第6話 今日から俺はダンジョンマスター
ふと目を開けると、そこは色とりどりな淡い光で包まれた石造りの一室だった。
ダンジョンを創造する契約の儀式を行ったところまでは覚えているのだが、どうやらいつの間にか気を失っていたようだ。
「思ったより早く気がついたのね、ルーサ。ごめんなさい、枕とか用意できなくて」
「……レティシアか。ここは――」
「ダンジョン管理室よ。ルーサや私が認めた者のみが入ることのできる場所」
俺はゆっくりと起き上がって、首に掛かっているヘッドホンを整えると辺りを見渡した。
何もなさすぎて監獄と見間違えてしまいそうな部屋だな、たった一つの要素を除いては。
空っぽの部屋に無造作に配置されているその物体に、おもむろに近づいた俺はかがむんで様々な方向からそれを観察する。
見た目から察するにこれはもしかしたら機械の一種かもしれない。動力は分からないけど、キーボードも電源装置も備えられるている。
ただ古代技術と言われているそれを完全に使いこなせなかったのか、ところどころ魔法具の要素が混じり合った……言わば機械と魔法具のハーフみたいなものだな。
もっとも機械と魔法具に明確な区分があるわけではないが。
「そ、そんなに気になる? それ……」
「いや、妖精の世界にもこんなものが存在するんだなって」
「そうね、それは精霊界に伝わっている古代技術の一種だもの。珍しくて当然よね」
さすがは妖精の創造物、人間の世界では全く見ることのない産物だ。
だが『機械技師』を極める過程で自然とその古代技術を学んで育った俺にとって、これくらいの代物なら簡単に扱えるな。
――ピッ
電源を入れるとその機械に内蔵されているスクリーンにメニュー画面のようなものが表示される。
ざっと見たところこれは、このダンジョンの階層構築や契約した魔獣の管理など、ダンジョン運営に欠かせないツールをひとまとめにした機械のようだな。
「んぇ!? なんで動かせるの、それ」
「ん? ああ、こう見えて俺は古代技術とちょっと縁があってさ。操作には慣れているんだよ」
「縁って、人間側には到底伝わっていない技術なのに……も、もしかしてさっきの地図を映し出した球体も、魔素濃度を細かい値まで割り出せたのも、その古代技術の力だというの!?」
「ま、まあそんなところだな」
彼女は蒼い双眸を大きく見開いて、なにかに戦慄したのかカタカタと震えてみせた。
こんな反応をされてなんだけど、ちょっと嬉しいな。人間の世界は、古代技術の存在を認めないような奴らで溢れかえっているから。
歴史の渦にその技術を葬って、手を触れようともしない腰抜けばかり。師匠もそう言っていたっけなぁ。
「嘘でしょ……人間にこんな逸材がいたなんて」
「逸材なんかじゃない。ただの凡人が必死に努力を積み重ねてようやく得た力だよ」
人間は皆、生まれながらにしてスキルを持っている。だがそのスキルが発現する瞬間はまちまちで、基本的には10歳前後と言われているのだ。
そしてこれはとある一説だが、覚醒する固有スキルは幼少期の環境に若干左右されるらしい。
だから俺は信じている。『機械技師』を得たのは俺と義父を務めてくれた師匠の努力の結果だと。
「……あっ、ごめんなさい。私ったら、唖然としてたわ」
「構わない、俺もちょっと思い出に浸ってたから」
「それじゃあ、早速説明と参りますか! レティシアの分かりやすいダンジョン運営講義、始まるよー」
「ははっ。よろしくお願いするぞ、先生」
俺は手帳とペンを取り出してしっかりと彼女の話を聞く体勢を整えた。
どんな情報だって聞き逃さないよう構えるのは、きっと学ぶことに飢えた俺の癖なんだろうな。
☆ ☆ ☆
「他になにか質問はあるかしら?」
「いや、特にはないな。ダンジョン運営のサイクルはおおよそ分かった」
「オッケー、ルーサってば本当に飲み込み早いわね」
