ハナグモ遺跡 その2
異形は地を滑るようにしてクロエたちに近づくと、その腕を自在に振るう。ベルは杖を、クロエは剣を振るって対抗するが、グネグネとした見た目とは裏腹にかなりの強度を誇っているらしく、二人は異形の攻撃を弾くだけで精いっぱいだった。
「ちっ、私の打撃を弾くどころかクロエの剣戟すら弾くか……」
「…………ん、おもったより、硬い」
「私は魔術を封じられている以上、あまり戦力にはならないな。よし、私は下がるぞ」
「…………ん。…………そっちのほうが、やりやすい」
そう言ってベルは後ろに下がると、クヌギの側に戻って魔術で壁を作り始めた。
「えっと、あの人、一人で大丈夫なんですか?いえ私がそんなことを聞ける立場じゃなさそうなのは重々承知なんですけれども」
「むしろクロエは私がいないほうが実力を発揮できるはずだ」
「はぁ」
「…………感謝しろよ?別に私たちはお前を縛ったままここに捨て置いてもよかったのだからな」
そう言われて今の状況を再認識したのか、クヌギは体を震わせる。
「で、でも今はまだ守ってくださっているってことでいいんですよね…………?」
「一応な」
そっけなく返しながら、ベルは地面に陣を直接彫って魔術の行使の準備を整える。そして五本の腕の攻撃を避けていたクロエに呼び掛ける。
「クロエ、こちらはいつでも行けるぞ!」
クロエは目線だけでその言葉に答えると、一転して攻勢に出た。しかし異形の腕に何度斬りかかろうとも、そのたびに弾き返されてしまう。
「あれ、効果あるようには見えないんですが……」
「まあ見ていろ」
ベルの視線の先で、クロエの剣が再び異形の腕と激突する。その瞬間、剣は振りぬかれて腕が宙を舞う。切断面からは黒く濁った水のような液体が噴き出しているが、異形は気にした風もなく残った四本でクロエに攻撃を仕掛ける。
「…………くら、え」
銀閃が四つ。それだけで先程まで苦労していたのが嘘のように、異形の腕が切り飛ばされた。
「はへ?」
「な?見ているといっただろう」
「さっきの合図は何だったんですか?」
「壁の準備はできたから生き埋めだけは逃れられるぞ、みたいな」
「…………じっさいはつかわなかったから、よかった」
そこで異形を切り伏せた少女が何事もなかったかのように戻ってきた。
「そうだな。結果が出ればそれでいいだろう」
「無茶苦茶ですね二人とも…………」
「それはそうと、先程のあれはどうやったんですか?」
その後二、三の質問に答えたクヌギは「今のところ敵性無し」とベルに判断されて、拘束を解かれていた。
「…………りくつは、単純。…………いっかいで斬れないなら、何回も同じところを、斬る」
「簡単そうに言っているけど、あの速さで動く腕に一筋の剣先を合わせている。ま、私にはできない芸当だな」
「私には、じゃなくて普通の人はできませんよそんなの!一体クロエさんって何者なんですか」
「…………ひみ、つ」
わざとらしく小首をかしげるクロエの様子を笑いながら、ベルは先程襲ってきた異形の残骸を調べていた。
(基礎になっているのは人型の機械じゃが、そこに魔獣などの肉を加えることによって後天的に知性を持たせようとした、人工物を含んだ合成獣といったところか…………。厄介じゃな、これだけの精度で合成獣を作れるのならば、まだ存在していると考えるべきだろう……)
そうしてベルが思考にふけっていると、後ろから突然クロエが声をかけてきた。
「…………なにか、わかった?」
「ああ、いつも通り面倒事になりそうだということはな」
「…………たたかえる?」
「ああ」
「…………むふう」
どこか満足そうな顔をしたクロエはきびすを返すと、来た時と同じような唐突さでクヌギのもとへと戻っていった。
(まだこの前の戦闘の高ぶりが収まっていないのか。だとするとここでうまく発散できるとよいのじゃが)
そう思わずにはいられないベルであった。
「ところでお二人はどうしてこんなところへ?」
「ん?そういえば話していなかったか」
異形を打倒したクロエたちは脱出口を探して遺跡内を彷徨っていた。その後は襲われることもなく歩き続けていたが、その反面何の収穫もないまま時間だけが過ぎていた。
最初は静かについてきていたクヌギも、だんだんと静寂に耐えられなくなったらしくこの疑問をベルにぶつけてきた。
「私は魔術師ではあるが、同時に遺跡に興味があってな。研究者の真似事をしているというわけだ」
「ああ、なるほど。確かにこの遺跡、見た目だけならかなりそそられますよね」
「ああ、外にある柱も風化具合から見て七百年ほど経過しているようだが、その時代の遺跡にしては面白い紋様が彫られていたな」
「はい、そうなんです!あのような紋様が一般的になるのはあと百年ほど後ですが、その原型としてこの遺跡の調査価値があります。またこの遺跡の作成に携わった人々の生活に関しても何かわかるかもしれないと考えると私とっても興奮するんです!」
「…………なるほど、生粋の、けんきゅうにんげん」
「もちろんですよクロエさん!」
前を歩いていたクロエがぼそっと呟いたその言葉にびしっと指を指して反応しながら、クヌギはさらに続ける。
