三日目
誤字脱字報告ありがとうございました。嬉しいです。
店長、酒で一度失敗してるんだから、もう飲まない方がいいかもね。
潜入二日目の終業後、相談があると店長を飲みに誘うとホイホイついてきた。
自尊心をボロボロにされた男は、大人しく従順そうな女に頼られたら相手が特に好みのタイプじゃなくても無碍にはしない。
お得意様になりつつある国家権力を振り回せる立場の人から「安全な店だから利用してくれ」と紹介されている居酒屋へ店長を連れ込んで、酔わせて色々聞き出した。
店長は地元の商工会に叔父と伯父がいるし、商工会の青年部はほぼ全員が幼馴染や先輩後輩の仲だった。だから希望してアンテナショップの店長として赴任して来たそうだ。
希望して来た赴任当初はやる気に満ち溢れた熱血マンで、それが余計にベテランにウザがられて空回り、嫌がらせ攻撃がエスカレートする悪循環になったようだ。
この店長は地元商工会とかなり親しくコネがあるために、商工会が関わる商品については地元から店に名指しで連絡が来るくらいだし発注にも関与できる。
だが、前の店長には発注権限は無かったそうだ。前の店長だけではなく、基本的にベテラン2名以外は発注権限を持っていなかったと言う。
確かに発注履歴の発注者は偏っていた。ほぼベテラン2名で、店長赴任後は店長がチラホラ、ごく最近から美人系三十代。過去に既に短期間で辞めたスタッフの名前もあったが、各人一回きりだ。発注したことでベテランの気に障り辞めるよう追い込まれたのだろうか。
店長が、アンテナショップの発注権限について知ったのは、店長の発注をベテランが渋々認めたのを見ていた美人系三十代から「相談がある」と終業後に誘われて同行したバーでの話からだ。
店長が来るまで発注権限がベテラン2名に独占されていたこと。発注者は販促品や試供品を貰えるから二人が権限を独占しているので、経験年数や能力とは関係ないことを美人系三十代から聞いたそうだ。
熱血マンな店長は憤り、アンテナショップ内の意識改革を志しながら勧められるままにグラスを重ね、そして気がついたら見知らぬ部屋で全裸で美人系三十代と同衾していた。
迂闊だねぇ。
全く記憶は無く、酷い二日酔い状態だったが、公僕単身赴任の既婚者である店長は、無罪の証明ができなければ不倫は職を失う失態だ。故郷には大事な妻と幼い子供がいる。
酒の上での過ちだから、「お願い」を聞いてくれれば胸にしまっておくと美人系三十代に言われ、店長は銘菓の担当をベテランから彼女に変えた。
その後のベテランたちから店長への嫌がらせを超えた攻撃が悪化したのは言うまでもない。
しかも、美人系三十代が男を従えるために体を使うことは今までに何度もあったそうで、ベテランたちも知っていた。
店長が急に彼女に利益を与えたことで、そういうことがあったのだと当たりをつけられ、ベテランたちにも脅されるようになった。
そんなことがあったのに私に誘われて潰れるまで飲んじゃう脇の甘さを反省すればいいと思うよ。
でも、発注権限の話を聞いて、前任者が口を割らない理由が推察できた。裏を取りに行こう。
この居酒屋なら酔っぱらいを放置して行っても大丈夫だろう。
店主も常連客も、元か現役かは分からないけど警察関係者にしか見えない。
店長から抜き取った店舗の鍵で、まだ暗い早朝のバックヤードへ侵入。
侵入と言っても事前に知事に許可は取ってゴーサインは出ている。私の予想通りなら地元で動いた方がいい事態が起きるかもしれないから、通話は繋いだまま。
店舗管理用のパソコンで過去の売上実績を確認し、発注履歴を再度確認。
やっぱり。
このアンテナショップで一番売上が高いのは、高価な冷蔵品だ。入荷数は多くないが、入れれば確実に出る人気商品で、切らさないように地元からも客からもお願いされるほどである。
次いで、単価がそれほどではないが数が出るのが銘菓。特に、出張先で土産を買う時間が無かった会社員がまとめ買いするなどで一気に在庫が減る日もある。定番品が品切れだとクレームが入ることになる。
ベテランたちは全商品の発注権限を独占していたようだが、特にこの2ジャンルは担当者として開店当初からのコネが発注先ともあり、「他の人の名前で発注が入ってもそれはミスだから送らないでくれ」などと話を通していたようだ。
