第3話 ダンジョンとはなにか
「まさか妖精が見える人間に助けられるなんて、思ってもいなかったです」
「俺もだよ。都市伝説でしか聞いたことのなかった妖精と出会うなんてさ」
木の幹に腰掛けていた俺とレティシアは互いにそんな言葉を交わし合う。
レティシア曰く、妖精や精霊は本来人族には見えない存在らしい。ただ俺のように妖精と親和性の高い人族も数十万人に一人くらいの割合で稀に存在するそうだ。
だから妖精である彼女にとって俺は生きている間に一度出会えるかどうかくらいのレアもの、みたいだな。
「人間に見えないのには……何か理由があるのか?」
「それはですね、妖精が人族には認知しづらいエネルギーの塊だからです。わかりやすく言うと……妖精は影が薄すぎて人族に気づかれづらいんですよ」
「影が薄いねぇ。空気みたいなものってことか?」
「はい。ルーサさんはそこらに転がっている小石を見たとしても気を留めたりはしないでしょう? それと同じなのです」
ふむ、どんな現象が起こっているかは軽く理解できた気がするな。
普段、人間や魔物は五感を使ってそこになにがあるかを判断しているが……妖精はなんかしらの原理でその感覚をシャットアウトさせている、と考えるのが自然だろう。
早速俺は手帳を取り出して妖精に関する情報や考察を書き留める。
「なにしているんですか?」
「メモだよ。まあ俺の趣味みたいなものだし、気にしないでくれ。それよりもなんで君はあんな場所で倒れていたんだ?」
「ちょっと恥ずかしいんですが、実は私とある“モノ”を探してまして……それを探すのに夢中になって、あちこち走り回っていたら気がついたら水分切れに……」
燃料切れみたいに言うんじゃないよ……。
妖精の身体のメカニズムがどうなっているかは知らないが、そんな急にパタリと動けなくなってしまうものなのか?
「でも本当に助かりました。この美味しい水をルーサさんがくれていなかったら……私、ただの植物になってました」
「はぁ、それはまたどういう原理で……?」
「私達フラウ氏族は死んだり寿命がすぎたりすると土に還って植物になるんです、当然死体は一切残りませんよ」
「そうですかいな……。ともかく無事でなによりだよ」
ひとまず、人族に見えないだけあって妖精が人智を超越した存在であることは間違いないな。
こう見えて物理学と機械工学はもちろん、魔法学や錬金術など様々な分野の知識を『速読』で蓄えてきたんだが、それでもまだわからないことがたくさんある。
これだから真理の追究はやめられないな。
「ぷはぁ。やっぱりこの水美味しいですね。飲んでも掛けても最高です!」
「普通は掛けないと思うんだけど、気に入ってくれたならなによりだ」
「なにかお礼がしたいのですが……うーん、なにか私にできることあります?」
妖精がどんな力を持っているのかもわからない俺に聞かれてもなぁ。
それに俺は彼女に水を挙げただけで、本当に大したことはしていない。だから、対価をもらう必要もないと思うんだが……。
「強いて言うなら、妖精しか知らなそうなことを俺に教えてくれないか?」
「……別に構わないですけど、そんななことで本当にいいんですか?」
「ああ、今の俺は……誰かと話しているだけでも満足だからな」
本当だったらもっとマシなお願いがあったかもしれない。
けれど今は、これで構わない。胸の奥に溜まった悲哀や憎悪を紛らわせられるだけでも十分だ。
それに妖精の話を聞けるなんて機会、滅多にないだろうからな。
「ふーん、変な人ですね」
「君には言われたくないな、その言葉」
「えっと、教えるって言ってもなにを教えればいいんだろう……。ルーサさんはなにか知りたいこととかあります?」
「そうだなぁ……そういえば君はさっき、自分のことをダンジョンフェアリーと言ってたよな?」
「はい! こう見えて成績だけは優秀なダンフェアなんですよ」
「その、ダンジョンフェアリーってのはなんなんだ?」
ダンジョンとフェアリー、あまり関係のなさそうな単語2つだがそれがどう関係しているのか、俺は興味本位で聞いた。
するとレティシアは少しの間、考えるような素振りを見せる。
「す、鋭いですね。質問が……」
「答えられないことなら、無理して話さなくてもいいぞ」
「うーん。まあ、人間に話してはいけないという制約はないし、問題ないか」
逆に人間に伝わってはならないような情報があるのかよ。
不穏な空気を感じつつ、俺は再び手帳を取り出して軽くメモをとる準備をした。
ダンジョン――それは魔物の巣窟となった異次元の迷宮のことを指す。
空間的に断絶された別世界に地上よりも遥かに強力な魔物が大量に生息しており、冒険者の訓練には打って付けの場所だ。
ただそれだけではない。ダンジョン内には魔石をはじめとした地上では採掘が困難とされている資源があったり、高価な宝物や武器が隠されていたりするのだ。
それらを回収してギルドなどで売却すれば、少なくとも数ヶ月は遊んで暮らせるくらいの金は手に入るだろう。
ゆえに冒険者はそれらを求め、死を顧みずそこに入っていくのである。
