第7話 初めての魔物探し
「さてと、ダンジョン運営の基礎は教えたし、早速明日からマスターのルーサには初めての仕事を任せるわ」
ダンジョンでの初めての夕飯を食べた後、レティシアはその話を持ちかけてきた。
初めての仕事か……。新しいことへ挑戦を目の前にして気が引き締まるこの感じ、まだマニュアルを読んだばかりの新米冒険者だった頃に抱いたそれと同じだ。
俺は冷静さを演じながら深呼吸をして話を続ける。
「その仕事の内容は、魔物と契約して使役させること、で合ってるか?」
「ご明察の通りよ。今のダンジョンはこの管理室を除いて、第一階層とコア階層の2つの階層しかない上に配置されている魔物は一匹もいない。言わば、完全無防備な状態なの。このままだと、人間はおろか迷い込んできた魔物にすらコアを破壊されかねないわ」
「そうだな。まずはそこをなんとかしなければ、夜も寝られないな」
この辺りの魔物なら、俺やレティシア一人でも簡単に対処できるとはいえ、夜の見張りで毎日睡眠時間が削られるのは流石に御免だ。
夜行性の魔物と契約できさえすれば、そこの辺りは比較的楽になると思うんだがな。
「さっきの講義で説明したとおり、魔物と契約する方法は二種類あるわ。ひとつは感情活力を対価に魔物を召喚する方法、もうひとつは外で捕獲して連れてくる方法ね」
「召喚が一番楽そうだけど……お高いんでしょう?」
「ええ、それもかなりぼったくられるわ。今、溜まっているエネルギーでは当然支払えない」
「それなら捕獲一択ってことか、結構面倒だなぁ」
「別に強い魔物を無理して連れてくる必要はないわ。最初はそこの辺りにでも寝っ転がっているコボルトを適当に捕獲して連れてくるだけでも十分だから」
まあ、それでもいいのかもしれないが……せっかく捕獲するのであれば、強そうで話の通じる魔物がいいな。
労働力としてそこそこ期待できる奴じゃないと魔物の管理だけで手一杯になってしまうだろうし。
「それじゃ、捕獲の件は任せたわよ」
「任せたって……まさか俺一人で魔物を捕獲しに行かなきゃいけないのか?」
「このまま二人で外出したら、野ざらしにされたダンジョンコアを放置することになるわよ?」
「そ、そうか。そう言えばそうだったな」
「コアを破壊されたらフェアリーとマスターはその時点で死んでしまうんだから、そんな自殺行為は私が認めないわ」
コアを守ってもらうために魔物を使役しに行くのに、コアの見張りを誰一人としてつけずに行くのは本末転倒だったな。
それならこの仕事はレティシアに助けてもらわず、俺自身の力で完遂する必要性がありそうだ。
「ただ、心配はご無用よ。こういう時のために魔物捕獲用の魔法具と捕獲マニュアルはちゃんと用意してあるわ」
レティシアは腰のポーチから魔物を封じ込めるために用いる捕獲結晶と、一冊の若干分厚い本を取り出して、俺に手渡した。
随分と用意周到だな。本の内容も魔物にも読めるようにしっかりと蛮族語に翻訳されている、これならばまだ右も左もわからない“魔物”でもなんの問題もなく魔物を使役できるだろうな。
――本当に学んでおいてよかったよ、蛮族語。
まあ、仮に読めなかったとしても頑張って解読すればいいだけの話だがな。
「マニュアルは最初の方だけでいいから、明日までに目を通しておいてね」
「ああ、可能な限り読んでおくとするよ」
そう言った俺はその場で本のページを最初から最後まで軽くパラパラとめくって、しっかりと読み終えたのだった。
☆ ☆ ☆
翌日の明け方。
俺はレティシアにダンジョンの警戒を任せ、魔物を使役するために森の中へと入る。
夜間もレティシアと交代制でダンジョン内を見張っていたせいで少々寝不足だ。今日中にでも警備のできる有能な魔物を捕獲できればいいんだけどなぁ。
「できるだけ弱らせてから結晶で捕獲し、ダンジョンに連れ帰って契約……こんな感じの手順で合っていたはずだ」
固有スキル『速読』のおかげで凄まじい速さで本を熟読できるようになったとはいえ、内容を暗記できるかどうかはまた別の話だ。
内容を暗記したいのであれば大事な部分を意識しながら何度も読み直す、この手に限るだろう。
