第8話 警告と覚悟(後編)
『リ、リスタっ!?』
セシリアが悲鳴を上げる。
無礼を働くな、って言いつけ破っちゃったから当然か。
ベントラさんは怒るというより怪訝そうな顔で僕を見ている。
ナラさんは呆れ、ザコルさんは面白がり身を乗り出していた。
「僕は冒険者になるつもりはなかった。
だけど、今は冒険者になりたいと思っている。
騎士の家に生まれ、父や兄の勇姿を見て育ったから、力を持たない人々を救う強き者に憧れがあったからだ。
僕が諦めて、忘れようとしていたなりたい自分を、セシリアが取り戻してくれた。
だから、嫌々言うことを聞かされているような同情しないでほしい」
そう言い切ると、ベントラさんは「ほう」と息を吐いた。
『操り人形ではない、ということか。
それは結構! 頑張って冒険者として精進しろ!』
「だから、話を終わらせないでよ。
あなたの言いたいことは分かった。
その上で、僕を弟子にしてほしい」
ピキピキッ、と音が聞こえそうなほど、ベントラさんのこめかみに血管がハッキリと浮かび上がる。
『バカモンがぁっ! 何ひとつ分かっておらんではないか!
お前がなりたい冒険者と英雄とは別物だ!
冒険者としてそれなりに強くなって自分の手の届く範囲で善行を積み、幸せな人生を送れば良かろう!
それとも何か?
才能があると言われて逆上せ上がったか!?』
「そうじゃない。
僕はただ————」
鬼のような形相の大男と向かい合っているのだから脚が震えそうになる。
頭を撫でることができると言うのは、頭を殴ることもできるということだ。
伝説の英雄の拳の味なんて知りたくもない。
それでも、僕は言い返さなきゃいけない。
「僕は! 自分ができることをちゃんとやりたいだけだ!
もし、僕がほどよく強くなって冒険者として成功して、家族や屋敷を持って暮らしているところに僕の力じゃ及ばない何かが現れて大切なものを奪われたら……あなたたちに教えを乞わなかったことを一生後悔するだろうから!」
『その考えが甘いわ! 力を得れば貴様は必ず後悔する!
孤独に苛まれ、語らう仲間もいない人生の終着点で!
英雄になんてならなければ人として生きて死ねたのに、と!』
「僕は大丈夫だ!」
『何故そう言い切れる!?』
語気を強めていく僕たちを心配してセシリアとザコルが間に割って入った、瞬間僕は叫んだ。
「英雄になっても! 僕は一人じゃない!
だって、あなたたちがいるんだから!!」
『『『『は?』』』』
四人が声を揃えて口を開けた。
ベントラも呆気に取られたように顔色が元に戻っている。
「あなたたちに鍛えられて、僕が英雄扱いされたり、英雄としての責任を求められたら、相談する。教えを乞う。
愚痴をこぼしたり、泣き言を聞いてもらったり、僕の相手をしてもらう。
イイよね? だって弟子なんだから」
僕の言葉にザコルが頬をヒクヒク震わせて笑う。
『こ、こいつ……堂々とアフターケア要求してきやがった……
ガキのくせに図太すぎるだろう』
「僕があげられるものなんてないし。
だったら嫌がられるまで欲しがるだけだよ」
『ふぇー……俺のガキの頃を見ているようでゾッとするわ。
人を頼る才能に溢れすぎていてコワイ』
と言いながらもザコルさんが僕を見る目が変わった。
おもちゃを気に入ってどう楽しむか思い描く子供のような、そら恐ろしい目だ。
ナラさんも目を細め、顔をしわくちゃにして笑い出した。
『フォッフォッ……素晴らしいクソガキじゃな!
たしかに死霊と交流できるヌシならばそれも可能じゃな。
我々は生きていた時代がそれぞれ数百年単位で離れておる。
生きとる頃にコヤツらと関わり合えていたなら、たしかに英雄としての生涯も少しは人間味あふれたものになったろうな』
「何百年とこんなところで遊んでいられるくらい仲良いもんね」
僕がそう言うと、ナラは唾を吐いた。
『ぺッ! コヤツらしかおらんかったからつるんでいただけじゃ。
じゃが、これからは貴様も加わるということか』
「うん。よろしくお願いします。
ナラ、師匠!」
僕がそう呼びかけるとナラさんは機嫌良く笑った。
『カカカカカカ!!
ベントラ! ワシはコヤツに賭けるぞ!
二度と人並みの生き方などできないよう徹底的に仕込んでやるわ!』
煽るように宣言するナラさん。
ベントラさんは眉間を指で抑えながら口を開く。
『……死者と関わり合って何になる?』
「もともと生きている人とも関わっていなかったし。
実際、セシリアがいなければとっくに死んでる。
全く関係のない赤の他人にここまでしてくれたんだ。
だから僕は信頼と感謝で彼女に応えているつもりだ」
ベントラさんと僕のやりとりをセシリアが涙目で見つめている。
『だとしてもだ。
死者を師に持ち、相談相手にするなどしていれば最早人らしい生き方などとは』
「それが僕のなりたい自分に近づくことだから。
家にいた頃の僕は見たくもない霊たちに怯え、いろんなものを諦めざるを得なかった。
父や兄の信頼とか、騎士の子として受けられた恩恵や教育とか。
僕の存在そのものを否定されたことだってある。
だけど、この能力のおかげでセシリアに出会えて、あなたたちにお願いすることだってできる。
僕はこの力を呪いなんかにしたくない。
この力を持って、僕が生まれたことをありがたがってもらえるような、そんな自分になりたいんだ。
だから、僕に強さをください。
お願いします」
僕は直角に腰を曲げて頭を下げて、お願いした。
思いの丈は打ち明けたとはいえ、了承してくれるかは別問題だと分かっている。
冒険者の祖と呼ばれるくらいの大英雄だし、見るからに頑固そうだ。
一度断ったものを翻すようなこと、してくれるのか————
『ベントラさま! 私からもお願いします!』
セシリアが僕の隣で頭を下げる。
目をやると地面に向けた彼女の表情は必至そのものだった。
『三英傑様方に御指南いただきたいなどと、何も考えず浅はかなことを申し上げておりました!
ですが、改めてこの子に力を授けていただきたいと願います。
この子を守るためでなく、この子の願いを叶えるために、御力をお貸しくださいませ!!』
「セシリア…………」
胸が熱くなって涙が出そうになる。
これほどまでの熱さで僕のことを想ってくれる相手が生者か死者かだなんて些細な違いだろう。
『ったく…………やめろやめろ!
俺はそういうのが苦手なんだ。
死んでも消えない後悔を思い出しちまう』
ベントラの指すそういうものがどれを指すのか分からなかったけど、僕とセシリアは顔を上げた。
『俺は……ナラほど賢くもねえし、ザコルほど言葉も上手くねえ。
だから教えてもらえるなどと思うな。
好きに盗め!』
「ベントラさん……」
感謝の言葉を返す前にザコルさんが僕の胸を小突いた。
『ありがとうございます、なんて言うには早いぜ。
俺たち全員、人の感覚が分からない人でなしだからな!
死なないよう頑張ってくれよ』
ナラさんが意地悪く微笑み呟く。
『じゃな。死ななければなんとでもしてやれるからのう』
ベントラさんは諦めたようにうそぶく。
『まあ、ナラがいるなら殺しさえしなければ最悪は避けられるか』
……三者三様に物騒なこと言うのはやめてほしい。