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第8話 戦わぬが勝ち

 突然、茂みから出てきた俺の存在に気づいたキエゴブたちは驚き慌て、素早くその場に落ちていた粗末な武器を装備してこちらに向けてきた。

 相当警戒されているが無理もない、これも仲間思いなゴブリンゆえの行動なのだろう。


 それに普段ならこの時点で叫び声を上げながら襲いかかってくるところなのだが、あちらから手を出そうとはしなかった。

 見た目に反して、奴らは理解しているのだ。

 この状況で俺に手を出したら怪我をしている仲間は間違いなく死んでしまうと。

 威嚇することで戦わずして俺を追い払うのが仲間を助けるための最善の方法であると。

 そしてその選択は、今の俺が選んだ作戦と非常に似ている。


「慌てるな、俺は敵じゃない」


 蛮族語が通じることを切に願いつつ、俺はキエゴブにしっかりと聞こえるようゆっくりと発音した。

 加えて、懐から短剣を取り出すとそれをわざと地面に落として自分に戦う意志がないことを身体で示す。


 するとキエゴブたちは少し首を傾げるとこちらをジッと睨みつけてきた。

 目の前に出てきた人間の予想外すぎる行動に困惑しているのだろうか。奴らはむき出しになっていた牙をしまい、構えていた武器をわずかに下ろした。


「俺は倒れているそこの仲間を助けたいんだ」


 相手が人間だったら胡散臭いことこの上ないが、幸い相手は子供並みの知能を持つキエゴブだ。

 上手い展開を作りさえすれば、こちらに敵対心を抱かなくなるどころか、友好的な関係を築けるだろう。

 それこそが……俺の真の狙いだった。


「ダマレ、ニンゲン」

「ニンゲン、テキ。ドッカイケ」


 片言の蛮族語ではあるが奴らは俺にそう言い返してきた。

 どうやらギリギリ会話が成立するみたいだな、なかなかどうして大した知能じゃないか。

 それならば話はかなり早い。


「これを使いなよ。薬草を煮詰めて作ったものだぞ」


 ポーチからポーションが入った小瓶を取り出した俺はそれをゴブリンの手前に転がすと、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

 このまま殴りかかられたら負傷待ったなしだろうが、決して怯えてはならない。

 対等な立場から、優しく丁寧に接して相手の警戒心をゆっくりと紐解いていくのだ。


 数分くらいだろうか、俺とキエゴブ二体は対峙してから両者一歩も引かず、見つめ合っていた。

 そしてついに痺れを切らしたキエゴブが、武器を下ろすと足元に落ちているポーションを拾い上げてそれをマジマジと観察した。


 知識のない人間なら見分けるのは難しいが、魔素が凝縮することで誕生する魔物のゴブリンなら見抜けるはずだ。それが魔法の力を怯えた回復薬であると。

 人間より目が見えにくい反面、魔素に敏感なゴブリンの感覚を信じての作戦だ。


「ソレ、アブナイ。ニンゲンノモノ」

「イヤ、アブナクナイ。コレ、ホントウニ、ヤクソウ」


 無事、気づいてくれたようだな。

 内心ガッツポーズをきめた俺は堂々とした笑みを浮かべながら、キエゴブの動きを静かに見守る。

 ここまでくれば……ひとまず敵対されないだろう。他の魔物よりも仲間を大切にする奴らは、仲間を助けてくれたことへの恩を忘れはしない。

 それがたとえ、普段は敵とみなしている異種族であってもだ。


 苦痛を顕にしてその場にうずくまっていたキエゴブは、ポーションを振りかけられるとほどなくして安らぎの表情を浮かべる。

 そして切り傷まみれだった身体はみるみると再生していき、数十秒もしないうちに完全回復したのだった。

 今回のポーションは高級な薬草が持つ治癒成分を専用の機械で濃縮して作った、市販のものとは比べ物にならないほど高濃度なポーションだったがその効果は絶大だったようだ。


「ナオッタ」

「ケガ、ナオッタ!」

「そうか、それは良かったな」


 よほど嬉しかったのか、仲間が回復する姿を見たキエゴブたちは喜びを全身で表現していた。

 それからあぐらをかいて座っている俺の前に近づいてくると、礼儀正しく静かに頭を下げる。


「アリガトウ」

「オマエ、ヤサシイニンゲン。デモ、ナンデタスケタ?」


 本来敵である人間の俺にお礼をしてくれたのは嬉しいが、まだ完全に警戒を解いてくれてはいないようだ。

 だけど大雑把ではあるがこのキエゴブたちを仲間に引き込むシナリオは出来上がっている。

 俺の推測の域は超えないが奴らがこの周辺でしていたことから察するに……間違いないだろう。


「俺はお前たちに相談したいことがあって来たんだ。だけどその前に――他にも怪我している奴らがいるんじゃないか?」


 ここにいるキエゴブたちは俺が来る前まで手持ちの大量の(・・・)薬草で仲間の治療をしていた。

 冒険者であればあれくらいの薬草を持ち歩いていてもおかしくはないが……いくら知能が高いとはいえ攻撃性の塊みたいな奴らがあの大量の薬草を持っているのは少し妙だ。

 自ら集めようとしなければ、あの量を持ち運ぶことになったりはしないだろう。


 つまり何が言いたいのかというと、このキエゴブたちは傷を負って倒れた仲間を助けるため、薬草を採取していた可能性が高いってことだ。


「ミンナ、オソワレテ、ケガシテル。コノママダト、シヌ」

「怪我をしている奴らがいるなら、俺がお前たちにあげたこれで治してやるよ」

「ニンゲン、ナオシテクレルノ?」

「ああ……その代わり、俺の話を聞いてほしいんだ。話を聞くのはお前たちの仲間が回復してからで構わない」


 そう言うと二体のキエゴブは互いに顔を合わせると、少しだけ間をおいて静かに頷いたのだった。

 これである程度は信用してもらえただろう、後はどうやって揺るぎない信頼を獲得するかだ。


「オイ、ニンゲン」

「イエ、アンナイスル。ツイテコイ」


 まだ目覚めていない仲間を二人で頑張って抱え上げたキエゴブたちは俺を手招いてから、歩き始めた。

 本当だったら俺がアイツをおぶっても構わないのだが、あまり怪しい行動はしない方が吉だ。

 なにせこれは――最低でも十数体の仲間を争い事なしで手に入れられるかもしれない、またとない機会なのだから。


 たとえ冒険者であっても目の前に現れた敵を全て倒しているようでは、いつかは息切れしてしまう。

 死に急ぐならともかく、本当に生き残りたいのであれば倒すだけでなく、あらゆる手段を使って穏便に済ませることも大切なのだ。


 戦わぬが勝ち。

 それは俺を育ててくれた師匠が教えてくれた戦術のひとつだ。


「ところでお前たちの仲間はどれくらいいるんだ?」

「ワカラナイ、タクサン」

「タブン、30クライ」

「そうか……」


 すなわち、約30体もいるキエゴブたちの大群を襲った何者かがこの周辺に潜んでいるってことか。

 森の狩人と呼ばれているキエゴブに手を出すなんて、命知らずな魔物もいたもんだな。


 ……あれ、ちょっと待てよ。

 よく考えたら逆だ――その命知らずな魔物はキエゴブの群れを壊滅状態にまで追い込んだんだ。

 そうなると、ひょっとしてかなり危険な奴がこの近くにいるってことか?



 俺はどうやら、戦わないで勝とうとしたばかりにとんでもない事態に片足を突っ込んでしまったらしい。

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