美人系三十代が銘菓を発注できるようになったのは、店長が地元商工会に自ら紹介して担当替えしたからだ。
前の店長は、嫌がらせの一環で、ある日この2ジャンルの発注を止められた。
最も売上の高いジャンルと最も数が出るジャンルの商品が入荷して来ない状態にされたのだ。
この時点で地元の上司に報告相談していれば病むこともなかったのか、それとも既に病んでいたから相談も報告もできなかったのか。
入荷していないはずなのに、どちらのジャンルも平時と同様な売上実績がある。売上実績を操作したような数値ではない。おそらく、本当に商品は店頭に並び、客が購入した事実があるだろう。
ということは、誰かが何処かから商品を調達して販売していたのだ。正規の発注ルートは取らず。
どういう脅迫のやり取りがあったのかは私の想像の域を出ないから、事実だけを依頼主である知事に伝えると、早朝にも関わらずすぐに動いた。
半年前の知事選で初当選した新人だからか、まだフットワークが軽い。絶対に自分で動かない依頼主も権力者には多いんだけど。
私が早朝から店長の鍵で「出勤」していたのは、飲みに行って具合が悪くなった店長に掃除と早朝作業を鍵と共に託されたということにする。あのチョロ店長なら後から言い包めるのは簡単だ。一応居酒屋に電話して店主に口裏合わせを頼んでおく。快く協力を約束してくれた。
バックヤードには監視カメラが無いから私も自由に本業ができる。大丈夫かね、この店。金庫は別だからいいのかな。
スタッフの人選が人となりを重要視していないのは、金庫がある事務所は別の場所にあって、そこには地元から派遣された人しか入れないからなのかもしれない。
これだけ好き勝手やってるベテランたちも、現金の横領だけは手を出せないみたいだから。レジから金を抜いたら監視カメラに映るしね。
それが不満で地元から派遣された店長に嫌がらせするんだったりして。
トイレも含め店内全域をキレイサッパリ掃除した頃、知事から着信があった。庁舎出勤前にご苦労さまです。
結果は想像通りと言うかそれ以上に救いようがないと言うか。
正規ルートで発注していない商品を販売したことで脅迫されたのかな、くらいは想像したけど、ここまではちょっと。
療養中の前任者は地元県庁所在地の市立病院の精神科に入院中だった。自宅療養中にオーバードーズして搬送されたそうだ。勤務時間外は知事も意識が戻るまで病院で待機していたが、昨夜遅くに一命を取り留め意識が戻り、医師の許可が出たので先程話を聞くことができたらしい。
本人も、誰かに聞いてほしかったそうだ。
前任者の息子の将来の夢は警察官だそうだ。
身内に軽微でも犯罪の前歴がある者がいれば難しくなる夢だ。
夫は地元で喫茶店を経営しているが、妻の単身赴任後から従業員の若い女性との浮気が始まり、電話には出てもらえずメールなどは無視され、赴任先で困ったことがあっても相談できる関係や状態ではなかった。
赴任先での人間関係に悩みはしたが努力すれば報われるだろうと、「頑張ってしまった」ことで病んでいった。
自分が病んでいる自覚を持たないまま、発注権限の無い前任者は、人気商品が一切入荷して来ない状況に対応することを求められた。
店舗内では客から何か言われると全員が店長だからと前任者に丸投げし、電話での問い合わせやクレームも彼女が責任者として対応。
追い詰められ思考力が奪われた前任者は、自腹で通販商品を購入し、店頭に並べて販売した。
客からの問い合わせやクレームは無くなり安心した前任者の地獄は、その先にあった。
自腹で購入した商品を同じ金額で販売したからと、売上を金庫にしまう前に、自分が支払った分を抜いた。
売上実績はレジと連動だから合計金額が合わなくなることに気づいて翌日戻そうと、売上金を入れる袋に私物のバッグから出した封筒の中身を移すところをベテランたちに目撃され咎められた。
あなた達が発注してくれないからと事情を説明したが、前日に売上金の一部を抜いたのは事実。それを犯罪だと騒ぎ立てられ頭が真っ白になったそうだ。
自分のせいで息子の夢が絶たれる。と。
ベテランたちは、黙っていてほしければ自腹で購入した商品の売上金を寄越せと要求した。
自分たちがいいと言うまで自腹で購入して人気商品を売り続け、その売上金を寄越すようにと。
