第1章 13話 碧《あお》の洞窟 クリス視点
(まさか、こんな日が来るなんて)
両手の拳を握りしめて気合を入れる。
これも、パーティーの仲間が私をクビにしてくれたおかげかも知れない。
みんなありがとう。
高鳴る胸の音が、どうかサトウ様にばれませんように。
サトウ様をお守りしながらダンジョンを案内するという大義名分の元、私は勇気を振り絞って、恐る恐るサトウ様に手を伸ばした。
――――――やった!
ごく自然にサトウ様の手を取ることに成功した。
やはり思ってた通り、柔らかくて温かい掌。剣を振るうより、シャーマンとして魔法などの研究に明け暮れてこられた証だろう。
「では、行きますね」
「ああ、頼む」
サトウ様は、相変わらずちゃんとこっちを見てくださらないが、今はそんなことどうだっていい。
いつかちゃんと振り向いてもらえるよう今を頑張るだけ。
こうして私は半ば夢見心地で、セーフティースペースのドアを開けたのだった。
◆
「サトウ様、大丈夫ですか」
「大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう」
サトウ様は、ずいぶん緊張なさっているご様子。
いくら偉大な力をお持ちのシャーマン様とはいえ、未知の場所なのだから無理もない。
ここは私がしっかりしなくては。
このダンジョンの十階層は、助けを求めて歩き回ったせいで、よくわかっている。
魔物は出たとしてもスライムくらい。それより警戒が必要なのは冒険者の方だ。
これまでは、付与魔法が付いた鎧のおかげで、見た目だけは強そうだったからちょっかいをかけてくる者なんていなかったが、今の自分たちはタチの悪い冒険者にとって絶好のカモだろう。
ダンジョン内は騎士団の目も届かない。仮令犯罪行為に手を染めても証拠不十分で罪に問われないことがよくあるのだ。
自分の身は自分で守るしかない。特にサトウ様の身は命を懸けてお守りしようと思う。
私は他の冒険者と出くわさないように細心の注意を払いながら、ダンジョンをすすんでいった。【危険感知】のスキルもあるし、『ベース』周辺なら無事に案内できそうな気がする。
しかし、このとき、私の頭の中はそれどころじゃなかったのだ。
◆
初めてサトウ様に出会ったとき、心臓が止まりそうだった。
運命の出会いとしか思えない。
それは、サトウ様が、子どものころから絵本で読んで憧れていたシャーマン様にあまりにも似ていたから。
黒目黒髪で黒の装束に身を固められたシャーマン様。
伝説では圧倒的な魔力で異世界から様々なものを召喚し、人々を助け導く英雄。
私もいつか大人になったら、こんなシャーマン様みたいな素敵な人と結ばれたい。
子どものころからずっと思っていた。
そんな人が目の前に……。
“この機会を逃しちゃいけない!”
私の本能がそう告げていた。
そして、サトウ様は、私に清浄な水と異世界の食べ物を与えくださった。
しかも優しくて紳士的。本で読んで想像していたシャーマン様以上に素敵だった。
私が付与魔法でドワーフの戦士のふりをしていたのがばれたにもかかわらず、相変らず親切に接してくださるサトウ様。
どうせばれないだろうと思って、サトウ様をだましたのは自分だ。しかし、そんな私を優しく許してくれたサトウ様。
私のシャーマン様……。
憧れの気持ちが恋心に変わるのは、一瞬だった。
だが、こんな不遜な気持ちが、サトウ様にばれるわけにはいかない。
何しろシャーマン様といえば高潔な精神を宿されているお方。
伝説によれば女性を遠ざけ、独身を貫かれているはず。
当然、下心を持っているような女は、シャーマン様にとって侮蔑の対象にしかならないだろう。
今の所、サトウ様は私をきちんと見てはくださらないが、このまま自然に少しずつ距離を詰めていけばいつか振り向いてくださるかも?!
なんて、ダメダメダメ!
もしばれちゃったらどうするの! 嫌われてしまうに違いない。
でも、自分の頑張りを認めて頂ければ、そこから自然な形で機会があるかも。
って、いやいやいや!
私がそんな妄想ばかりしているから、サトウ様はまともに目を向けてくださらないのかも。
ということは……。
え? やっぱ、ばれてる?
嫌われてたりして! ど、どうしよう~!
サトウ様の家まであと少し。さっきから、私の心臓がどきどきする。
しかもかなり大きな音がしているような気がする。
やばい、手が汗ばんできた。
「サトウ様、こちらです」
あくまでさりげなく手を握り直す。そして私は無事案内を終えることができたのだった。
◆
「クリスのおかげでダンジョンに行けたよ。ホントありがとうな」
「は、はいサトウ様……」
「ところで、クリス。そろそろいいかな」
「あっ!」
そこではじめて、サトウ様は私の手を離されたのだった。
やばい!
どうやら私が厚かましく、サトウ様の手を握り続けていたことが、ばれてしまったようだ。
「は、はうう……」
私は、真っ赤な顔がばれないように両手で顔を隠して、サトウ様に背を向けたのだった。