第2章 23話 【無限廻廊】
「よお。また来たよ」
最近、メスカルは頻繁に『洞窟亭』に来てくれる。ギルドマスターの仕事は大丈夫なのだろうか。当の本人は自分の一番大切な仕事は俺と会うことなんて真顔で言っているのだが。
いつもなら部屋に上がってもらってお茶と煎餅でも出すところだが、珍しく飲みたいということなので、俺は冷蔵庫からプレミアムなビールと枝豆を出した。
「ちょっと待っていてくださいね」
そう言うと俺は枝豆をフライパンで軽く炒め塩を振る。やはりビールのお友にはこいつに限る。
「何だ? これはまた何とも変わった……いや、失礼。異世界のつまみかな? 豆のようだが……」
「とにかく食べてみてくださいよ。こいつがビールに合うんです」
「くぅ~っ! 美味い! 豆の香ばしさと塩加減が絶妙だな。そして異世界のエールがこれまた最高に合うな!」
これは、エールじゃなくてラガーですよと心の中でツッコミを入れつつ、俺も杯を重ねた。
「そういや、さしで飲むのは初めてでしたよね」
「そういやそうだな」
「何だか、初めてメスカルさんたちと会ったのが昨日のことみたいに感じます」
「俺もそうさ。よくよく考えてみれば一介の冒険者だった俺がギルドマスターになり、伝説のシャーマン様とこうして飲むなんて、何だか夢を見ているみたいだ。それもこれも全てサトウさんのおかげだぜ」
「おだてたって、何も出て来ませんよ。……ところで、今月も魔石を仕入れたいんですが」
「そうだと思ってとっておきのモノを持って来たぜ。実はラビアンが二十階層まで到達してな。これがゴールドドラゴンの魔石だよ」
メスカルさんが取り出したのは、アースドラゴンのそれを一回り大きくしたような魔石。スキルで【査定】してみると、ゴールドドラゴンの魔石で間違いないのだが、値段は一億ギル。さすがにこれは買えない。
「値段は一千万ギルだ」
「え? 本当にいいんですか? 俺の【査定】スキルでは一億ギルなんですが……。」
査定額の十分の一にあたる一千万ギルなら、今でもぎりぎり何とか買えそう。しかし、本当に九十パーセント引きなんかしていいのだろうか。
「ギルドでも買い取りはするんだが、それがなかなか売れないんだよ。結局は展示品ばかりが増えるんだ。サトウさんには魔石を定価の半額で譲る約束をしてるだろう」
本来なら五千万の所を一千万。ざっと四千万の値引きだが、温泉をタダでひかせてもらったり、度々相談にのってもらったりしている以上、たまにはサービスしたいとのこと。
「ありがとうございます!」
「いやいや、こちらこそサトウさんあってのダンジョンギルドなんだよ……っていうか、実はラビアンがこれを一千万でウチに売ってくれたんだ。サトウさんに売るという約束でな」
「それはまたなぜ?」
「その代わりに、あいつはサトウさんから異世界の素材が欲しいんだと」
「一体何でしょうか?」
「今度、そばめしを食べに来るからそのとき直接話すってさ」
「いや、俺は……」
そう言いかけて口を閉じた。恐らく、この魔石があればレベルは上限の100まで行くだろう。しかし、たとえ【無限廻廊】が開いたとしても、この先どうなるのか俺には確証がない。
「ラビアンはああ見えて一流の占い師でもあるんだ。来月にはこっちに寄れるから、サトウさんに相談することになるって言ってたぜ」
「…………」
「そうそう。久しぶりに食わせてくれないか。カップ麺だったかな」
「お安い御用です」
「ズズズ……そういや、覚えているかい。俺たちが……ロゼやガイルと共に初めてここに来たときのこと」
「はい。今でもはっきりと。メスカルさんたちは『洞窟亭』の最初のお客様でしたから。そして、まさか二番目のお客さんになるなんて思いませんでしたが……ぷっ」
「おい、おい、その話は忘れてくれよ!」
「とにかく……もし何かあったら侯爵様にはギルドからよろしく言っておくから」
「え? 何か知ってるんですか」
「いや……まあ、ラビアンが言うんだから間違いないと思うが……とにかくご馳走様。こんなうまい酒は初めてだったぜ」
メスカルはそう言うと、ニッと笑顔を浮かべてそそくさと帰って行ったのだった。
◆
メスカルを見送り、店じまいをすると、俺はクリスと沙樹を呼んだ。
「実はメスカルさんからこれを買いとったんだ」
俺はそう言うと二人の前に、ゴールドドラゴンの魔石を置く。
「綺麗な魔石ね~」
「サトウ様、これはもしや……でも、買うにはまだ資金が足りないと思うのですが……」
「訳あって一千万ギルで譲ってもらった。おそらくこれでレベルは上限まで上がるだろう。【無限廻廊】のスキルが発動するかも知れない」
「サトウ様」
「お兄ちゃん」
俺は早速、ゴールドドラゴンの魔石を【宅配ボックス】に入れてみた。しかし、ゴールドドラゴンを仕留めるなど、何て規格外の強さなのだろうか。余程の魔力の持ち主に違いない。
クリスと沙樹の三人で食い入るようにノートパソコンのディスプレイを見つめると……。
レベル100!
ついに目標のレベル上限に到達。【無限廻廊】の文字が現れたのだった。