第12話 クエルの町にて、歓待(前編)
僕がクエルの町に戻ると、住民の喝采に出迎えられた。
城壁や住居の屋根に沢山の人が僕を見て歓声を上げている。
「勇者様ーーー!! ありがとう!!」
「このご恩は一生忘れませーーーん!!」
「メチャクチャカッコよかったぞお!!」
「え、待って? メチャクチャ顔とスタイルがよろしいんですけど」
「素敵! 抱いて!」
…………抱いていいの?
歓声に紛れたセックスアピールに思わず耳が大きくなってしまう。
それをザコルさんに勘付かれる。
『やったじゃん。
童貞卒業おめでとう!』
「ちょっ……ど、どういうわけ!?」
『セシリアは一晩中俺が引きつけておくから、お前は好きにしろ。
俺からの戦勝祝いだ』
ザコルさんの声のトーンは悪だくみをしているときのそれだった。
僕は想像、いや妄想する。
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セシリアがいない→何をやっても文句言われない→町には僕に抱いてほしいと言ってくる女性が多数…………
「ぼ、僕はじめてなんですけど……」
頼りなげにそう漏らした僕の頬を撫でる細い指。
「大丈夫よ。おねえさんが手取り足取り教えてあげるから」
妖艶な美女が蠱惑的な笑みを浮かべる。
「あはは、英雄なのにざぁこ♡ ざぁこ♡ こっちの方はレベル1♡」
生意気そうな美少女が意地悪そうに僕を見下ろす。
「リスタ様ぁ! もう我慢できないのぉぉぉおおおお!!」
性欲を持て余した美女が獣のように僕に覆い被さり、僕は、僕はっ————!!
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『てなもんよ』
「な、なるほど!」
珍しくザコルさんの教えが役に立つぞ!
「そ、そういうことなら……で、でもどうしたらいいかな?」
『んなもん宿屋に泊まって部屋の鍵開けておけば向こうから飛び込んでくるさ。
目星の女がいるなら宿に入る前に目を合わせて、にっこり微笑んで小さく手招きしとけ。
一応、宿の主人に金握らせてブスや評判の悪い女は弾くようにしてもらえば完璧だな』
スラスラと語るザコルさんの言葉には実践に裏打ちされた真実味があって、僕のめくるめく妄想が実現する予感が————
『二人とも何を話してるの?』
セシリアが割って入ってきた。
「い、いや、別に……」
『ふーん。どうせザコルの事だからあの女の子のおっぱいがデカいとかそんなんでしょ』
『ハッハッハ、ご明察』
『言っとくけどね。
調子に乗ってその辺で女の子と関係持っちゃダメだからね。
女の子にモテるのは良いことだけど、大切なのは一番の女の子に好かれることなんだから』
「昔、恋人で軍団作れとか唆していなかったっけ?」
『アレは言葉のあやよ……
もう! ザコルがリスタに悪影響ばっか与えるからこういう注意しなきゃいけないんじゃない!』
『悪い悪い、ところでセシリア。
久しぶりの町なんだしちょっと遊びに行こうぜ。
幽霊が故の楽しみ方を教えてやるよ』
『えぇ……でもリスタがこの後歓待受けたり』
『これから伝説になるような男がいつでも俺たちに頼ってちゃ締まらねえよ。
かわいい子には旅をさせろ、ってな』
ザコルがそう言って僕にウインクする。
上手くやれってことだな……
「うん。大丈夫だよ。
マナーや世間の常識はセシリアに教えてもらってるし。
霊が見える力の誤魔化し方も暗記してる。
たまにはセシリアも楽しんできて」
僕がそう言うとセシリアは不承不承といった感じで引き下がる。
「まあ、修行も終わったし、生きてる人間と関わるのも大事だから一歩下がって見守るけど、さっき言ったこと忘れないでね。
いくら女の子が寄ってきても毅然とした態度で不用意なことしないように」
いつだってセシリアの距離は近く、とても気安く僕に話しかけてくる。
僕が子供の頃からの付き合いだから当然かもしれないけど。
分かってる、分かってる、と返事するとこのうざったさにどこか懐かしいようなものを感じた。
…………いや、そうじゃないな。
これは喪失感だ。
もう二度と取り戻せない、母さんへの慕情だ。
母親のように僕の世話を焼きたがるセシリアを見ると胸の裏側あたりがチリチリ焼け付く気がする。
忘れるな。
この力もこの体も、僕から母さんを奪った奴に復讐するためにある。
グッと奥歯を食いしばると、視界が戻った。
僕の前に上等そうな服を着た中年の男が歩み寄ってきた。
「私は町長を務めているクゥエル男爵家のボリスと申します。
この度はありがとうございました。
貴方様のご活躍がなければ町の民がすべてトロルに食い殺されていた事でしょう。
町を代表してお礼申し上げます」
かぶっていたハットを胸に当て、深々とお辞儀するボリス町長。
男爵と言っていたけど思っていたより腰が低そうで少し気が楽になった。
「僕の名前はリスタです。
人として当然のことをしたまでです」
僕がそう言うと町長は頬を緩めた。
「お若いのに立派なことで。
さぞかし立派な師匠に鍛えられたのでしょう。
どうか、心ばかりではございますが歓待させていただけませんか?
あなたのお話も是非お伺いしたい」
きたきたきた、と僕はワクワクが抑えきれなかった。