桐つぼ編
指名本数、売り上げと共にグループNo1の伝説のホスト"帝"(本名:桐谷 帝)から異様な程、特別な扱いを受けている姫【1】がいた。
彼女は時給1500円のガールズバーで働くごく普通の一般女性。
その名も"つぼみ"
大して”帝”に金をつぎ込んでいるわけでもないのに、かなりの頻度でアフター【2】、枕【3】、更には店休日にも時間を使って貰っているというのだ。
それを他の姫達……特に高級ソープ【4】「弘徽殿」に勤める"帝"のエース【5】(ここでは"弘徽殿のエース"と呼ぶことにしよう)が黙って見ている筈がない。
今日も"つぼみ"に嫌がらせを仕掛けるのだった。
「つぼみめっ!あのクソ乞食女が!金使ってないのに何であんなに"帝"にベタベタくっ付いてんだよ!
こっちは今月500万使ってるんだよ!
あー、胸糞悪い……こうなったらアイツの家の前に汚物を撒いてやる」
※"弘徽殿のエース"の言う汚物というのは自身のペット(犬)である朱雀ちゃんのう〇ちの事。
"弘徽殿のエース"を中心とした姫達の度重なる嫌がらせで、とうとう"つぼみ"はホストに通うのを止めてしまったのだ。
あれ以来"つぼみ"を邪険に思っていた他の姫達の心のわだかまりも消え、"帝"の指名本数も売り上げも鰻登りに上がっていった。
今の"帝"を見れば、誰しもが順風満帆なホスト人生を歩んでいるように見えるだろう。
しかし、当の本人は関係が切れてしまった"つぼみ"の事が気がかりで仕方なく、他の姫とのアフター後は毎日のように"つぼみ"の元を訪れていたのであった。
そして、遂に売り上げ指名本数共にV20【6】を達成した"帝"は、所属するホストグループの表彰式のスピーチにて、こう言い残した。
「長い間、沢山の姫達のお陰でここまで来れました。本当にありがとう…そして、今日、大好きな後輩、先輩、姫達に伝えたい大切な事があります。
今日を持ってホストを引退させていただきます。
突然のご報告になってすみません。けど、俺は、etc……………」
人気絶頂の中、颯爽とホスト業界から身を引いた大手グループNo1ホスト、"帝"は、後に今までずっと気がかりに想っていた"つぼみ"と結婚したんだとさ。
"桐谷"("帝"本名)の姓を受けた"つぼみ"は伝説の姫、"桐つぼ"として後世に渡ってホスト業界で語り継がれている存在となった。
で、2人の間に生まれた子が俺ってこと。
さてさて、ここから俺たちの幸せファミリーライフの始まり!
と思いきや、"帝"の引退後すぐに俺たちの情報が広まり、水商売系の掲示板で叩かれまくる日々が続いたらしい。
父の話によると、これがきっかけで母、"桐つぼ"は自殺したそうだ。
母のことで記憶に残っていることと言えば、ぼんやりとした面影だけ。父が惚れるのも納得のいく美しい女性だったと、幼いながらに感じていた。
顔はハッキリと思い出せないが、本能的に惹きつけられる不思議な魅力があったのは確かだ。
因みに、父の口から当時の掲示板にどの様な書き込みがされていたのかについて聞くことは無かった。
同級生の友達がアニメを見て「ヒーローになりたい」って言うのと同じように、俺にも両親を掲示板で叩いた奴ら("帝"の元姫達)をいつか倒したいという漠然な想いがあった。
数年後、俺がホストを始めるまでは……
俺は桐谷 光
源氏名はヒカル、ホストを始めて3ヶ月目になる。
勿論、営業に支障が出ないよう、自分が"帝"と"桐つぼ"の子であることは隠し通していくつもりだ。
実際にホストとして働いてみて如何に姫達が苦労してお金を稼いできているのかが理解できた。
だからこそ、あの時の両親の結婚騒動にどれだけの落ち度があったか痛感する。
ホント情けない……
叩かれて当然じゃないか……あんな夫婦。
父に憧れて入ったホスト業界、
今では彼を心底軽蔑するまでになるとはな。
「ねぇ、この後どうするの⁇」
オーラス【7】まで残ってシャンパンを開けてくれた新規の姫、葵ちゃんが期待の視線を向けてくれている。
「うーん、明日は店休だし、今夜はバーに行こうと思ってるんだ!お洒落な店知ってるから葵ちゃんと一緒に行きたいな」
ホストにおいて何よりも大切なのは思いやりの精神。姫が身を粉にして払ってくれた金額の分、こちらも誠意を持って接するべきだ。
今月頑張ってくれた葵ちゃんには、出来る限り時間を使っていこう。
用語集
【1】姫
ホストに来る客
【2】アフター
営業後にホストとデートができるサービス
【3】枕
ホストが客とセッ〇〇をすること
【4】ソープ
風俗の一種
【5】エース
ホストに対して最も大金を注ぎ込む客
【6】V20
20回連続でNO1
V5だったら、5回連続でNO1ということになる
【7】オーラス
開店から閉店まで居ること