第1章 17話 カップラーメン(メスカル視点)
『シャーマンの店』か……。
何人かの冒険者から「怪しい店があるようだが、どうせ罠だろう」なんて話を聞いていたが、今の俺たちはこの十階層で水と食料を切らしている。
危険だろうが背に腹は変えられない。
もし罠だとしても、俺たち三人の連携で、そこそこやれる自信はあるのだし。
しぶる仲間を説得し、俺たちは『洞窟亭』という、いかにも怪しい店に行くことにしたのだった。
◆
「はい、お待ちどうさまです」
「「「…………」」」
目の前に置かれた『カップラーメン』なる謎の料理。
思っていたものとは、あまりにもかけ離れた姿に俺たちは思わず言葉を失った。
白地に赤の模様に入った不思議な容器。
素材は柔らかく、コルクと紙を混ぜたモノのように見えるが、水を吸っている様子は無い。
そして、初めて触る柔らかな手触り。
中のスープの温かさは伝わるが、やけどしない程度に抑えられているように感じる。
そして、この容器全体には見たこともない模様と文字がびっしりと書かれている。
驚くべきことに、これらは手描きされたものではない。
最近王都で発明されたとかという活版印刷だろうか。
いやいや、こんなに精巧なものは、王都はおろか大陸中探してもあり得ない。あるとすれば、異世界のモノくらいだろう。
自慢じゃないが、俺は常時発動型の危険察知(中)のスキルを持っている。
おかげで、他の冒険者が警戒して入らなかった『洞窟亭』が安全だということがわかったし、サトウさんと握手して、彼が嘘をついていないことも分かった。
もちろんこの「カップラーメン」にも危険はないが、いかんせん正体は謎だ。
かなり異質。この大陸、いやこの世界ではあり得ないモノだと断言できる。
「これは本当に異世界の食い物で間違いないよな」
「はい! 何しろサトウ様は、本物のシャーマン様ですから」
給仕の女は、何故かドヤ顔。
「ちょっと失礼」
念のため、本当のことを言っているのかどうか、握手して試そうとしたのだが、すぐに手を振り払われてしまった。
「な、なにをされるのですか! 私には大事な人がいます!」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
どうやらこの女も危険察知のスキルを持っている様だが、大した効果のものではないようだ。
俺にはさっき少し手が触れただけでこの女が嘘をついていないことがわかったが、向こうは、むっと頬を膨らませてこっちを睨んでくる。
おそらく握手しても相手の好意や快不快を微かに感じ取れるのがせいぜいといった程度の能力だろう。
「いきなりこんなことして、もしサトウ様が見られたらどうなさるおつもりなのですか!」
「え、あ……。あ、そうか、そういうことか!
済まなかった!俺はアンタのこと、てっきり単なる店員とばかり。まさか奥さんだったのか!」
「お、奥さんだなんて……」
「すまん、この通りだ」
「は、はうう……」
――――――
「どうぞ、お水のお替りお注ぎします」
「あ、ど、どうも……」
この後、何故か女の態度が急に優しくなったのはさておき、気を取り直して『カップラーメン』の蓋を捲ると、香ばしいにおいが一気にあふれ出た。
容器の中は、茶色がかったスープ。そして麺がぎっちり詰まっている。
その上には黄色のぷわぷわした塊に、緑色の野菜。
茶色の塊は干し肉を細かくして固めたものだろうか、そして干したエビの様なモノ。
麺はよくぞここまでというくらい細くて平べったい。
早速一口すすると、その柔らかさは溶けるようだ。しかも、それはのびて柔らかいのではなく、この固さになるよう作られたものだろう。
しかも、手作りではなく、しっかりとした規格にのっとって、均一に大量生産されたに違いない。
「おい、みんなこれって……」
慌てて、ロゼやガイルの方を見たが、二人ともすでに夢中になって食べている。
俺も負けじと麺を口にしたのだが……。
(美味いっ!)
その味は、一口すすれば、もうやみつき。
スープの最後の一滴を飲み干すまで、俺も止まらなかった。
(こいつは、いよいよとんでもねえ)
『カップラーメン』なる不思議な食べ物。
よく見れば、サトウさんの服装も異国風のいで立ち。そして店内も、どこかエキゾチックな雰囲気が漂っている。
今、俺たちが食べたのは、異世界の食べ物で間違いない。
マスターのサトウさんは、本当にシャーマンなのだろう。
「サトウさん、アンタは本当にここで商売を続けてくれるのか」
「はい。そのつもりですが」
『碧の洞窟』の十階層それも『ベース』にほど近い所で、こんな店が出来るということは、ダンジョン攻略の最前線基地といっていい。
『碧の洞窟』の攻略がなかなかすすまないのは、補給の関係である。
ダンジョンの中は気温や湿度も安定しており、特に水分を多く取る必要もないが、それでも一日当たり、ひとり水袋半分程度は必要。
パーティーに水や氷の魔法が使える者がいるなら別だが、そのような冒険者は大陸でも数える程度しかいない。
「さ、サトウさん」
「はい?」
「あんた、本当にシャーマンなんだよな」
「え? 自分はしがないサラリーマンですが」
「やはりそうか」
「は?」
『碧の洞窟』十階層でこの店を見出し、しかも「伝説のシャーマン」と友誼を結ぶことは、ドラゴンを何頭倒すことよりも価値がある。
「サトウさん、これからもよろしくな!」
「こちらこそ!」
(これは、俺たちにもチャンスが巡って来たようだぜ)
メスカルは誰にもばれないよう、テーブルの下でそっと拳を握りしめたのだった。