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中編

「可哀想なジュリアーヌ様。あんな殿方とご結婚なさらなければいけないなんて……」

「ジュリアーヌ様にはもっと相応しいお方がいらっしゃるでしょうに」

「ダメ王子の世話役なんてもったいないです。ジュリアーヌ様には才能がおありなのに」

「本当本当」


 屋敷の中、令嬢たちのお茶会、そして社交界でも。

 ジュリアーヌとカルヴィンの二人を見て釣り合わないと評する言葉は、婚約を結んだ当初――十年以上前からずっと聞いてきた。


 幼少期から大人顔負けのマナーを披露し、勉学もよくでき、『稀代の才媛』または『完璧令嬢』と称されるジュリアーヌ。いくら『ダメダメ王太子』なカルヴィンを支えるためといえ、ジュリアーヌが彼の婚約者であることを哀れがったりもったいながったりする人は多くいた。ジュリアーヌの父、アラバスター公爵ですらそうだ。国王から婚約打診をされたから仕方なく娘を差し出さざるを得なかっただけで、その代わりとばかりに日々不敬ながらカルヴィンに対する愚痴を言っていた。


 ジュリアーヌ自身も、決して自分がカルヴィンとお似合いの婚約者同士だなんて思っていない。

 自分が優秀だという自覚はもちろんあったし、カルヴィンがダメな人間であることは事実として認めている。だが、そんなダメ人間だからこそ支え甲斐があると考えていたし、端的に言えばつまり――彼女はカルヴィン王太子に惚れていたのだった。


 大層なきっかけなどはない。

 最初は天使のような美貌に一目惚れ。それから中身を知ってがっかりしたものの、甘えん坊で自堕落、自分がいないと生きていけないのではないかと思えるカルヴィン王太子の力になりたいと考えるようになり、いつの頃からか愛おしくなってしまっていたのである。

 ジュリアーヌが甘やかし過ぎた故にカルヴィンがさらにダメ男へ成長してしまったのだが、彼女は特に後悔していない。


 カルヴィンがダメな分まで自分が頑張ればいい。

 彼は今のままでいてほしい。情けなくて偉そうで、頼りない彼が好きなのだ。


 いずれは彼と結婚し、愚王を支えていく。

 そのつもりでいた。

 だが――。


「……なんですって?」


「ジュリアーヌ嬢、お気持ちはわかりますが、どうか気を強く持って聞いてください。兄上が今度の夜会で、貴女との婚約を破棄するつもりだそうです」


 ある日、カルヴィンの弟である第二王子エルヴィンがアラバスター公爵邸を訪れるなり口にした言葉に、ジュリアーヌは目を見張ることしかできなかった。

 かろうじて淑女の笑みは崩さなかったが、内心はこれ以上ないほどに混乱していた。今自分がなんと言われたのか、わからない。何度か深呼吸してやっと落ち着いた後、ようやく内容を理解したジュリアーヌは静かに問いかける。


「わたくしに何か過失が? それとも別国の王族の方から婚約を打診されまして?」


「そんなわけはありません。貴女は完璧だし、いくら別国の女王であれ王女であれ貴女を失う損失を考えれば断るに決まっています。愚かな兄上の独断ですよ」


「どうしてそんなことに」


 ジュリアーヌとカルヴィンの仲は、ついこの前まで悪くなかったはずだ。

 以前会った時から今までの数週間の間に何かあったのか。心当たりがなく首を捻る私に、エルヴィン王子は続ける。


「別の女に熱を上げたそうです。そしてその女に唆されて、婚約破棄を企んでいるとか。唆した女の正体はまだ掴めていません」


「エルヴィン殿下、その情報はどこからですの?」


「兄上の口から。品のない話ではありますが、偶然盗み聞きしてしまったのです。その後すぐ王家の影に調べさせたのですが、相当相手の女が用心深いようで」


「まあっ」


 困ったことになった。

 エルヴィン王子は兄と違って馬鹿ではないし、今までカルヴィンを一緒に支えてきた仲なので彼が有能なのはよく知っている。

 だから彼の掴んだ情報に間違いはないだろうとわかってしまった。そしてそんな彼に探れないくらいなのだから、カルヴィンの心を奪った女が只者ではないということも。


 もしもジュリアーヌに向かってカルヴィンが婚約破棄などしようものなら、彼は廃嫡の道へまっしぐらだ。

 それを喜ぶ者は多いだろう。もちろんアラバスター公爵もそうだが、有能な次男を次期国王にしたがっている国王、主に第二王子派の貴族連中などである。


 だが、ジュリアーヌたちにとっては決して望ましいことではなかった。


「今更僕が王になるなんて御免です。王たる器なのは僕と皆が言うが、僕は陰ながら兄を支えたいだけですからね」


「わたくしもですわ。おそらくカルヴィン殿下が廃嫡され、エルヴィン殿下が王太子となられた場合でもわたくしが王太子妃になることに変わりはないでしょうが、エルヴィン殿下の婚約者になるのは嫌ですもの。カルヴィン殿下でないと」


「まったくです。僕も最愛の婚約者がいるのに、そんなつまらない理由で離されたらたまったものじゃない」


「大至急浮気相手の女の正体を突き止めなければなりません。ですが、次の夜会は確かあと三日。厳しいですわね」


「僕の方でできる限り手を尽くします」


「お願いいたしますわ」


 ああ、まさか浮気されてしまうなんて。

 本当なら今すぐカルヴィンを問い質したいところだったが、それはきっと悪手になる。一大事だ。失敗上がってはならない。


 内心の驚愕と困惑を押し殺しなるべく平常心を保つよう努めながら、『完璧令嬢』ジュリアーヌ・アラバスターは婚約破棄に対抗するための最善手を考え始めた――。

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