ヴァインの生まれた村
順位付けなんてものはどこにでもある。
それはヴァインが生まれ育った、ファルノ村でも同じことだった。親の家柄、財力、魔物という脅威へ対処できる武力、様々な要因を持ってしてそのカーストは決まる。
言わずもがな、スキルのランク付けである。
世界中の人間を襲う魔物相手に、どれだけ有効打を与えられるか。それだけで人の見る目は違ってしまうものだ。
それはさておき、ヴァインの始まりの物語はここからだ。何でもない、ただの世間話からだ。
「セイクリッドのお嬢様がいらっしゃったぞ!」
「本当!? あの聖女様が……。ぜひ握手を……いいえ、こんな土まみれの手じゃいけないわ!」
しかし、そこにあったのは喜色だけじゃなかった。
「でもどうして、あのお嬢様がこんな領地に……」
「ほら、あれだろ……。エンレダデーラ家への嫁入りだろう。可哀想になあ。この時代に政略結婚なんて」
それが、民の不安の種。悪政の限りを尽くす領主、エンレダデーラ家がセイクリッド家を金で買ったと噂されていたのだ。
「やあやあ! よく来られましたなあ。セイクリッド君」
人々の注目を集めていた大型の馬車がその何倍もある大きな屋敷の前に止められた。そこに現れたのは、この領地を預かっている貴族、エンレダデーラ家当主だった。
そして、馬車から降りてきたのは、やや小太りな剃髪の中年、セイクリッド家の当主である。
「はあ……。いえ、いえいえ。どうぞ、私のことはカインとお呼びください。貴殿の支援無しに我が領土は貧困から救われませんでしたから」
「ん、それならデイン殿。我が領地はいかがですかな。今年は豊作にも恵まれ、此度の結婚を祝うパーティも開く予定なのですよ」
結婚を祝う。その単語にカインの頬が引きつった。カインには一人の娘がいる。白金のスキルを所有する、器量も良い、自慢すべき愛娘である。
そして、エンレダデーラ家にも一人の息子がいる。これがまた問題なのであった。くず鉄スキルしか持たず、大した武力も魔法もないという。
裕福な家に生まれたがために甘えきって親のすねどころか領民のすねすらかじる俗物だともっぱらの噂である。
(そもそも、今回の来訪は支援金の礼をするためだ。だというのに、結婚だって? 全く、人の弱みにつけ込んで……さすがは『蔓』の紋章を持つ寄生当主だ。がめついにも程がある)
そんな言葉がカインの脳内で叫ばれる。しかし、もちろん口に出すわけには行かない。
「父上、こちらが?」
そう言って影からぬらりと出てきたのは、幼き頃のヴァインだった。無能無愛想無情と噂される、ゴミでも見るかのような目でカインを見ている……と、彼は思った。
「ああ、そうだ。これからお前の新しい父になる男だ」
(誰がだ……!)
「そうですか。それはどうも……ご愁傷様です」
だが、それにも興味を示すこともなくヴァインは去って行った。
「全く。ヴァインは仕方ないな……。すみませんね。美人の娘さんが来ると聞いて照れているようだ」
「……いえいえ。構いませんよ」
いっそのこと、このまま出会わないでいてくれると助かる、とカインは心中で思ったが、現実はそうはならなかった。当主はぱん、と手を叩き門を開ける。
「いつまでも立ち話では失礼ですな。どうぞ、中へ。娘さんには退屈な話でしょうし、うちのメイドに館内でも案内させましょう……おや、奥様は?」
「……家内はまだ体調を崩していましてね。本日は娘と私だけなのですよ。申し訳ありませんね」
(奥方を失ってから屋敷中の女を食っていると噂のお前の土地などに、我が妻を連れてくるわけがないだろうが……娘だけでも血反吐を吐く思いだ!)
カインの不満は止まらない。だけど、それを堪えることができたのは……皮肉にも、それ以上に全てを堪えている様子の愛娘のおかげであった。
「……トゥトゥ。お前はヴァイン様のお相手でもしてきなさい」
「はい、お父様」
馬車から、新たな人物が降りてくる。それは、同世代の少女よりも長身の、褐色肌に美しい濡れ羽色の髪を持った少女だった。
さらに、まるで花が咲いたような宝玉かと見まがう瞳を見れば、その場の誰もが知らずため息を漏らした。
だが、その返事はまるで人形。実家においての活発な姿を知っている父親は、ここに来るまでただの一言も話さなかったトゥトゥの心中を慮って涙を堪えた。
「サーシャ! いるか?」
「は。ここに」
「トゥトゥちゃんをヴァインの元まで案内してあげなさい」
「承知いたしました」
声には静謐。存在感すら薄れさせている佇まいのメイドが、いつのまにかトゥトゥの目の前にいた。
「お初にお目にかかります。エンレダデーラ家侍従長を務めさせていただいております。サーシャとお呼び下さい」
「……初めまして。トゥトゥ・セイクリッドと申します。本日はよろしくお願いします」
そして、サーシャはトゥトゥにだけ聞こえるようにこっそりと。
「ヴァイン様には一目会えばよろしいでしょう。よろしければ、その後、お茶を煎れさせていただきます」
「っ! は、はい。ぜひ……あ、いえ。これはその……」
トゥトゥは自分の失言にわたわたと。サーシャはそれを微笑ましい表情で眺めて頷いた。
「では、参りましょう。こちらです。トゥトゥ様」
そうして、セイクリッド親子はエンレダデーラ館内へと入ったのだった。
◇
「ん? なんだ。今日はやけに魔物が静かだな……。というか、獣の匂いすらせんぞ」
「領主様の命でパーティのために狩りまくったからじゃないの?」
「いや、魔物が尽きるなんてあり得ない……。何か、大きな魔族でも近づいてなければいいんだが」
「なあに、どんな魔物が来たって構いやしないよ。我が領民は傷を負わずに魔物を倒すことだけが取り柄だからね」
「あとは、ひっでえ領主様が名物だな。あっはっは」