ハスターク その7
前回のあらすじ!
クロエの腕が吹っ飛びました
少し時間はさかのぼって障壁のそばにて。
「ええい、この障壁の魔術式は一体どうなっておるんじゃ!こんな非効率的な魔術式の組み立て方があるか!」
ベルは怒鳴っていた。
魔術式は普通、基礎的な式を基にして魔術師自身が使いやすくなるよう、主に魔術式に流し込む自身の魔力をどうするかという部分を変化させて使われている。
魔力は個人個人で異なった色をしているため、個人を識別する要素として使われるほどに精度が高い。魔力は主に火属性の魔術に適性を持つ赤、水属性の魔術に適性を持つ青、風属性の魔術に適性を持つ緑、雷属性の魔術に適性を持つ黄の四系統が存在しており、各人によってそれぞれ混じりあって複雑な色を成している。例外として魔物が持つ黒、どの属性にも適性を示さない無色が存在しているが、これらを人間が魔術に行使することはまずない。
しかしこの障壁の魔術式は赤、青、緑、黄のどれにも反応値が低く設定されており、代わりにそれぞれを複雑な配合で混ぜることでやっと反応するというものである。
「ええい面倒くさい!こんなもの魔力弾で打ち抜いてくれるわ!」
「ヒッヒヒヒ、それはおススメできませんよォ~」
「む!?」
いつの間にか、妙な男がベルの近くまでやってきていた。男は先程ベルに襲い掛かってきた男たちと似たようなローブを羽織っていたが、やけに細長い手足が目に付いた。
「何者だ、と問うのは無粋であろうな」と目をすがめてベルは男に問う。
「ヒヒッ、ええ、アナタの戦闘は先程見させていただきました。いやぁ、お強いですなぁ。ワタクシ、思わずブルってしまいました。ヒヒッ」
「ほう、味方を見捨てるとはなかなか非道いじゃあないか」
「味方……?ああ、あの雑魚どもですか。あんなもの、味方でも何でもありませんよ。駒ですよ駒。イーッヒッヒッヒッヒ」
「随分な言いようだな」
「ワタクシの作った対魔術師用のローブを着ておいてあのざまですからねぇ。まあそれだけアナタが優秀であったことの証左なのかもしれませんが」
「そりゃどうも」
「しかぁしワタクシの作った『来る者拒まず去る者逃がさずクン』の前には無力だったようですが」
「なんじゃそれ」
「ほら、今アナタが苦戦していたソレですよ」
「これもお前の仕業か……」
「ウッフフフ、外から中に入るのは簡単なのに中から外に出ようとするとアラ不思議、出られないという優れものですよォ」
「ごちゃごちゃと煩いやつだな。要するにお前を殺せばこの邪魔な壁は消えるんじゃろ?」
「フヒヒヒヒ!アナタが!ワタクシを!殺すぅ!?」
男はそう言いながらくねくねと踊り始めた。
「何がおかしいのじゃ」
「いやいやいや!アナタはワタクシの作品を破壊できなかったでしょう。だというのにその作り手を殺すなど、笑止千万というものですよ!」
「チッ」
「そ、れ、に、いくらアナタが優秀でワタクシに勝てるのだとしても駒どもとその障壁の解除、どのくらい魔力を使ったのでしょうなぁ。アナタの消耗はワタクシにも分かっているのですよ!」
「…………」
ベルは男の言葉に押し黙ってしまう。男の言葉は確かに正しい。
「ヒヒヒ、図星で声も出ないようですなぁ!さらにそこに追い打ちをかけるように絶望的な情報をドーン!」
男は更に声を張り上げるとバッ、と手を広げた。
「なんとワタクシ、人間ではなく『魔人』なのですよ!ヒーッヒッヒッヒ!」
そう言うと男は自分のローブを脱ぎ去り、魔人である特徴――病的なまでに青白い肌と額に生えた角をベルに見せつけた。
「フッフッフ、どうですかこの姿!人間よ、恐怖におののくがいい!ヒーッヒッヒッヒ!」
「…………」
「驚いて声も出ませんか!そうでしょうそうでしょう!」
「あー、うん、そういうことじゃったか。いや、うん、その可能性も考えたがその場合面倒くさいから後回しにしておったんじゃよなぁ」
しかし、ベルが見せた反応は男が予想していた反応と全く違うものだった。
