第1章 4話 出会い
結論から言えば、二日目を迎えても、状況は変わってなかった。
玄関を開けたら目の前に広がるのは相変わらずの闇。
スマホの明かりで照らせば、石造りの壁が浮かび上がる。
(はぁぁぁ……やっぱりか)
軽いショックを受けつつ、リビングに戻った俺が、ノートパソコンの画面を確認すると、所持金が13,000ギルになっていた。
昨日は風呂を使わず、電気も最低限しか使わなかったので、公共料金に加え日割りの家賃がそれまであった16,000ギルから、3,000円=3,000ギル分引かれたようだ。
昨日は所持金が増えたなんて喜んでいたが、これではいくら節約しようが、すぐに所持金は尽きる。
これ、最初から詰んでないか……。
◆
俺が現実に強制参加させられているこのゲーム? の肝はレベル上げのような気がする。
レベルを最大値である100まで上げれば【無限廻廊】なるスキルが解放され、任意の世界とつながるらしい。
これがゲームならば、すぐにでもダンジョンで魔物を狩りまくってレベルを上げたい所だが、俺にはまともな装備もなければ、勇者になりうる力もない。
大体、アニメやラノベなら、神様からチートな魔法とかもらうのだろうが、俺にはそんなモノ貰ってないし。
もっとも、もし強力な能力を授けられたとしても、とてもじゃないけど、魔物だのモンスターだのと戦うのは、それこそ命の危険など、よほどのことがなければ無理だ。
これは、俺が特別気弱というより、現代に生きる日本人ならほとんどの人が同じだと思う。
なのにどうして異世界に行ったラノベやアニメの登場人物たちは、涼しい顔で魔物やモンスターを討伐できるんだ?
どう考えてもそっちの方がおかしいと思うのは俺だけだろうか。
心の中でそんな言い訳をしつつ、俺は装備として使えそうなものを探すことにしたのだった。
たまに自炊をするおかげで、キッチンには包丁や果物ナイフは一通り揃っているものの、料理以外で刃物を使うのは怖い。武器はフライパンがせいぜいである。
そして、タンスの奥から厚手のジーンズと革のハーフコートを引っ張り出してきた。何年も前のものだが、物持ちが良いというか、断捨離が苦手なことが幸いしたのかも。
とにかく、危ないときはセーフティースペースに逃げ帰ろう。
もし昨日見たような異世界人やモンスターに出会ったとしても、素早く部屋に戻ってドアを閉めればいい。
(大丈夫だ)
俺は自分に言い聞かせて、再びダンジョンへのドアを開けたのだった。
◆
ドアを少し開けると、隙間から柔らかな青い光が差し込んできた。
通路全体が青白く光っている。
このダンジョンが『碧の洞窟』と言われている所以だろうか。
これなら明かり無しでも問題なさそうだ。
俺はドアを半開きにしながら、きょろきょろとダンジョンの通路を見回し、そろりと外に出てみた。
ドアの外側―――つまり、ダンジョンの通路側のドアの扉には、ダンジョン内と同じ石壁でできており、ドアを完全に閉めると壁と見分けがつかない。
もし自分がこのドアを見失うことがあれば即遭難である。今日の所は、ドアの外回り付近の探索にとどめておいた方が無難だろう。
フライパンでどうにかなりそうな魔物が出て来たらいいのだが、無理そうなときは即撤退しよう。
脳内でシミュレーションを何度も行う。
フライパンを握る両掌に汗が滲む。
せめて小さなスライムでも居て欲しいんだが……。
そして、昨日見たような異世界人とも出会いませんように。
――――――
三十分以上は経っただろうか。
何物にも遭遇しないまま時だけが過ぎた。
仕方なく一旦引き返そうと思ったとき―――。
「あの!」
背後からいきなり声をかけられた。
振り返ると、そこには髭面でいかついドワーフがいたのだった。
「おわっ!」
俺はびっくりして、セーフティースペースに逃げ帰ろうとしたのだが、腕を後ろからつかまれた。
おっさんの掌は、見かけによらず柔らかいような気がしたが、ドワーフとは意外とこんな掌を持つ種族かも知れない。
「助けてください!」
「え!」
「お願いします!」
「……痛っ!」
襲われるかと思い、一瞬死を覚悟した俺だったが、意外な言葉にびっくりして尻餅をついてしまった。
「どうか、助けてください!」
よく見ると、どうも昨日後ろ姿を見たドワーフのおっさんに似ている。いかつい見た目にもかかわらず、すがるような態度である。
「と、とにかく、どうぞ……」
俺はこのダンジョンではじめ遭遇する異世界人との遭遇に腰が引けつつも、中に案内することにしたのだった。