第2章 14話 王都③ 異世界ブルマ
「サトウさま、あちらにお気に入りの服屋さんがあるので、寄ってもいいでしょうか?」
「もちろん、いいよ」
市場の店主たちからの依頼が一段落付いたところで、クリスが遠慮がちに腕を組んできた。おかげでさっきから、俺の肘に柔らかいモノがあたっているのだが、とにかく、クリスの体調が良くなったようで一安心である。
クリスは、体操服の色違いが欲しいという。この世界では、服は基本オーダーメイド。ちょっとしたものでもかなり高価である。
そして体操服に加えて、クリスにはどうしても欲しいモノがあるらしい。
「私は、サトウさまの国で全ての女子が着用していたという、短いズボンも欲しいのです」
「え?! それって、もしや……」
「沙樹様から“ブルマ”って教えてもらいました。とっても可愛くて、一度でいいから履いてみたくなったんです」
これは、きっと沙樹の影響だろう。
陸上部だった沙樹は、当時のユニフォームをクリスに見せつつ、かつて日本の中学や高校では、女子は全員これと同じようなモノを穿いていたなんて教えていたっけ。
◆
「沙樹様、お部屋のお片付けがございましたら、お手伝いします」
「ありがとうクリスちゃん。助かるよ!」
何事も要領よくこなす沙樹は、周囲からは何でも出来る完璧超人のように思われているが、家事、特に片付けが苦手。部屋はいつも服や小物が散乱しているのだ。
本人曰く、片づけようと思っても、どうも上手く出来ないらしい。
「沙樹様、この薄い衣装は下着なのでしょうか?」
「わあ、懐かし~。これは私が昔着ていたユニフォームだよ」
「ユニフォームですか?」
小首を傾げるクリスに、沙樹は慌てて両掌を広げて言葉を継いだ。
「ごめんごめん。私は去年までこの服を着て走ったり飛んだりする競争をしてたんだよ」
「ええ~っ、本当ですか?」
クリスはそう言うと、沙樹のユニフォームのアンダーを広げた。
「そうだよ。私たちの国では、その昔みんな学校でこんな感じのモノ……。ブルマっていうんだけど。女の子は全員履いてたんだって」
「わあ。いいなあ~。素敵です♪」
あの後、クリスは目が輝かせてやたら俺や沙樹に、ブルマと異世界文化について質問してきたことがあったような……。
◆
「サトウ様。こんな可愛いのを履けるなんてドキドキしちゃいます!」
笑顔のクリスに対し何気ない風を装って「……そ、そうか。それは良かった」などと応えるものの、こちらの方がドキドキしているのは内緒だ。
「しかしお客さん。これはウチじゃなくて、他の店でつくらせた方がいいんじゃありませんか?」
目を輝かせるクリスに対し、最初は店主も「これは大きめの下着なのでは?」と、首をひねっていたのだが、俺とクリスが噛んで含めるように説明したおかげで、何とか「運動に適した短いズボン」であると納得してもらえた。
ただし、初めて作る品だということで、納品にはあと二~三日かかるという。
「楽しみです~♪」
クリスは出来次第、履いて街を歩きたいなんて言う。
確かに半裸の種族や、ビキニアーマーの女性剣士もいるので、ブルマ姿で街を出歩いた所でそれほど違和感はないのだが……。
(うっ……何だかくらくらしてきた)
俺はクリスのブルマ姿を想像して、頼むから室内だけにしてもらうよう、お願いしたのだった。
――――――
「団長! アイツです!」
「ほう。奴が最近王都で噂のシャーマンか」
「はっ! 間違いありません!」
せっかく二人で異世界を満喫していた俺たちの背後に、白銀の鎧をつけた一団が現れた。
振り返ってよく見ると何となく昨日見知った顔もある。
いつの間にか、俺とクリスは悪名高き、第一騎士団正規部隊に包囲されてしまっていたのだった。
「ちょっと、詰所までご同行願います」
「何かご用でしょうか? 今買い物中ですので」
「ご同行を!」
いくら任意とはいえ、こういった場合、この世界でもお巡りさんからの申し出を断るのは難しいようだ。
「分かりました」
「では、こちらへ」
「こんにちは。サトウといいます。よろしくお願いします」
「…………」
◆
「聞いたよ。昨夜の『銀馬車亭』の大立ち回りと大宴会に続いて、今度は真昼間に市場の真ん中で、騎士団長をとっちめてやったんだってな!」
「いや、取りあえず挨拶しただけなのですが……」
「とにかく、愉快。俺は久しぶりに気分が晴れたぜ!」
ギルド本部の二階にある執務室。
ハーネスはひとしきり笑うと、愛用の椅子から立ち上がった。
「実は侯爵様が近くギルド本部に来られるんだ。サトウさんにも会いたいそうだから、ひとつよろしくな」
「侯爵様って、かなり偉い人なんじゃないんですか?」
「まあ確かに偉いんだが……元は大陸一の大商人。気さくないい人だよ。そういや、白狼族のガスパウロ様も一緒だそうだ。何でもサトウさんの“袋ラーメン“を久々に食べたいそうなんだが……さすがに無理だな」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「何! 本当なのか?!」
「ええ。任せてください!」
初めての王都ということもあり、何があるかわかったもんじゃない。
もしものとき、そしてこんなこともあろうかと、俺は袋ラーメンを持ってきていたのだっだ。