物語を書き上げた男
男は、極短い物語を書き上げた。
題して「自転車屋の夫婦」
自転車屋の妻が言った
「お父ちゃん、今世間では何のおかげで
ドルを売って円を買うのが一番らしいで。」
それを聞いた夫は、
「おー、ホンマかいな!ほな、うちも早速ドル売ろか。」
妻は、ちょっと待ってやと夫に言い残し
奥の部屋へ引っ込んだ。
夫が新聞を読んでいる間、奥の間では、妻が何かを
持ち上げたり放り投げたりする音が聞こえた。
暫くして妻が戻って来て言った。
「お父ちゃん、今うちにあるドルこれだけや。」
「うーん、これ売ったらナンボになるやろなぁ。」
自転車屋の夫は、妻が持って来た
ハンドルとサドルをじっと見つめた。
男は、書き上げた物語「自転車屋の夫婦」を
早速投稿する事にした。
今、世界は物語を必要としている。
行き場の無い、遣り場の無い
閉塞感漂うこの世界で、人々のささくれた心を癒すのは
物語を置いて他には無いと
男は、信じて疑わなかった。