第6話 三英傑のほこら
牧場を出てひと月が過ぎた。
モロゾフさんはたくさんの食糧とロンの遺品である剣を僕にくれた。
寂しそうな顔をした彼と別れるのは辛かったけど、ロンも見守ってくれるし、お嫁に行った娘さんの家から跡継ぎをもらうことにしたらしいし、僕がいる必要もないと思った。
というわけで、今後の身の振り方を考えなくちゃいけないんだけど……
『懐かしいなー。
昔、私がここに来た時は四人パーティでね。
リーダーが僧侶だったんだけど、聖水なんてのを高値で買い集めてさ。
そんなのただの水じゃん! って言ったら悪魔呼ばわりしてジャブジャブ聖水かけてきてねー。
そしたら肌の調子が良くなるし、リーダーは私を崇め始めるしおかしかったなあ』
今のセシリアに聖水かけたら消滅するのだろうか?
と不謹慎なことを考えている。
僕たちはクエルの町という大きな町に辿り着いた。
牧場を出て、ようやくたくさん人のいる場所に来たのだけれど……
「ねえ、セシリア。
冒険者ギルドの登録もせずに何をするの?」
『まあ、慌てない慌てない。
ダイアウルフは倒せたけど、あんなのちょっと鍛えたら誰だって倒せる雑魚モンスターだからね』
「一流の冒険者が遅れを取るとか言ってなかった?」
『…………リスタにはもっと強くなってもらうわよ!
あのダイアウルフが101匹襲いかかってきても蹴散らせるくらいに』
コイツ、露骨に無視したな。
「まあいいけど、じゃあなんで街から出ていくのさ。
冒険者ギルドには武術を教えてくれる人もいるんでしょ。
その人達に教えてもらうんじゃないの?」
『ハ。本当に優秀な冒険者なら人に教えてる暇なんてないわよ。
どう考えても、私より優秀な師匠に出会える可能性はないわね』
「……じゃあ、この先にはいるの?
セシリアより優秀な師匠が」
『ふふん、まあ黙ってついてきなさい』
プカプカと体を浮かべて僕を先導するセシリア。
生き生きとしてるけど、この人も死者なんだよなあ。
喋れるし触ることもできるから実感が湧かないけど。
街からだいぶ離れたところにある山の麓にその洞窟はあった。
かなり広い入り口で馬車でも悠々と通れそうだ。
「ここにいるの? 師匠って仙人?」
僕が半ば笑いながら尋ねると、セシリアはキッと鋭い目で僕を睨みつける。
『私は寛容だから無礼な口叩いても良いけど、これからお会いする方々の前では礼儀正しくしていなさいよ』
「わ、分かったけど誰なのさ。
心の準備をさせてよ」
僕がそう言うとセシリアは洞窟の入り口のそばに建てられた石碑を指差した。
そこに書かれていたのは、
【ユーレミア史上、最も偉大で勇猛たる三英傑の功績を讃え、ここに祀る ユーレミア王国 十七代目国王ニコライ三世】
という古い文字だった。
「三英傑?」
『まさか、あなた知らないの!?
冒険者の祖『ベントラ』、賢者の中の賢者『ナラ』、最弱の英雄『ザコル』。
ユーレミア国民なら誰だって知ってる名前でしょう!?』
「そんなこと言われても……英雄譚なんてあまり読まないし」
『まったく……嘆かわしいわね。
自分の国の英雄くらい覚えておきなさいよ。
この方達がいなかったら私たち生まれもしていなかったんだから。
まあ良いわ。いきましょう』
そう言ってセシリアは洞窟の中に入っていった。
真っ暗闇の洞窟の中。
セシリアは闇に浮かぶように発光している。
僕はその光を頼りに進んでいく。
「でも、本当に居るのかな?
祀るって書いてた割に手入れとかされてる雰囲気じゃないんだけど」
『つくづく嘆かわしいわねー。
私が若い時なんて冒険者はみんなこぞって拝みに来ていたのに。
なってないわあ』
年寄りのような怒り方をしながら鼻を鳴らすセシリア。
それにしても、三英傑かぁ。
どんな人たちなんだろうか。
やっぱり、伝説になるくらいだから屈強で男らしい人たちなのかな?
と、想像して歩いていると、遠くの方からジャラジャラ、と石を混ぜ合わせるような音がするのが聞こえた。
その音は霊の放つ声のように頭に直接響く感じだった。
「三英傑が……奥にいる!?」
僕達は引き寄せられるように奥に向かった。