レティシアの説明で語られたのはダンジョン運営をする際の心得や、この機械の使用方法だった。
ダンジョンの地形変更や改築方法、魔獣との契約方法、周辺勢力の監視方法や運営本部との連絡方法など様々なことを短時間で叩き込まれたが……理解はなんとか追いつけている。
今までの講義を要約するのであれば――
契約した魔獣や罠を利用して感情活力を人間から抽出し、それを本部に納めることで報酬としてダンジョンを拡張したり、生活用品や嗜好品を貰えたりする。
感情活力を抽出すればするほどダンジョンをより強力に豊かにできるわけだ。
「さてと最後に感情活力について復習がてら改めて説明するわね」
「ああ、よろしく頼む」
「前に感情活力は生命力の源だと、言ったのは覚えているよね? それは感情活力には魂を生成、維持する力があって意思や自我を確立させる大きな要素となっているの。全ての生物は感情活力を宿しているのだけど、特に人間が持つエネルギーは他とは比べ物にならないくらい強力よ」
「……だから、その人間から感情活力を回収するのが効率がいいんだよな」
「そのとおり、感情活力の回収方法は至って簡単。ダンジョン内で人間に強い感情を持たせるか、人間を殺して魂を回収するかのどちらかよ。なおダンジョン内に生息している魔物や妖精、当然フェアリーである私からも感情活力は回収できるけどその量は微々たるもの。例外としてマスターは元人間だから生活しているだけでも最低限の量は回収できるかもね」
元人間、と彼女は言っていたがどうやらダンジョン契約を交わした時点で俺は名義上の種族は妖精となるようだ。
ただ生粋の妖精と違って姿も見えるし、ましてや水だけで生きていけたりはしない。
「普通に過ごしているだけでも回収できるなら、無理して人間を呼び込む必要はないってことか?」
「回収できたとしても最低限だからね? それに、契約の話であなたの魂はダンジョンと結ばれたって説明したけど、その影響であなたの持つ感情活力は未契約の魔物のそれと同じくらいにまで弱まっているわ」
「期待はするなってことか、わかったよ」
ずっと遊んで暮らせるのかとか思ったけど、流石にそうはいかないらしい。
ただ無理に人間を殺す必要性がないのは正直ありがたい話だな。ダンジョン内で人間に強い感情をもたせる方法さえ確立させてしまえば、俺の生活も安泰だ。
「ちなみに強い感情をもたせると言ったけど、喜怒哀楽は問われないわ。けれどエネルギーを回収しやすい人間の感情は怒りと喜びになるでしょうね。逆に哀しみによる回収効率はいまいちよ」
「……そうなると、人間を捕縛して永遠に拷問し続けるのはあまり効率的じゃないかもな」
「随分とえげつないことを考えるわね。確か、過去にそれを試みたダンジョンはあったと思うけど、数週間で人間に返り討ちにされて、消滅したわ」
「だろうな。憎悪を抱いた人間ほど怖いものはいないよ」
恐怖や怒りに支配された人間は単純な思考さえもできなくなってしまうからな。
そして、冷静な判断を下せない人ほど本能がむき出しになる。そうなった人を止めるのは至難の業だ。
「ただ残念ながら最高効率はダンジョン内で人間を殺し続けること。合理的かつ単純な方法だけど、ルーサには厳しいかもしれないわね」
「契約した以上、覚悟はしているが……進んではやりたくない」
「そうね。私もできる限りのサポートはするから、安心しなさい。こう見えて私、戦闘能力高いから」
指をパチンと鳴らしたレティシアの指先から鋭利な氷塊が出現して、彼女の周りをゆっくりと旋回した。
あなたが手を汚したくないのであれば、自分が汚すよう立ち回る。彼女はきっとそう言いたいのだろう。
けれどその必要はない……俺は自分の手を汚さないことと、真理を追究できる悠久の時を天秤にかけて、後者を選んだのだから。
「いざとなったら、お願いするよ」
今日から俺はダンジョンマスター。
この地がたどる運命の行く末を見守り、力の調和を保つ者だ。