第1章 12話 碧《あお》の洞窟
「サトウ様、大丈夫ですか」
俺を気遣い手を握ってくれるクリス。
正直、女の子に手を引かれながら案内されるのは不本意だが仕方ない。
クリスの掌は柔らかく、じんわり汗ばんでいる。
俺を案内するために緊張してくれているのだろう。
「ここがダンジョンか……」
中は思ったほど湿気も少なく思いの外過ごしやすい。どこかに通気口でもあるのか空気も清浄だ。
クリスによると、このような住みやすい環境だからこそ、強力なモンスターが生まれるのだという。
「こちらです」
俺はクリスに手を引かれ、通路を左手の方へ向かう。
五分ほど進むと開けた広場の様な場所に出た。
元の世界で例えるなら、体育館のフロアくらいある広々とした空間である。天井もこれまでの通路よりずいぶん高い。
所々に崩れかけた壁などもあり、何組かの冒険者パーティーが体を休めていた。
「ここは十階層にある休憩所の様な所です。冒険者たちはこの場所のことを『ベース』と呼んでいます。私はこの道を通ってやって来ました」
クリスが指さす先に、俺たちが通って来たのとよく似た通路が伸びていた。他にも何本もの通路が通っている。
迷宮の様な十階層の中で、多くの通路が交わる地点がここだという。しかも『ベース』近くの通路はどこも狭いため、せいぜい人畜無害なスライムくらいしか現れないらしい。
「スライム以外の魔物は通れないのか?」
「はい。『碧の洞窟』の魔物はどれも大きいんです。もっと下にいるヒュドラなら通れるかも知れませんが、ここまでは来ませんので」
成る程、広場の床をよく見ると、たき火の跡など人の痕跡がそこかしこにみられる。多くの冒険者たちがここを利用しているのだろう。
「そういや、ダンジョンの中で火なんて使っていいのか?」
「大丈夫です。ただし火を燃やす燃料がありませんから、十階層ではあまり火を使う人はいませんね。ダンジョンでは、スープなんかの温かい料理はそれだけでごちそうなのです」
クリスによると、たき火ができるのは、かなり恵まれたパーティーの証だそうだ。多くの冒険者たちは、燃料の用意まで手が回らないという。
ちなみに、たき火の残りやゴミなどは、スライムたちがきれいにしてくれるのだとか。
「それなら、俺もスライムを飼えないかな」
「スライムは臆病なので普段は隠れていたり、石に同化していたりするんです。こちらから捕まえるのは難しいですね」
「この通路の先はどうなっているんだ?」
「しばらくは狭い通路が続きますが、途中から急に通路が広くなります。大型のモンスターが徘徊していますので危険です」
ドームには通路が何本も通っている。俺たちは物陰に身を隠しながら、周囲の様子を伺った。
俺たちはこの後も、何組かの冒険者パーティーを見たのだが、物陰に身を隠して覗くのみで接触はしなかった。
どのパーティーも、クリスの【危険感知】のスキルにはひっかからなかったのだが、とにかく知らない人に対しては警戒するというのがダンジョンの心得らしい。
その後、小一時間かけて数組の冒険者を見た俺たちは、また手をつなぎながら、というか俺がクリスに手を引かれながら、慎重にセーフティースペースまで帰ってきたのだった。
何も起こってないにもかかわらず、どっと疲れた。
「ふう……。とにかく、クリスのおかげでダンジョンの様子が分かって良かったよ。ホントありがとう。しかしこれだけ冒険者がいるんだから、店を開いてもどうにかなりそうだな」
「は、はいサトー様。はうう……」
「どうしたんだクリス」
「す、すいません」
「え?」
「あ、あの……手が……」
「ご、ごめん!」
どうやら俺は緊張のあまり、セーフティースペースに戻って来てなおクリスの手を握りっぱなしだったようだ。
顔を真っ赤にして背を向けるクリス。
ひょっとして俺の厚かましい行動に怒っていないよな。
「クリス、ごめん」
「…………」
後ろを向いたまま無言のクリスに俺は……。
どうしようか、いや、どうしようもない。(反語)
ひとり頭を抱えるしかなかったのだった。