第4話 契約
「ルーサさん、お願いします! 私のダンジョンマスターになってください!」
「なんでそうなるんだよ!」
構えていただけあって、俺は間髪いれずにツッコミの言葉を浴びせていた。
どういう思考を巡らせれば、人間である俺にお願いしてみようという発想に至るのか、俺には理解できなかった。
「さっきも言ったとおり、私は育成学校を卒業したばかりの新米なんですが……いくら探してもいいマスターが見つからないんですよ! 他の同級生はもう皆、ダンジョンを創っているというのにぃ!」
「それは君がマスターを選り好みしているせいじゃないのか?」
「そ、それもありますけど! マスターになれる最低限の要件を満たした魔物なんて滅多にいないし、仮に出会えたとしても全員に断られました」
「そりゃ、随分と不幸だな」
実際に人間並みの知能を持って生まれる魔物は一握りくらいしかいないが、長生きした個体や変異した個体がある程度の知能を持っていることも少なくはない。
そこから垣間見るに……最低限の要件自体がかなり厳しいのかもしれないな。
「ダンジョンを創る資格を持てるのは学校を卒業してから2年間なのですが、もう時間があと3日しかないんです! だからもうすごい焦ってて――」
「動けなくなる瞬間までこの辺りの森を走り回って、魔物を探していたと」
「そういうことなんです。なので……どうかお願いします! ダンジョンを創るために数年間ずっと勉強してきたというのに、マスターが見つからずに終わるなんて嫌なんです!」
少女はそう言うと、俺の前に正座すると勢いよく地面に頭をつけて土下座をしたのだった。
終始ずっと私情しか混ざっていなかった気もするが、彼女の運が悪かったのは確かのようだ。
ただ……土下座されたからといって、はいそうですかと即答できるほど簡単な案件でもない。
「へへ……やっぱりそうですよね。人間であるルーサさんにこんなこと頼むなんて、私どうかしてましたよね。ごめんなさい、変なこと言っちゃって」
「ちょっと待て。一人で暴れまわった上に勝手に話を締めようとするな」
「え……それじゃあ」
「話くらいは聞くよ。ひとまず落ち着いて、マスターのやるべき事と俺にとってのメリットとデメリットを簡潔にまとめてみろ。そうでないと判断に困る」
「わ、わかりました」
普段であれば、こんな突拍子もないお願いをされても軽くあしらって終わりだっただろう。
けれど今の俺はなぜか、まだどこの誰かも分からない彼女の話を聞いてみたくなっていた。
ダンジョンや妖精という人智を超越したものに興味があるのもそうだが、それ以上に俺は俺の居場所を求めているのかもしれない。
「えっと、まずマスターのやるべき事は主に2つです。ひとつはダンジョン周辺を探索したり偵察したりして人間や魔物の情勢を監視、報告すること。もうひとつはダンジョン内で人間を戦わせたり、倒したりすることで得られる感情活力を一定量収めることです」
「ほう、感情活力とな。それは魔法の根源であるマナと似たようなものなのか?」
「はい。いわば、生命力の源のようなものなんです。人間はもちろん、妖精や魔物もこのエネルギーなくしては生きていけませんからね」
名称は初耳だが、生命力なるものが存在していることは本で読んだ気がするな。
もしかしたらレティシアが言っていた人族には認知しづらいエネルギーの塊というのもこの感情活力のことかもしれない。
「やるべき事は理解した。それで、マスターになると俺になにかメリットはあるのか?」
「そうですね……衣食住は保証されるので、毎日三食しっかりと食べられるようになりますよ!」
「それは今でも間に合ってるって……それ以外になにかないのか?」
「あとはダンジョンを自分好みに作り変えられたり、魔物を従えていばりちらせたり」
「メリットじゃないだろ、そんなの」
あたふたしながら必死にアピールポイントひねり出そうとしているレティシア、そんな彼女を見ながら俺は肩をすくめる。
この子、さては面接や営業に弱いタイプだな?