それはともかく魔物を捕獲するにもまずは魔物が見つからなければ話は始まらない。
相棒である“タンチくん15号”を起動させた俺は周囲の様子を伺いながら、草木をかき分けて森の中を進む。
一応、同時並行で空に無人航空機の“ドロッチ”を飛ばし、空からの映像を無線で送ってもらっているが……山肌を覆い尽くしている木々が邪魔で魔物を捉えられないだろう。
「魔素探知機と航空機を合体させてもいいかもしれないな。そうすれば、上空からでも障害物を無視して魔物を感知できるようになるかもしれない」
ただ転送するデータの表示方法に工夫を凝らさなければ、実用性に欠けてしまうだろう。
そうだなぁ、この仕事が終わったら機械開発の吟味でもしてみるとするか。
新たなる“我が子”の造型に思いを馳せながら森を歩いていた俺だったが、突如振動し始めた魔素探知機によって現実へと引き戻される。
どうやらここから100メートルほど離れた場所で、魔物と思われる魔素の塊を感知したようだ。
「魔素の形状から予想するに……第Ⅱ級程度の魔物が3体くらい集まっているとみた」
スキルの強さはレベルに基づいて10個の階級で分けられているが、そのルールは魔物やダンジョンの危険度にも適用されている。
無論、階級を設定しているのは冒険者ギルド本部。既知の魔物には必ずスキルの階級と上手く対応した階級をつけるよう義務付けられているのだ。
例外はなきにしもあらずだが、とある階級の魔物1体を討伐するには、同階級の戦闘系スキルを持つ冒険者が数人必要と言われている。
飽くまでも指標でしかないから過信はいけないが、戦うか逃げるかの判断材料にはなりうる要素だ。だから、新米冒険者は嫌でも有名な魔物の名前と階級を軒並み覚えさせられる。
まあこう見えて、俺もそれなりに数々の死線と修羅場をくぐり抜けているからな。
第Ⅱ級の魔物3体であればよほど油断した行動をしない限りは負けないだろう。
俺は迷彩柄のジャケットを羽織り、できるだけ気配を消してからその3体の魔物のところへゆっくりと近づいた。
探知機の反応が強くなったのを確認したところで機械の電源を切り、茂みの中から望遠鏡で魔物の姿をじっくりと観察する。
水色の体表に魔法陣のような蒼い紋様が描かれた二足歩行の魔物、子供ほどの蒼い小鬼だ。
当然、図鑑などで見た覚えはあるが……かなり特殊な種類の魔物だ。
「――キエゴブか」
正式名称『キエエゴブリン』。
第Ⅱ級モンスターとして最も有名な魔物――ゴブリンの亜種であり、低階級の魔物にはあるまじき攻撃性から森の狩人として恐れられている第Ⅲ級のゴブリンだ。
一個体の力はそこまで高くないのだが、このゴブリンの脅威は個体数に集約されている。常に数匹の集団で行動しており、多い時は数百匹にも及ぶ群れを形成するのだ。
そして集団で暮らしている影響か、知能や統率力も優れており、数の暴力で敵をなぶり殺すのだ。新米冒険者がうかつに手を出そうものならものの数分で蹂躙されてしまうだろう。
なおこのふざけた名前の由来はこのゴブリンが発する「キエエエッ!」という断末魔に似た叫び声、らしい。俺としては名前が印象的で覚えやすくて非常に助かる。
俺は見つからないよう息を潜めて、数分間ほどキエゴブの動向を見守る。
どうやら一匹のキエゴブが重度な怪我を負っているらしく、他の二匹が必死に大量の薬草を使って手当をしているみたいだ。
――ただのゴブリンならすぐに捕獲しても問題はなかったが、キエゴブとなると話がガラリと変わるな。
怪我している一体だけを捕獲したら、他の二匹に援軍を呼ばれて俺たちとゴブリンの大戦争が勃発。
仮にここにいる三体を捕獲できたとしても、仲間がいなくなったことに感づいた他の奴らが周囲をくまなく探索し、最終的にダンジョンに攻め入ってくるだろう。
それだけ、厄介な連中なのだ。コイツらは……。
さて、どうしたものかなぁ。
「あ、そうだ」
ふと妙案を思いついた俺は手持ちのポーションの在庫を確認する。
余分に作っておいたおかげが、まだ数十本ほど残っているな。なら……恐らく足りるだろう。
そして作戦の吟味を終えた俺は、茂みから這い出ると――キエゴブたちの目の前に躍り出たのだった。