「なぁーんで驚かないんですかぁ!面白くないでしょう!?」
「いや、お前みたいなのをさんざん見てきたからなぁ」
そのとき、広場のほうから巨大な魔力の爆発が二人を襲った。
「「!!」」
広場のほうを見れば、血のように紅い魔力の光が立ち上っていた。
「くっ……。まずいことになりおった」
「おおっとぉ、行かせないよぅ!ワタクシとの決着をつけるのです!」
思わず広場の方へ駆けていこうとしたベルの前に男が立ちふさがる。
「面倒なやつめ…………!」
「イッヒヒヒ!そういえば名乗っていませんでしたな。死ぬ前に聞く名前として心に刻みなさい!ワタクシはジイド!魔界八候が一人、ジルブスタン候の忠実なる部下、ジイィィィィィドォォォォォ!」
こうして、誰も見ていないところでもう一つの決戦が始まろうとしていた。
その少し前。
腕を切り落とされた少女は、肩口から噴き出ている血が顔にかかるのも気にせずに、地面に落ちた自分の腕を見つめながら恍惚とした表情をしていた。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ」
少女は声がうまく出ないのか、ひきつったような声をあげ続けている。
ナイフを構えた男はその様子をじっと見つめた後、再び少女に向かって突進した。そのナイフが少女の心臓に到達しようとした瞬間。
少女の肉体から強大な魔力が放出され、男は弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた男はすぐに起き上がると、少女がいた方を睨む。
そこには、赤い光の柱が立ち上ぼり、その中心には切り落とされた自らの腕を持って立つ少女の姿。少女は自らの腕を肩口に押し付けると、ぐるりと腕を回して見せた。
少女は、いや、少女の姿をしたナニかは男の方を見ると、ニィと嗤った。
◇ ◇ ◇
レオーネ・ラウフガングは、自分が『大賢者』と呼ばれていることをあまり快く思っていない。仲間を失い、ただ一人だけ生き残ったというのに、賢者と呼ばれもてはやされている自分のことを滑稽だとすら感じている。
その思いが、走る彼女の口からこぼれ出た。
「私は、何のために生き残ろうとしているのだろうな」
「……レオーネ様、民には希望が必要なのです。そのことを貴方は」
「ああ、理解しているとも。でもね、カエデ」
レオーネはそこで言葉を切って隣を走る少女に語り掛ける。
「私はこんな世界など正直どうでもいいのだよ」
「っ!それは…………」
「アルミナも、ミーシャも、エドモンドも、君の兄であるコノハも、みんな私を残して逝ってしまった。……私はね、いつ死んでもいいと思っている。死んでもみんなに会えるわけではないけれど、いないことをずっと感じながら生き続けるよりはずっといい」
「そ、そんなことを言わないでください!いつもの強気なレオーネ様はどこに行ってしまわれたのですか!わたしをそばに置いているのが辛いなら私は国へ帰りますから!」
それを聞いたレオーネは足を止め、そのことに気づかなかったカエデは少し進んでからレオーネを振り返った。
「私は、なぜ逃げているのだろうか」
その独白に答える者はいない、はずだった。
「それは貴様が死にたくないと願っているからだろう。……まあそんなことは関係なしに貴様の首をいただくがな」
そう言いながら、シルクハットをかぶった長身の男が突然現れた。
「っ!何者だ!」
刀を構えつつカエデが問う。
「俺はバルジャン。ジルブスタン様の命により、『大賢者』、貴様の首をもらい受ける」
◇ ◇ ◇
「―――――――!」
クロエの姿をしたナニカは、声にならない奇声をあげながら男をなぶっていた。男はすでに左腕が血にまみれてだらりとしており、他のところも大量に出血していた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