「私の実家は親族の多くが研究職についていたので小さい時からその方面に興味がありまして、私がこの道に進みたいと言った時も大きな反対をされることなく応援してくれました。私は特に三百年ほど前の二代前の魔王が隆盛を誇っていた頃に私たちの先祖が作った遺跡の柱が好きなんですよね」
「ほう、あの時代の柱か。魔王が勇者を阻み続けていた頃のはずだから……勝利祈願が刻まれていることが多いものだな」
「はい!先代魔王と三代前の魔王が悪行を尽くしていた頃にも同様の紋様が見られますが、この二代前の魔王の時のものが他の二代と違っていて面白いんですよ!」
「ああ、それは恐らく三代前の魔王の孫が先代魔王だが、二代前は純粋に実力でのし上がったためにより強く人々が勝利の祈願をしていたのだろうな。そしてその後に現れた先代の魔王が三代前の魔王の孫だということで同じ紋様、似たような文様を作ったと聞いている」
「なるほど、魔王の出生ですか。そちらの方面には疎いので勉強になりますね」
「まあ私も研究者の端くれで、私の専門は魔族の方に寄っている、というだけさ」
クヌギはベルの知識に感心したように頷くと、「私もまだまだですねぇ」と呟いた。
「そんなことはないさ。クヌギはまだ若いのだから学ぶ時間はそれこそ山のようにあるだろう」
「ベルさん、その見た目でそんなことを言うんですか?」
見た目十歳程度の少女はそのことには触れずにその顔に見合わぬ妖艶な笑みを浮かべていた。
そんな風に話していると、前方を歩いていたクロエが立ち止まって「…………ねぇ」と声をかけてきた。
「…………行き止まり、だよ」
クロエの後ろにはただ高く壁がそびえていた。
慎重に壁に近づいてその表面を調べてみたが、ところどころに何かが彫られていた跡はあるものの、その他には特に手掛かりになるものはなかった。
「転移の魔術陣があるわけでもなく、本当にここが行き止まりのようだな……」
「ここが遺跡の最下層なのか、それとも私たちが何か見落としているのか……」
ぶつぶつと言いながら壁を触っている二人を横目に、クロエは通路の壁を眺めていた。
「…………?」
なにかに気づいたようにクロエはぺたぺたと壁を触り始めた。すると壁の一部が突然横に移動した。
「…………ベル」
「んん?ってなに!?」
「…………こっちにみち、あったよ」
行き止まりを調べていた二人は駆け寄ってくると、クロエが見つけた道に入る前にその壁を調べ始めた。
「あ、ここに紋様のずれがありますね」
「む、本当だ。よく気が付いたなクロエ!」
「…………むふぅ」
得意げなクロエはそのまま見つかった道をまっすぐ進んで…………消えた。
「「は?」」
目の前で一瞬にして人が消えたところを見せられた二人の反応はきれいに分かれた。
「くっ…………!」
「えっ、ええええええ!」
すぐにクロエが消えたところへと駆け寄るベルと、突然のことに理解が追い付いていないクヌギ。
「ちっ、タネは単純だが、面倒な仕掛けだな」
「えっ、えっ、クロエさんは大丈夫なんですかっ!」
「ああ、見ろ」
ベルが指さす方には何かの陣が彫られていた。
「これは転移の魔術ですか……?」
「いや、隠蔽の魔術だな。これを破ると……」
そう言いながらベルが描かれている陣の一部を削ると、突然そこに大穴が開いた。足を一歩踏み出せば落ちる、というところに立っていたクヌギは声をあげて飛びのいた。
「ひゃっ!」
「かなり高度な隠蔽だったからクロエは気が付かなかったんだろうな」
「い、いやこれかなり高さありますよっ!こんな所から落ちて無事なわけないじゃないですか!」
「いや、私たちはクヌギに最初に出会う前にまあまあな高さから落とされたぞ」
「へ?私はそんなの経験してないですよ……?」
「なに?……いや、今はクロエを追うのが先決だな。掴まれ」
「へ?」
伸ばされた手を不思議そうに見つめるクヌギにしびれを切らしたのか、ベルはその手をぐっと掴むと、大穴に向けて飛び込んだ。
クロエは突然足元に大穴が広がった時には驚いたものの、すぐに空中で体勢を立て直して着地に備えた。そして危なげなく着地した彼女はすぐに来るであろう二人が来るまでの間に周囲を確認するために辺りを見回そうとした。
「…………?」
普段ならば見通せるはずの暗闇が遠く感じたクロエは、ミアを呼び出そうとした。しかし、普段なら打てば響くように答えるミアの反応が聞こえない。
「…………これは、まずい、か?」
「ふう、待たせたな、クロエ」
「…………ん」
高所からの落下によって腰が抜けたクヌギを半ば引き摺りながら、暗闇からベルが姿を現した。
「…………ベル」
「どうしたんだ?……ああ、なるほどな」
クロエが指さした壁には、それまで遺跡の壁に彫られていたものの風化してしまったものが完全な形で残されていた。
「魔術封じの紋様か。道理で魔術の効果が減衰させられるわけだ」
「…………ついでに、わたしはミアたちの声がきこえない」
そう言ったクロエはさらに暗闇の奥を指さす。そこには、まだ小さいものの赤い光が無数に蠢いていた。
「クロエは肉体強化とミアたちの恩恵を受けられず、私はこの姿ではほぼすべての魔術を封じられた状態。そんな状態を敵が見逃すはずもないな」
「…………ん」
二人の視線の先で、赤い光が光度を増した。
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