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季節を連れてくるにおい

作者: 浦田茗子


 季節を連れてくるにおいが好きです。


   *


〈春〉

 近くの郵便局まで歩いていると、どこからか花の香りがしてきました。何の花なのかはわかりません。

 このころには、また猫たちの姿を見かけるようになり、心もやわらかくほころんでいきます。


 ある夜には、気が向いたので、駅から家まで歩いて帰りました。あかりもまばらな道を、黄色い電灯が照らしています。

 曲がりくねった道の途中、右手の畑から、湿った土と菜の花のにおいが漂ってきました。暗闇の中、菜の花たちが夜風に揺れています。ふだんは菜の花のにおいが苦手なのですが、その夜は幻想的でした。

 何日かして畑のそばを通ると、菜の花はみごとに刈り取られていました。畑にも私にも、ぽっかりと穴があいたようでした。


 春から夏にかけて、ふと、ほこりっぽい雨のにおいがすることがあります。雨上がり、急にもくもくと現われるにおいです。

 そのにおいがすると、季節がきちんと巡っているんだな、と安心します。


〈夏〉

 住宅を歩いていると、不思議に甘い香りがしてきました。甘いけれど、上品な香りです。

 家に帰ってから母に尋ねてみると、母は「クチナシじゃない?」と言います。WEB検索してみると、クチナシは白い花で、たしかに近所の家の庭にありました。空き家のような家の塀から、濃い緑の葉と白い花びらの木が見えました。その日はくもり、クモの巣でも張りそうな雰囲気で、これが六条御息所の香りか、とひとり合点がいきました。


 梅雨ごろの朝、家を出た瞬間、栗の花のにおいがします。

 あおくさいのですが、ああ今年も夏が来るんだ、と嬉しくなります。


〈秋〉

 秋が深まっていくなか、キンモクセイが、まるくかおります。

 知らない道を歩いていたとき、どこからともなく漂ってきました。そのとき、道端の彼岸花の真っ直ぐな緑の茎と、孤を描く赤い花弁が目に飛び込んできました。それ以来、私の中では、キンモクセイと彼岸花はセットになっています。


 落ち葉と土のけむりっぽいにおいもします。いつ、とは言えません。あるとき急に、忍び込んでくるにおいです。

 落ち葉の下、土の中の微生物たちの存在を感じます。


   *


 こうして綴ってきて、冬のにおいに思い当たらないことに気づきました。

 今、部屋の窓を開けてみると、風のにおいがしました。


2022年2月1日 改訂

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― 新着の感想 ―
[一言]  別の意味で荒れ果てたエッセイジャンルにおいて、本当の意味でのエッセイとか見ると、正気に戻ったような気持ちになります。  私にとってエッセイジャンルとは、怪しげな異国の地のようなもので、好…
[一言] 季節のにおい 素敵ですね。
2020/11/03 15:24 退会済み
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