第1話 追放された機械技師
今からはるか昔、この世界は二大勢力に分裂していた。
ひとつは物理学の文明を発展させてきた機械派勢力、そしてもうひとつは魔法学の文明を発展させてきた魔法派勢力だ。
これらの勢力は、互いに自身が追究してきた学問こそが正しいとして、もう一方の学問や文明を認めようとはしなかった。
そしてそのいがみ合いはいつしかありとあらゆる種族を巻き込むほどの戦争、機魔世界大戦を引き起こしてしまう。
戦争が始まってから数年間は、両勢力ともに拮抗状態にあった。
しかし、魔法派勢力に勇者と名乗るものが現れたと同時に、この戦争は大きな動きを見せることとなる。
なんと、その勇者は機械派らの数十万の軍勢を相手にたった一人で奇襲を仕掛け、壊滅させてしまったのだ。そして機械派が支配する大陸――通称、機械大陸を異空間へと封印した。
初めは誰もその男の言葉を信じなかった、しかしその時から機械派による侵攻はピタリと止み、戦争は幕を下ろしたのだった。
魔法派の皆は、平穏が取り戻された世界で歓喜の声を上げた。そして勇者を英雄として祀り上げたのだった。
誰の手も借りず、世界の危機を食い止めた孤高の勇者、その名を――ハックと言った。
☆ ☆ ☆
「……それはどういうことだ?」
難攻不落の要塞とも言われていた最高難度のダンジョンを踏破した日の夜――冒険者ギルドにて、ルーサこと俺に告げられたのは聞き捨てならぬ言葉だった。
「聞こえなかったのか? ならもう一度言ってやるよ。お前には今日限りで僕のパーティーをやめてもらう」
予想だにしない宣告に動揺を隠しきれない俺の目の前で、ジッタはその金髪をかきあげて不敵な笑みを浮かべたのだった。
ジッタ=バタフライト、いつか復活するであろう魔王に備えるためアルファード帝国の皇帝に選ばれた5人の勇者候補のひとりであり、俺が所属する冒険者パーティーのリーダーだ。
そして俺はたった今、そのパーティーから戦力外通告を受けて追放されようとしていた。
「理由を聞かせてもらっても?」
「はぁ? まさか、アンタ自覚ないわけ? アタシたちの足を散々引っ張っておいてさ」
ジッタの隣に座っていた茶髪の少女、魔導師ジェシカはついにしびれを切らしたのか、机を叩いて立ち上がると俺を見下ろしながら睨みつけてきた。
その瞳には怒り、というよりは激しい憎悪がこもっているようにも思える。
「落ち着きなさいジェシカ。ここはジッタに任せてあげて……」
「だけどコイツは……ッ!」
「感情に身を任せて話したら、余計この場が混乱するわよ」
目くじらを立てるジェシカを宥めるようにプレートメイルに身を包んだ女騎士、ミシェル=ミライが彼女の肩を叩いた。
一見、冷静さを保っているように見えるミシェルだったが、残念ながらその目は一切笑っていなかった。
「んで、俺をパーティーから追い出す理由はなんだ?」
「理由なんてひとつしかないだろうがよ。お前のスキルだよ、スキル!」
「スキル……『機械技師』や『速読』のことを言っているのか?」
スキル――それは人間のみが授かることのできる固有の特殊能力のことだ。
全ての人間は生まれながらにして幾つかの固有スキルを持っている。その種類はとてつもなく多く、俺が持つスキル『機械技師』と『速読』以外にも『戦神』『賢者』『千里眼』などさまざまなものがある。
そして、全てのスキルにはレベルという概念があり、それが上がるにつれ、スキルの強さは上昇していく。更にそのレベルに基づいて第Ⅰ級から第Ⅹ級までの階級で分けられるのだ。
ちなみに昔は、SランクやSSSランクなんていう名前の階級で分けられていたが……冒険者ギルド本部にて階級改訂案が通った際に今の呼び方に統一された。Sを並べる謎の慣習がなくなってありがたい限りだ。
それで俺たちは優秀な冒険者として皇帝命令によって集められ、勇者候補を率いるパーティーを結成した者たち。ゆえに全員が第Ⅷ級以上のスキルを1つ以上は所持しているのだが……。
「そうだ、その戦闘では一切役に立たないスキルのことを言ってるんだよ!」
「役に立たないとは随分な言いがかりだな。俺は自分の生み出した機械や武器で魔物との戦闘だけではなく、ダンジョンの探索にも貢献してきたはずだ」
ジッタの驚くほどで適当で根拠のない言葉に俺は顔をしかめながら反論した。
『機械技師』と『速読』、確かに一見すると全然有用性のなさそうなこれらのスキルだが、俺は『速読』で得た膨大な知識を余さず利用し、『機械技師』の力を使ってありとあらゆる機械や武器を発明してきた。
しかもその性能はそこらで売っている魔法具を遥かに凌駕する代物だ。
ボタン一つで高品質のポーションを調合してくれる機械、目を眩ませるほどの輝きを放つ閃光手榴弾、レーザーを利用して敵を倒す光子銃など冒険者にとって役に立ちそうな機械や武器を俺はコイツらに提供してきた。
加えて時には機械工学だけでなく、俺のスキル範囲外である魔法学や錬金術を駆使し、どうすればコイツらを効率よく手助けできるか寝る時間も惜しんで考えてきたのだ。
それなのにその努力の結晶を“役に立たない”と一蹴するのはどうかしているとしか思えない。
「戦闘では全然前に出てこないような足手まといは僕のパーティーにはいらないっていってんだ!」
「俺が前に出たら前線過多になるのは目に見えてるだろうが。最悪の事態を想定して、俺はサポートに回ってるんだよ」
「サポートって、変な玩具を使って後ろでよくわからん手品ばっかしている奴がなに言ってんだよ? 俺らが必死に戦ってるってのに、お前はお子さまみたいに物づくりで遊んでんのかぁ? ふざけんじゃねぇよ!」
――手品だと?