冷静な判断もできなくなっていた前任者は要求を飲み、定期口座以外の彼女名義の預金が底をつくまで、それは続いた。
いいと言われず止まらない要求に、息子の進学費用のための定期口座を解約しに銀行へ向かう途中で衝動的に車道へ飛び出そうとして保護され、休職の運びとなり、ようやく金を渡す日々は終わる。
ベテランたちは、発注先へは「女性の店長が厳しくて私達の判断で発注ができなくなった」と説明していたようで、各人気商品の製造販売元では店長の交代を歓迎していたと言う。
これは、人間関係の問題とかハラスメントなんかじゃないねぇ。
れっきとした犯罪だ。
知事に依頼内容の確認をすると、後始末は自分でやりたいと言うから、本日中に報告書を送りますと告げて通話を切った。
別料金で色々動けないことはないけど、私の仕事は調査だ。依頼されたのはここまで。
過去の三日以内で辞めたスタッフについても追加調査すれば、現在残ってるスタッフの余罪はまだまだ出そうだけど依頼内容ではない。
今の店長と前の店長が問題を報告しなかった理由も、二人がこのアンテナショップの店長を辞めたがった事情も解明したし、この店で問題を起こしたスタッフを処分できるだけの証拠も入手した。
あとは依頼主の政治家としての腕の見せ所だろう。
日の出時刻も過ぎて、そろそろ搬入口に業者が来るだろう。
店長に頼まれた新人パートは早朝作業に精を出しますか。
このまま無害な新人パートとしてこき使われながら過ごし、「後始末」で事態が動いたら驚いた顔をして、ほとぼりが冷めたら「田舎の祖母の体調が思わしくないので同居することにしました」とフェードアウトする予定だ。
私は予定通り駅のホームで新幹線を待っている。仮宿は解約し、次の仮宿へ荷物を送る手配も済んでいる。
例のアンテナショップの店長は、異動願いを取り下げた。
知事から「前任者から証言が取れたから」と、ベテランたちの犯罪行為を知らされ慰留を受け入れたのだ。店長の記憶の無い不貞行為については、無罪の証明もできないけど有罪の証明もできないから問題にしないと言われたのも大きかっただろう。そこまで泥酔してたら多分無罪だしね。
ベテラン2名とは県が示談を成立させたそうだ。前任者への脅迫恐喝は被害者の証言と状況証拠はあるものの、表沙汰にして捜査を入れなければ物的証拠を手に入れるのは難しいという理由らしい。
表沙汰になれば県のイメージも悪くなるだろうという政治的判断も絡む。
それでも相当額を示談金として取られたようで、ベテラン2名は夫婦共同名義の不動産を手放すことになり、どちらも離婚された。子供たちも成人しているからと、実に素早い縁切りだったそうだ。知事が友人の弁護士をわざわざ夫たちに紹介して差し上げたらしい。
知事も大事な部下であり県民を傷つけ苦しめられて、相当怒っていたのだとか。
あいつらまだ全額納めてないから毟る、と嬉々として報告してきた。この人もお得意様になりそうな予感だなぁ。
前任者には見舞金が支払われ、治療費は労災として処理するから戻って来ることになった。
ベテラン2名は当然解雇された。懲戒解雇だ。
『2名は共謀し店の商品や売上金を横領着服していたが、家族が弁済したので刑事事件にはしていない。ただし、動機手段とも悪質で県に多大な迷惑と人的被害をもたらしたために示談金の支払いが発生した』
という話に表向きはしたそうだ。本人たちにも了承させたらしい。
これで新聞にも名前は載らないし刑務所には入らないで済むけど、二人ともマトモな職場に再就職は無理だろう。県との示談だから、県の公式な記録にもこの内容で残っているんだよ。深く考えずに了承したんだろうな。
私がフェードアウトする前に、ベテラン2名の穴埋めで、地元の人材派遣会社から身許の信頼できる販売員経験者が3名来た。
解雇が2名なのに3名来たのはベテランたちが有能だったからではない。スタッフを総入れ替えする布石だ。
地元から派遣された3名がアンテナショップの業務に慣れたら、彼らを教育係として新人スタッフの募集をかける計画になっている。
新幹線に乗り込むと、マナーモードにしていたスマホが振動を伝えた。
面倒臭そうな仕事を紹介してくれる人物の名前が表示されている。
私とは別世界の派手派手しい名前。
「車内通話はマナー違反だよね」
電源オフ。
本日のお仕事はお休みだ。名物の駅弁でも買って車窓から景色を楽しもう。