第2章 16話 王都⑤ 公爵
「何やら王都が騒がしいようですね」
「はっ……そ、それが……」
王宮にある貴賓室。
難しい顔を崩さない公爵の前で、老執事が汗をぬぐっていた。
「最近、自らをシャーマンと名乗る者が、王都で好き放題しているそうですね。しかも、栄光ある我が国の軍団長まで、公衆の面前でにべもなくあしらわれたとか」
「何しろ相手は伝説のシャーマンのようでして……」
「ま、まさか……それは確かな情報ですか?!」
「はい。しかもギルドはシャーマンの助力を得て『碧の洞窟』の十階層に支部を作り、ダンジョンの完全踏破に乗り出すらしいです」
「何ですと!」
ダンジョン、特に『碧の洞窟』からもたらされる富は莫大なものがある。
今まで公爵家は、騎士団の勇猛さと王家の血筋で侯爵家と何とか張り合ってきたものの、ダンジョンの完全踏破が成されれば、もはやどうすることもできないだろう。
「くそ、あの忌々しい商人上がりめが! 侯爵などと分不相応な爵位を得て調子付きおって!」
「いえ、公爵さま。残念ながら、もはや侯爵云々などという事態ではございませぬ」
「一体どういうことです!」
「今しがた届きました暗部からの情報によりますと、例のシャーマンは、白狼族の次期首領とも何らかの密約をすでに結んでいる節が見られます。今回の王都来訪は、白狼族の結婚式に合わせたものでしょう」
「なるほど。ガスパウロの奴も、シャーマンの許しを得ずしては、妹を嫁がせることも出来ぬわけですか」
「恐らくは。そして、それはエルフ族とて同じでございましょう」
「な、何と……」
大陸南部で大きな勢力を誇る獣人族。その盟主に位置する白狼族の姫が、この度エルフ族の王子の元に嫁入りすることが決まった。
白狼族が獣人族の盟主であるように、エルフ族は大陸北部を支配するドワーフやホビットといった亜人の盟主。この二大勢力の婚姻は、とりもなおさず強固な同盟関係の誕生を意味する。
しかも、暗部の分析では、この勢力の後ろ盾になり、陰で糸をひいているのは、シャーマンだと言われている。
その証拠のひとつとしてあげられるのは、白狼族の姫が嫁入り道具として、エルフ族の元にアースドラゴンの魔石を持っていくというもの。
何でも『碧の洞窟』の十階層でガスパウロ自らが仕留めたらしいのだが、そのときもガスパウロ一行は、シャーマンの拠点を何度も訪れている。
しかも、侯爵までがその場に居合わせたという情報まであり、暗部の上層部の間では、今後、大陸はシャーマンを軸として動いていくという見方が支配的である。
「かのシャーマンめは『碧の洞窟』十階層に拠点を構えながらも、ギルドの傘下に入ることを断り、逆に怒りに任せてギルドに厳しい条件を突き付けたとか。シャーマンの逆鱗に触れたギルドから泣きつかれた侯爵は、許しを請うため自らシャーマンの元に出向いたと思われます」
「何ですと! 我が王国貴族ともあろうものが、自ら謝罪するなどあってはならぬのに! 侯爵め、恥を知れ!」
「しかも、侯爵はギルド本部の酒場にて、シャーマンに許しを請いつつ、酒を注いで機嫌を取っていたとか。これは大勢の客が目撃している様でして、現在、暗部が総力を挙げて裏を取っていますが、おそらくは事実かと」
「侯爵の我が国に対する裏切りではないですか! しかし、なぜギルドの酒場など人目のつく所で密談など……」
「それが、どうもシャーマンは自分の手勢を集めて何やら企んでいたようです。ギルド本部のハーネスも慌てて駆けつける姿が目撃されています」
「王都で一番広い店となると『長耳亭』となるのは当然のことですか。品は悪いが自らの配下を多数集めるとなるとあそこしかないでしょう。それで集まったシャーマンの配下は何名くらいなのですか」
「それが当日は店内は満席で、入りきれない者は店の外でたむろしていたようです。少なく見積もっても数百人はいたと思われます」
「何ですと! シャーマンはクーデターでも起こす気ですか!」
「いや、それは流石に。ただ……」
「ギルドに加え、獣人族やエルフ族、更には侯爵までもシャーマンの傘下と見て間違いなさそうですね」
「恐らくは。内々では国王も、いざとなれば王位を禅譲する腹づもりのご様子。侯爵さまのことは責められますまい」
「まさか、義兄上がそのようなご決断をっ?!」
「より強きものが統べるのが、大陸の掟。願わくば、あのシャーマンが善なる者であって欲しいことのみでございます」
「くっ……。伝統ある我が王国も、もはやこれまでですか……」
◆
王宮の一室でこんなやり取りが行われていることなどつゆ知らず、俺は約束通り袋ラーメンの調理に取り掛かっていた。
「サトウ様よろしいでしょうか……」
「もちろん。気を付けて行っておいで」
「夕方には帰るね」
「キュイ、キュイ~♪」
クリスと沙樹は、キュイを連れて買い物に行きたいそうなので、俺は執務室のキッチンを借りてひとりで調理を開始する。スキル【麺料理】は本当にありがたい。
今回は、まず、しょう油、塩、みそ、とんこつの四種類をそれぞれ単品で出した後、ブレンドラーメンの注文を改めて聞くことにした。
「くう~っ、美味い! 店主殿、いつぞやダンジョンで食べた味そのものだ」
「美味しいわあ」
「サトウ様のスープパスタ。いや“袋ラーメン”の味は、相変わらず絶品でございます」
「これは、クセになる!」
四人とも俺の袋ラーメンに舌鼓を打ってくれた。そしてこれからが本番。皆にブレンドラーメンを味わってもらう。
「やはり、何といっても、しょう油×塩だな」
「私は、みそベースがいいわあ」
思いの外あっさりスープを希望するガスパウロに比べ、こってり系のみそ×とんこつを注文したのはレイナ。
ラゴスは単品の袋ラーメンを四杯、ハーネスは三杯完食したところで満腹だという。
「なんだ、お前たち体調が悪いのか? 店主殿、塩×みそと塩×とんこつもなかなかイケるぞ!」
「流石はガスパウロ様。七杯を瞬く間に完食とは」
ハーネスが腹をさすりながら感嘆しているが、七杯とは言っても、ブレンドラーメンは、それぞれ二玉使っているから、十玉分である。
しかも、次は、しょう油×みそとしょう油×とんこつが欲しいという始末。これで十四玉分。袋ラーメンをリュックに一杯持ってきて良かった。
そしていくら白狼族の戦士の血をひくとはいえ、女性ながら六玉分をペロリと完食したレイナも凄いと思う。
「ふう~。店主殿、満足したぞ」
「若、あまりご無理なさいませぬよう」
「美味しかったわあ」
「何か、見てるだけで満腹に……もちろん美味しかったですけど」
「皆さん喜んでいただけで、私も嬉しいです」
食後、口直しのお茶を飲みながら寛いでいると、レイナが改めて口を開いた。
「サトウさん、私に袋ラーメンを卸してくれないかしら。王都に専門店を出したいと思うの。もちろん値段は相談に乗るわ」
「それはいい。儂も王都に来る度に寄らせてもらおう」
「出来れば、ギルド本部の近くの空き店舗でお願いしたいのですが」
「分かりました。善処しましょう。それには条件があるのですが」
こうして、俺はレベルUPのための魔石の買取交渉を有利に進めることができたのだった。