ハスターク その20
しばらくすると、クロエが「ん、むぅ」と小さな声でうめきながら目を覚ました。起き上がったクロエが横を見ると、隣にベルが座っていた。
「お、起きたかクロエ」
「…………んん、ベル?」
「おーう」
「…………ここは?」
「城壁の上じゃな」
「…………なんで?」
「さあ?儂が戦っておったらクロエがいきなり攻撃してきたんじゃよ。覚えておらんのか」
「…………ん」
それを聞くと、ベルは難しい顔をして黙り込んだ。しかしすぐに気を取り直すと、「クロエはどこまで覚えておるんじゃ?」と聞いた。
「…………広場でねむくなって、メアに会って、暗い部屋で起きた」
「かなり記憶が飛び飛びのようじゃな。まあいい、今は早くレオーネの所に戻らなくてはな」
「…………レオーネ?」
「そうか、そこも説明せねばならんのか。ええとな、今この街は魔獣の群れに襲われておる。恐らく狙いはレオーネじゃ。そしてそいつらは今生きている死体を利用して彼女たちを攻撃しておる」
「…………たいへん」
「ああ、クロエの準備ができたらすぐに戻るぞ」
「…………ん」
それからすぐに二人は走り出した。
「しっかしそううまくはいかないもんじゃよなあ」
「…………じんせい、そんなもん」
二人は生きている死体の群れに取り囲まれていた。前はもちろん、後ろや横だけでなくどうやら城壁の側面にもくっついているらしい。
「さっさと殺して先に進むぞ!」
「…………おー」
そうして二人の可愛らしい姿をした死神による虐殺が始まった。
まず初めに犠牲になったのは彼女たちの近くにいた錆蜥蜴の死体であった。クロエが飛びかかってきた錆蜥蜴の頭を素手で潰しつつ、その尻尾を持って振り回す。その横でベルが指を鳴らすと彼らの眼前に小さい火球が現れ、爆発を起こす。爆発で倒れなかったものはクロエが突っ込んでその鼻面を蹴り上げる。
錆蜥蜴の後ろから猪や虫の魔獣が襲い掛かってくるが、ベルの魔術によって焼き焦がされ、凍り付き、砕かれる。そんな広範囲の暴虐に対して、クロエのそれは決して目立つものではないが、ベルの暴虐に負けず劣らずのものであった。彼女は近づいてきた魔獣を素手で打ち倒し、ときに傷を負いながらも止まることなく魔獣たちを蹂躙する。
「あははははははは!!」
今しがた引っこ抜いた鹿の魔獣の頭を放り捨てながら、クロエは次なる標的に向かって突撃する。その後ろから魔獣が近づいてその牙を彼女に向けるが、魔獣の牙が彼女を襲う前にその体が何かに押しつぶされるように地面に沈む。
「ベルありがと」
「礼は後でたっぷりもらおうかのう」
「…………むぅ」
二人はまだ魔獣に囲まれながら、そんな会話をかわす。そしてそのまま再び魔獣たちの群れに突っ込んでいく。そしてそう長い時間をかけず、魔獣たちは再びただの屍となった。
「意外と時間を食ってしまったな」
「…………急がなくちゃ」
「そうじゃな…………面倒くさいし上から攻めるか」
突然魔獣たちの後方で爆発が起きたのを見たレオーネたちは、直後にベルとクロエが上から降ってきたのを見て全てを理解したような顔をした。
「ベルさん、さっきの爆発は君がやったのかい?」
「ああ、ちょっと足止めを食らったからこのまま地上を行くより上から来た方が早いかなと思ってね」
「…………うう、きもちわるい」
「……クロエのことは気にしないでくれ」
青い顔をしているクロエをよそに、ベルはレオーネと現状の確認をする。
「数自体は減らせているが、やはり操っている術者をどうにかしないことにはキリがなさそうだ、というのが私とマークの見解だね」
「ウェルキッドはどうしている?」
「休ませているよ。流石にあの傷では指揮官としても戦場に立たせにくい」
「となればなかなか状況は厳しそうだな」
「正直なところそうだね」
ベルはクロエの方をちらりと見ると一つ息を吐き、「難しいな」とつぶやいた。
「こちらとしても打てる手がないわけではないが、正直あまり使いたくない手なんだ」
「使いたくない手?」
「相手が死霊魔術を使っているのなら、こちらも死霊魔術を使えばいいということさ」
「それは…………この国の大臣として見逃すわけにはいかないな」
レオーネは苦笑いしながらベルに答える。死霊魔術自体は禁止されているわけではないが、その危険性から許可のない者が使用することは禁じられている。そのため使用許可のない者が行使した場合重い罰則が科せられることになっているのだ。
「これに関しては緊急時の一時的な使用の許可すら認められていないからな。君が死霊魔術を行使するというのなら君を捕らえなくてはいけないな」
「ああ、その通りだよ」
「そうなると正攻法しかないな」
「ああ、ナタリーを、いや魔人を見つけ出して拘束ないしは殺害するしかないな」
そのことをお互いに確認すると、二人は頷きナタリーを見つけるために作戦を練り始めた。
「《闇よ・我が求めに応え・死を招き・仮初の身体に・囚われよ》」
魔獣の死体たちがうごめく中で、ナタリーの姿をしたヴェルムは死霊魔術を行使し続けていた。
「はあ、数は依然こちらが優位とはいえ、あの二人が戻ってきたからには行動を考えないとな。とはいえそう複雑な命令を理解できないこいつらをどう使うか……」
そう言いながら小柄な彼女の姿は死体の群れに消えていった。