こうして相方が見つかっていないのも運が悪いというより、マスターの利点を上手く売り込めなかったのが原因じゃないのか?
だとすれば、すんなりと合点がいくんだけど。
「あ、そうだ! 場所は限定的ですが、不老不死になれますよ」
「……マジか?」
「マジです。ダンジョンの核とも言えるコアを人間や魔物に破壊されない限りは年もとりませんし、死んだとしても何度でも復活できます」
「なるほど、それは興味深いな」
ダンジョンマスターになれば、コアを破壊されない限りずっと生きていられる。
すなわち、コアを死守できさえすればいつまでも機械の発明や真理の追究に没頭できるのか!
ありあまる時間さえあれば、寿命ゆえに成し遂げられないと結論づけたものにも挑戦できる。俺にとってはこの上ない利点じゃないか。
「それじゃ、デメリットは?」
「デメリットですか……正直なところ魔物ならあまりデメリットはないのですが人間だとちょっと話が違います」
「それはあれか、人間を殺さないといけないこととかか?」
「そうです。感情活力を集めるためにも人間を殺さなければいけない場面は多々あると思いますから。それに他の人間には、あなたは魔物と同じ敵とみなされるでしょうね」
「そう……だな」
人の道を外れるならば、それなりの覚悟が必要というわけか……。
俺としても好んで人間を殺したいとは思わない、けれど俺の居場所と俺の活躍に期待してくれるものがいるのであれば……人の道を外れるのも悪くないかもしれないな。
他に行く宛もなく死人のようにさまよう日々を送るくらいなら、人間全員を敵に回したほうがまだ生を実感できるだろ。
そして、数分間熟考した末にたどり着いた結論を俺はレティシアに告げる。
「はぁ、しかたないな。ここで出会ったのもなにかの縁だ。俺が君の相方になるよ」
「ええ!? ほ、本当にいいんですか?」
「ああ、俺がダンジョンマスターになるよ。ただし俺は人間だ、むやみやたらに人間を惨殺するようなダンジョンをつくる予定はないからな」
「全然構いません! 無理に人間を殺さずとも最低限の感情活力は集められますから」
「それならば問題なしだ」
仮に感情活力の収集目的で人間を殺さなければいけなくなったとしたら、生きる価値のないクズ人間でも殺しておけばいい。そうすれば平和な社会になるだろうしな。
このスタンスでやっていけるのであれば、俺にもマスターは務まるはずだ。
「あ……ありがとう。本当にありがとうございます!」
「頭を地面にこすりつけながら感謝するなよ。そんな事されても、あまりいい気分にはならんよ」
「そ、そうですか。ごめんなさい、ルーサさん」
俺は未だに正座したままのレティシアに手を差し伸べた。
すると彼女は愛嬌たっぷりな笑顔を浮かべて俺の手を握ってくれたのだった。
その瞬間、彼女の頭に咲いていた二輪の花がより大きく開き、まるで雪の結晶のように淡い輝きを放った。
思わず俺はその花の美しさに見惚れる。それは今まで見てきたどんな花よりも力強くいきいきとしていて、綺麗だった。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。それと俺と話す時、無理に敬語を使わなくてもいいからな」
「えっ? フェアリーとマスターの立場だとマスターの方が上なんですけど、それでもですか?」
「ああ、その方が気楽だろ」
俺としても敬語や丁寧な言葉を使って話されるのはなんかむず痒くてしかたない。
これから相方としてやっていくことになるなら、なおさらだ。
「わかりま――わかったわ。それじゃあ、改めてよろしくね、ルーサ!」
「こちらこそよろしく頼むよ、レティシア」
こうして俺は冒険者から一転してダンジョンマスターとしての道を歩み始めることとなったのだった。
その道が途方もなく修羅の道であることも知らずに……。