――お遊びだと?
人が汗水たらして築き上げた俺のかわいい発明品たちを愚弄するのかコイツは。
ふつふつと込み上げてきた怒りを抑えるために俺は膝の上で握りこぶしを作って、表情が顔に出ないようにした。
「ちょっと、そこまで言わなくていいでしょ!?」
そう言って俺を庇おうと名乗り出たのは、帝国の隣国にあたるイプシルタ神聖国出身にして冒険者随一の実力を誇る聖女エリスだった。
「そこまでもなにも、この無能が僕のパーティーに紛れ込んだ役立たずだという事実を僕は告げているんだ! 現にこの無能が戦って姿を見たことがあるかぁ?」
「そ、それは……」
「それ見たことか。戦えない無能は勇者候補パーティーにはいらないんだよ」
ジッタはエリスの反論に耳を傾けることなく言葉の暴力でねじ伏せる。
仲間の声すらも聞けないようじゃ、これ以上コイツになにを言っても無駄だろうな。変に言い返すくらいならささっと抜けてしまったほうが気が楽だ。
「こんな物づくり野郎の面倒を見ているくらいなら、そこらへんの剣士や盾役を雇ったほうがまだ幾分かマシだってんだ。お前みたいな奴は故郷にでも帰ってその訳のわからない玩具を作り続けていればいいんだよ」
「ジッタ……貴方ねぇ!」
「もういいよ、エリス。今の奴に語りかけたところで時間の無駄だ」
懸命に庇おうとしてくれたエリスの肩を叩くと、俺は席を立った。
その様子を彼女は大きな目を見開いて唖然と見守っている。
「それで? 抜ければ良いんだな、このパーティーを」
「ああ、そうだよ。皇帝には僕が伝えておいてやるよ、無能は帰宅しましたよーってね」
「……分かった、手間が省けて助かるよ」
ふと周りを見ると、ギルドの酒場にいた冒険者は何事かと俺たちの方をジッと見つめていた。どうやら、お邪魔してしまったようだ、楽しいお酒の時間を。
気に食わないことは幾らでもある、だがここで言い合った所で平行線を辿るだけだ。
我が子同然の機械たちを愚弄した奴の命令に従うのは癪だが、これ以上このギルドの空気を悪くするのも申し訳ない。
「それと――その武器と防具、置いていけよ。どうせお前には必要ないだろ?」
「ああ、そうだな。確かに必要ない」
そう言うと、俺は帝国から支給された鎧や剣をテーブルにおいてジッタに渡した。
ふと彼の顔を見やると、奴は身の毛がよだつような嘲笑を浮かべていたのだ。
初めてあった時は……こんな顔をするような奴ではなかったはずなんだけどな。きっと猫でもかぶって本性を隠していたんだろう。
「それじゃ、失礼するよ。世話になった」
「ほ……本当に行っちゃうの?」
「ごめんな、エリス。どうやらここに俺の求める居場所はないようだ」
俺はパーティーの奴らに背を向けると、ゆっくりとギルドの出入口へと向かった。
「はぁ、これで相当動きやすくなるわね。アイツの顔を見ないで済むと思うと清々するわ」
「なぁ、ジッタ。本当にこれでよかったのか? もう少し話し合ってからでも遅くなかったと思うのだが……」
「無能はさっさといなくなったほうがいいんだよ、ミシェル。魔法も戦闘もできない雑魚は今の俺らに必要はない、何せ俺らは勇者パーティー筆頭候補だからな! ハハハッ!」
俺はそんなパーティーの話声を聞き流して、深い溜め息をつきながらもギルドの外へと出た。
ある意味、当たり前なのかもしれない。今の世の中は魔法学を中心として成り立っているようなものなのだから。
けれども――
「お前たちは、機械を知らなさすぎるんだ」
愛してやまない物へと冒涜に対する怒りを昇華させるように、俺は去り際にポツリと呟いたのだった。
さて、これからどうしたものかな……。
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