なら不憫以外の何者でもない。当たり屋してしまうのもちょっと分かる気もするけど、ゼンが今後それらに巻き込まれるかもと思うとちょっと悩んでしまう。
可哀想だとは思うけど。
「僕って本当運が悪いんだよね…、それが年々悪化してて、錬金術師ギルドでは雇用主に悪巧みに利用されて殺されかけて、冒険者ギルドでパーティーを組めば任務失敗の腹いせに殺されかけて。それでこの家の前で倒れて気付いたらベッドの中だったんだよ、こんなぐっすり眠れたの本当に久しぶりで…、しかもヒーラーなら何かあっても癒して貰えるから安心できる、執着しちゃうのも仕方なくない?!」
うわぁー…なんというか、本当に本当に不憫な人だなぁ…。
ゼンから怒りの気配が消えたので服を掴んでいた手をスルッと離す。話しを聞いて思わずレインを憐憫の眼差しで見てしまう。
幼なじみだから分かる、きっとゼンも似たような表情をしてるんだろうな…。
はぁ、とゼンがため息を吐く。
この流れはよく知っている。全てを諦めたり許したり、そういう時のため息だ。
「…客間は空いてるから使って良い、ただし家賃は払えよ、ヒモは絶対に許さないからな」
家が燃えるかもしれないのに、やっぱりゼンは優しいなぁ…。何かあった時には全員まとめて私の家に受け入れてあげるからね!
これでとりあえず簀巻き事件は収束かな?と思っていると、レインが何故か居心地悪そうにもじもじとしだした。なんだろう、まだ何かあるのかな?
「ごめん…、最近貴族の怒りを買ったから錬金術師ギルドには顔を出しづらくて、冒険者ギルドはパーティー追放されちゃって、僕今無職なんだよねぇ…」
申し訳なさそうにへらっと笑うレインを前に、私は良い事を思い付いてポンッと手を打った。
「じゃあ私達のパーティーに入ったらいいよ!前にパーティー組んでたって事は戦えるんだよねっ?丁度バラエティに欠けてて困ってたんだ!ねっ、ゼン、良いでしょ?」
「そうだな、ヒモになるくらいならその方がマシだ」
「………いいの?やっと安定した暮らしが出来そうで、嬉しいな」
えへへ、と本当に嬉しそうに笑っているところ申し訳ないけど、勇者パーティーで安定した暮らしが出来るのかと言うと、波乱万丈な未来が待ち受けている予感しかしない。
でも現状よりは安定するのかな…?何しろ現状が酷すぎる。
「じゃ、とりあえずパーティーの加入申請しないとね!昨日の報酬も受け取りに行かないといけないし、今から行こっか」
そして歩いていくこと五分。
田舎町では異彩を放つ目的地に着いた。
大きく開いた冒険者ギルドの玄関口から中に入って、カウンターへ進む。
田舎は噂が広がるのが早い。チラチラと他の冒険者さんの視線を感じて、クロエは居たたまれない気持ちになった。昨日の事は早く忘れて欲しい…!メスゴリラでごめんなさい…!
「おはようございます、報酬の受け取りですか?」
受付けカウンターの眼鏡のお姉さんの変わらない様子に癒される…。
「はい!あとパーティーの人数の追加申請をしたいです!」
「かしこまりました。では申請する方は書類を記入してお待ちください。その間に先日の報酬についての手続きをしますので、お二人のギルドカードの提出をお願いします」
お姉さんが差し出した書類をレインが受け取る。
パーティー間でのトラブルについてギルド側は一切の責任を負わない、とかの注意事項に確認済みのチェックをいれたり、加入申請するパーティーの名前を書く欄がある。
加入自体はカードを魔道具に通せば出来るけど、申請したいパーティーと間違っていないか書類上でもチェックするため書く必要がある。
ゼンがポーチからギルドカードを取り出してお姉さんに渡す。
「では報酬についての明細ですが」
説明を聞こうとしていたら、ツンツンとレインに指でつつかれた。
振り向くと、へにょりと眉尻を下げて申し訳なさそうな顔で書類を指差している。
「ごめんゼン、代わりに聞いといて、後で教えて!」
受付けのお姉さんからの説明をゼンに任せてレインの手元を見る。パーティーの名前を書く欄で困ってたみたいだ。
「ここ、なんて書いたら良い?ごめんね、パーティーネームそういえば聞いてなかったなぁーって」
「煌星☆聖十字だよ!」
「………へぇー、個性的でいいね」
やったー褒められた!
ふふふーん、とご機嫌に、横でレインが書いてるパーティーネームに視線をやる。やっぱり格好いい名前だよね!
すべての項目を書き終えて最後にレインがサインを書く。そのサインを見て、なんだか記憶が呼び起こされるような違和感を覚えた。レイン、レイン…?
書き終えた書類を提出すると、受付けのお姉さんに手続きの為にギルドカードを渡すように言われたレインがギルドカードを取り出す。
そこに刻印された文字を見て、私はやっと思い出した。
レイン S
錬金術師、レイン!
カードを見て固まった私に勘違いしたレインがへらへらと笑う。
「びっくりした?でも錬金術師はランク評価が錬金術師ギルド基準だから、別に強いわけじゃないから期待しないでね?」
ランクを見て驚いた訳じゃない。
今までバタバタしていてすっかり忘れてしまっていたけど、錬金術師レイン、攻略対象キャラだよ!!!