「…………妙だな」
「どうかしたのかい、ベルさん」
「いや、ここまで来てもまだ冒険者の死体を生きている死体としては利用しないのだなと思ってな」
「利用されたらされたでこちらも困るが、されていないことが気になるのか」
「あいつは私の前で確かに利用すると言ったんだ。まだ完全な劣勢ではないとはいえ、押し込まれている今の状況を打破するなら何らかの策を講じているはずだが」
そこまで聞いたレオーネはベルの言葉を引き継ぐ。
「特に策にも見えない突撃を繰り返すばかりなのは不可解だ、と」
「ああ」
「確かにそれは気になるが、今はそれよりもナタリーの居場所を探知する方がいいのではないか?」
「それはもうわかってるんだ」
「…………なに?」
「私の魔力探知はソナーじゃなくてマーキングだからな。もちろんソナーも使っているが、直接会ったことのある相手ならマーキングを叩きこむほうが後で探しやすいしな」
「ああ、相手のものよりも自分の魔力を探す方が楽だからな」
しかしベルは納得したようなレオーネに対して苦い顔をする。
「だがこれにも問題はある。私の魔力を感知するためにはある程度近づかなければならないし、そもそもこれ自体がかなり繊細な魔術だから何度も探知できるわけじゃない」
「それでも相手の居場所を探知できているのは強みだろう」
それを聞いてベルは首を横にゆるゆると振る。
「今はわからない。たった一回の探知だけで向こうも気付いたようだからな」
「まあ、そう簡単に解決するわけじゃないか」
「そうだな」
だが、とベルは強い口調で続ける。
「あいつの魔力は覚えた。今はまだ死体どもに宿された魔力が邪魔で見えにくいが、必ず見つける。絶対に、だ」
「ちっ、いつ付けられたんだ」
自身の身体を魔力で走査しながら、ヴェルムは毒づく。少し前、彼は自分の身体を走った何かの気配に気が付いていた。どうやらあの冒険者によって何らかの魔術による攻撃を受けていたらしい。
「あーあ、気が付かないなんてジイドあたりにどやされそうだよな…………いや待てよ、あいつって確か死んでるよ、な?ついでにバルジャンの野郎も死んでやがったから…………」
そこまで背を丸めながらぶつぶつ言うと、突如天を仰いで爆笑した。
「ふははははははははははは!!!!いいぞ、いいぞ!これであいつらを殺せる!」
そう言うと彼は嬉々として地面に何らかの魔術陣を描き始めた。
「ははは!あいつらの驚く顔が今から楽しみだぜ」
「見つけた」
「さて、完成だ」
ナタリーの居場所を発見したベルは、レオーネやマークを集め次の行動を話し合っていた。
「ナタリーは奥の方の、この辺りにいる。まず冒険者たちは周りの死体どもの処理を頼む。その間に私とクロエがここまで突っ込んでナタリーに対処する。終わったら合図する。そうしたら、二人は手はず通りに行動してくれ」
「ああ。君たちの強さは知っているが、くれぐれも気を付けてくれ」
「マークとレオーネには私たちより負担が重い仕事を請け負ってもらったんだ。私たちは失敗しないよ。…………じゃあクロエ、行こうか」
「…………ん」
そうして二人は魔獣たちの前に立つ。
「キヒヒ!ちょうどいい隠れ蓑があって助かったぜ。これを使ってまずは冒険者どもを殺して殺して殺しまくって、最後に『大賢者』だ」
嗤うヴェルムの後ろには、影のように控える二人の冒険者がいた。その瞳に生気はなく、明らかに死んでいる。しかし隠し切れないその禍々しさがその無表情にどこか凄みを与えている。
「お前らが現世にしがみついてくれていて助かったぜ」
「……オレ、コロス、アノガキ、コロスゥ」
「…………」
「まあいいさ。お前らの貢献はちゃんとジルブスタン様に伝えておくよ。その代わりしっかり働けよ?」
「…………ゥ、アア」
「……ッグ、ガアァ」
「それでいい。お前らは好きなように暴れろ。もとより魔獣の死体など数には含めていないんだからな」
「は、ははっははははははははは!!!!《砕けろ》!《潰れろ》っ!《弾け飛べ》ぇっ!」
「…………えい、やあ、とーう」
「あの二人が進むのに、俺ら必要か……?」
目の前の魔獣を文字通り叩き潰しながら、クロエとベルは突き進む。その様子を見ていた冒険者が漏らした愚痴に、ベルは大声で返答する。
「私たちとて無尽蔵に魔力を持っているわけじゃないからな!なるべく君たちが殺してくれるとありがたい!」
「…………了解っす。お前ら、やるぞ!」
「おう!」
そう頼もしく答えた直後、吹き飛ぶ魔獣の姿を見て冒険者の顔が引きつったのは言うまでもない。
「んー、やっぱ俺の位置はバレてるっぽいな。よし、ジイド、テメエ先に行ってこい」
「コロス、コロス、コロォス!!」
「ああ、いいね。その意気でサクッとやってくれ」
その言葉を受けたジイドの魂を持った冒険者の死体は、膝を縮めると土ぼこりを上げて飛び上がった。
「…………なにかくる」
「なに?」
「……さん、に、いち」
そして、彼女たちの眼前に一人の男が降ってくる。
「…………ぜろ」
「コロスコロスコロスゥ!ソコノガキ、コロスゥ!」
「これが貴様の利用方法か、ナタリーっ!」
そして男は、狂気の瞳をベルに向け睨みつける。
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