男の血にまみれた自分の手を舐めながら、少女の姿をしたソレは男に近寄っていく。少女の歩みはあくまで朗らかであり、血にまみれておらず、もう片方の手に抉った男の足の肉を持っていなければ花畑を歩いていると言われても違和感のない足取りであった。
「えへ」
先程まで片腕を切り落とされていたとは思えないほどに元気な様子である少女の姿に、男の足が半歩下がる。しかし、男の目に灯っている憎悪の炎は消えることなく燃え続けている。その炎に突き動かされるかのように男の足が一歩前に出る。
「あ、ああああああああああ!」
叫びながら男はナイフを少女に向けて突進する。ナイフが少女の胸に到達する直前、少女はその笑みを一層深くし、男の視界から消えてしまった。
「??」
どこに行ったのかとあたりを見回す男の胸から、ズボリ、という音が鳴る。何事かと見下ろした男の胸から、小さな手が生えていた。その手には、手からはみ出るような大きさの、赤黒くぬめぬめとした肉の塊を握られていた。その手が引き抜かれた瞬間、耐えがたい嘔吐感を覚えた男の口から血が吐き出された。
「ゴボ、ッハ」
急激に力が抜けて倒れる身体を止めることが出来ず、男は地に伏せる。なおもびくびくと震えている男を見下ろしながら、少女の顔が眠そうな顔になる。
「…………ありがと、ミア」
そう呟いたクロエは、レオーネが走っていった方を向き、首をかしげると、そのままぶっ倒れてしまった。
「…………血と、魔力が、足りな、い。……すぅ」
そのころベルは、宙を飛びながら襲ってくるジイドの猛攻から逃げ回って耐えながら、起死回生の機会をうかがっていた。
(切り札その二が決まれば確実にやつを倒せる。しかしそのための隙がぜんっぜんないんじゃが!?)
「イッヒヒヒ!何か企んでいるようですがぁ、そんなこと、このワタクシが許すわけがないでしょう!ヒヒヒッ!」
「面倒くさいやつめ……!」
ジイドは高らかに笑いながら上級魔術を乱発してくる。どうやら口先だけではなく実力は確からしい。今のところはまだふざけているようで凌げてはいるが、それもいつまで続くのか分からない。歯を噛みしめながらベルはひたすらに防御魔術や反する属性の魔術を放ち続ける。
「っ!ここじゃ!」
ベルは一瞬の隙をついて宝石をジイドの目の前に弾き飛ばす。
「それはッ!先ほど見ましたとも!」
ジイドは慌てることなく目の前に防御魔術を展開し、同時に魔術によって宝石を押しつぶす。宝石に刻まれていた魔術式が宝石の崩壊とともに作動するが、ボフン!という音を立てただけで終わってしまった。
「イヒ、イヒヒヒヒ!ざぁーんねぇーんでぇーしたぁー!アナタの企みごときこのジイド様が見抜けないとでも!?ワタクシの対魔術師ローブを燃やし尽くすほどのあの戦術級魔術ならワタクシの防御をぶち抜けるかもしれませんが、そのことに気が付いているのはお前だけじゃねぇんですよォ!」
「なるほど、それが地か」
「あぁん?」
起死回生の一手が潰された絶望の顔を見てやろうと意気込んでいたジイドが見たのは、なおも不敵な笑みを浮かべてこちらを睨みつけているベルの姿だった。
「テメェ、なんでそんな顔してるんだよォ!テメェの策はたった今!潰されたところだろうがよ!」
「潰された?何を言っているんだお前。私の策はここからさ」
「!?」
「《封印・解除》……喜べ、ちょっと本気で相手してやる」
そういった瞬間、彼女の周りに魔力が集まりだす。
(これほどの魔力、一体どこから……宝石か!チッ、ワタクシに宝石を打ち出したのは攻撃するためではなく、ただ砕かせたかっただけか!)
「しかぁしっ!アナタの魔術が完成する前にワタクシがアナタを殺してしまえばいいのですよォ!《ぶっ飛びやがれ!塵も残さずにっ!》」
そう叫ぶとジイドの周りに四つの大きな陣が現れ、回転しながら輝きを増すとベルに向かって極大の光線を打ち出した。
打ち出された光線は一瞬で視界を白く塗りつぶし、視界が元に戻った時、そこにベルの姿はなくなっていた。
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