ちなみにダンジョンの最奥にあるコアを破壊することで、自身の魔力やスキルが強化されるのだが……これは基本的にはご法度とされている。
なぜならコアを破壊するとダンジョンが消滅してしまうからだ。
確かにダンジョンが消滅すればその周囲は安全になるだろう、しかし冒険者の狩場や魔石の採掘場所も同時に消滅してしまう。
要するにダンジョン消滅は近隣の村や街の経済にも大きな影響を与えかねないのだ、ダンジョンがなくなっただけ経済が傾いた街もあるくらいだからな。
ただそのダンジョンが冒険者ギルドや国の上層部から危険視されたのなら別だ。
ダンジョンから這い出てきた魔物によって村が壊滅したなんて事件が起きようものなら、すぐさまダンジョンコア破壊の依頼が張り出され、俺たち冒険者によってダンジョンコアは破壊されるだろう。
現に俺も昨日、ジッタ達と最高難度のダンジョンを踏破してきたしな。
危険でなければ利用するけど、人間に害をなすと判断されれば潰す。
それがダンジョンなのだ。
そしてダンジョンもまた人の手によって解明されていない人智を超越した代物。
妖精を意味するフェアリーとの共通点をあげるなら、それくらいのものだろうか。
「そうですね……まず結論から言うと、ダンジョンフェアリーというのはダンジョンを創り出す妖精の総称なんです」
「ダンジョンを……創るのか? 妖精の力で?」
「はい、そうです。古来から妖精には様々なものを創造する力が……ってちょっと待って下さい! なんで私にいかにも危なそうな武器を向けているんですか!?」
俺はそっと手帳とペンを膝の上に置くと、流れるような動作で懐から独自にカスタマイズした魔法銃を取り出してレティシアに突きつけた。
「いや、君たちにダンジョンを創られて俺たちの街に被害が出るのはまずいだろうし、先に殺っておこうかなと」
「た、確かにそうかもしれないですけれどまずは私の話を聞きませんか……? というか聞いてくださいお願いします、だから早まらないで!」
「……ふっ、悪かったよ。8割ぐらい冗談だから、続けてくれ」
「はぁ、もうびっくりさせないでくださいよ。というか2割は本気だったんですね……」
俺は薄っすらと笑みを浮かべると「さあどうだろうね」とおどけてみせた。
まあレティシアの言葉を聞いた瞬間、直感的に殺ったほうがいいと感じたのは本当だ。だから条件反射で思わず銃を突きつけてしまったんだろう。
なおこれらはすべて義父による先手必勝の教え、やられる前にやるという行動理念だ。
「じゃあ、まず聞きますけど……この世界におけるダンジョンの役割ってなんだと思います?」
「役割か……。考えたことなかったが、人間の力の抑制とかか?」
「概ね正解ですね。ダンジョンは生態系や人間と魔物のパワーバランスを保つために創られているんです。つまるところ、スキルという強力な力を持った人間が暴れまわらないようにするための抑止力ですね」
抑止力か……言われてみれば彼女の言うとおりだな。
ダンジョンがなくなれば、おそらく生態系のトップである人間がこの世界全ての覇権を握ることとなる。それを避けるためにダンジョンがあるってことか。
「そしてその抑止力となるダンジョンを創って管理するという役割を担っているのがダンジョンフェアリーです。ダンジョンを使って人間と魔物の力が均衡するようにサポートしているんです」
「なるほどな……あくまでも第三者の立場なんだな」
「はい。ですからダンジョン自体がその均衡を乱すこと、例えば遊び半分で魔物を差し向けて村を滅ぼしたりするのは禁止されています。……注意してもやる奴はいるんですけどね」
「まあ、そんなことをしたら冒険者にコアを破壊されるのがオチだろ」
人間側がその気になれば、そこの辺りにあるダンジョンの踏破はなんて数日もかからないだろう。
そんなダンジョンが踏破されずに残っているのは、利用価値があると判断されているからだ。
「それで気になったんだが……君はその、ダンジョンフェアリーなんだろ? こんなところほっつき歩いてていいのかよ」
「……実は、こう見えてダンジョン妖精育成学校を卒業したばかりの新米でして、今ダンジョンマスターを探している最中なんです」
「マスター、がいるのか?」
「はい、ダンジョンは主にマスターと妖精がペアを組んで運営していることがほとんどなんです」
「へぇ……」
もしかして彼女が探していた“モノ”ってマスターのことなんじゃないか?
動けなくなるまで夢中になって探すものなのかは分からないが……その可能性が高そうだな。
「ちなみにマスターはやっぱり魔物がなるのか?」
「はい、知能のある魔物が適任って言われていますね。でもそんな魔物ってそこらにポンポンいるわけないんですよね……諦めてオークとかをマスターにしている妖精もいるくらいですし」
「なるほど……ダンジョンを運営するのも大変なんだな」
「ええ最悪、人間でも――ん、人間?」
その時、少女は閃いたかのように隣に座っている俺の姿を凝視した。
話の流れからしてとてつもなく嫌な予感がするのだが……まさか、そんなわけないよな?
「ルーサさん、お願いします! 私のダンジョンマスターになってください!」
「なんでそうなるんだよ!」