第2章 11話 いざ、王都へ!
「よう、クリスちゃん! サトウさんは奥かい?」
「はい! どうぞおあがりくださいまし~」
この日、閉店しようとしていたところにメスカルが訪れた。
ギルドの幹部として前代未聞のダンジョン内の支店立ち上げに忙しいと思うのだが、建物が出来て運営が始まるまではそれほどでもないらしい。
「まあ、俺も今のところは本部で研修を受ける以外は、建設現場の監督をするくらいしか用は無いんだよ。気楽なもんさ」
しかしメスカルは、言葉とは裏腹に、何だか神妙な顔をしている。
食事は済ませてあるという事なので、俺はキュイに洗い物を任せてお茶を出したのだが、相変らずメスカルは表情を崩さない。
これ、絶対頼み事だよな。
「サトウさん、いつもこっちの無理筋の頼みを聞いてくれて済まないな」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
実はメスカルには、冒険者や職人たちに対して『洞窟亭』へは出来るだけ四人組で行くよう呼びかけてもらっているのだ。料理の提供がスムーズにできているのは、そのおかげでもある。
「サトウさんから聞いていた日帰りの入浴と宿泊の件なんだが、近く正式に許可が下りそうだ。で、許可が下り次第、ここのゲストルームを半年ほどギルドで借り上げたいんだが」
そう言うとメスカルは、湯呑みを両手で持ち、ずずっとお茶をすすった。
「ウチとしては構いませんよ。ちなみに宿泊されるお客様は、ギルドの関係者限定ということになりますか」
「もちろんだ。何せ金の出どころは、ギルド(ウチ)なんだからな。職員や職人たちを毎日野宿させてるのが気の毒なんだよ。ダンジョンの十階層じゃあ通いで仕事をするのも難しい。ひとりで出口まで行き来できる者ばかりじゃないしな。今はギルドの建物より、宿泊施設の建設を優先させているんだ」
「それでサトウさん所のゲストルームなんだが、あの広さじゃもっと泊まれるだろう。ウチが借りている間、ベッドを余分に入れさせてもらってもいいだろうか」
「それは構いませんが、何分人手が足りませんので、素泊まり温泉付きで最大八名様まで。一日10,000ギルでお貸ししましょう」
「お、おい。いいのかそんなに安くて。ウチが借りるとなったら毎日満員になるぞ」
「お客様の寝床を用意していただくのであれば構いませんよ。ただし、ベッドメイキングや部屋の掃除は、お客様の方でしていただきたいのですが」
「なるほど。常識的には安すぎると思うが、モノは考えようかもな。それから、知っての通り、ギルドの支部は宿泊施設も兼ねた大規模なものになる。ただ、水も燃料も外から持ってこないといけないんだ。そこで相談なんだが……」
メスカルが言うには美人の湯を『ベース』までパイプを這わせて生活用水として使いたいのだという。
「もし工事となると業者を入れることになる。当然、何日かこの店を閉めてもらうことになるけど。も、もちろん店を閉めている分の売り上げはギルドが払う。増しで払おう。それでどうだろうか」
「割増しなんて逆にありがたいです」
「そうか。よかった!」
メスカルはそう言うと、初めてほっとしたように表情を緩めた。
「それから生活用水の使用量なんだが……」
「工事やメンテナンスはギルドで責任を持ってくれれば、お湯は無料でいいですよ」
「え……? そりゃ、本当ですか?!」
俺が挨拶のスキルを使ったわけでもないのに、“無料”という言葉を聞くや、メスカルは、正座して敬語になった。心なしか声も上ずっている。
「その代わりといっては何ですが、『碧の洞窟』で採取された魔石や素材をギルドから継続的に購入したいのですが」
「ギルドがお湯をタダでひかせてもらう以上、ギルマスも認めるでしょう。しかし……。前々から思っていが、サトウさんって、本当に欲が無いんですね。さすがは伝説のシャーマン様」
いや、俺はしがないサラリーマン。
それから、メスカルもいい加減慣れない敬語は勘弁して欲しいのですが……。
――――――
「サトウ様、お店締めてきました~」
「ああ疲れた。お兄ちゃん、私たち先にお風呂入って来るね」
「キュイキュイ~♪」
「三人ともちょうどよかった。実はな……」
俺は、メスカルを前に、クリスと沙樹にも事情を話した。
「えっ?! そういや、このお店って今まで年中無休で営業してたの?!」
「あっ、そう言われれば……!」
俺としたことが、クリスにとんでもないブラック労働をさせてしまったようだ。
しかも、よくよく考えれば、給料も払ってなかった。
袋ラーメンを高値で売っているとはいえ、どおりで金が溜まるはずだ!
「お兄ちゃん! これはもう、労働基準法違反だよ! これまでの分も含めて職員にも休暇を取らせるべきだわ」
「確かに……。二人には有給休暇に加えて、給料も支払うよ」
「よし、決まりね! 四人で職員旅行に行きましょう!」
「おい!」
「私は、王都へ行ってみたいの!」
「それ、単なるお前の願望だろうが!」
「わあ。それなら私が案内しますね」
「ちなみに四人って、キュイも連れていくのかな?」
「キュイ、キュイ~♪」
「お兄ちゃん! いくらキュイがスライムだからって、給料払わずに無休で働かせてんだから当然じゃない。それに私も寂しいし……出発は一週間後でいいよね」
「え?」
「工事はサトウさんたちさえ良ければ、いつでも始められるぜ」
「「やったあ~♪」」
「キュイ、キュイ~♪」
「行き帰りの護衛はギルドが請け負った。ガイルたちに魔物を排除してもらうから、安心してくれ。王都のギルド本部には、ちょうどロゼがいるはずだ」
「何だか色々すいません」
「なあに、こちらこそサトウさんには世話になってるんだ。出来る限りのことをしなきゃ罰が当たるさ」
こうして『洞窟亭』初の臨時休業と王都への職員旅行が決められたのだった。