ハスターク その10
前回でバトル展開は終わったのにハスターク編の折り返しにすら来ていないという事実
「こちらの部屋です。中に一人先客がおりますのでその反対側のベッドを使っていただければよろしいかと」
「ああ、ありがとう。うちの従者がだいぶ重傷でね。かくいう私も魔力欠乏症一歩手前なわけだが」
「襲撃に関しましてはこちらの不手際です。申し訳ございません」
マークはレオーネを部屋に案内すると、彼女に向かって頭を下げた。
「頭を上げてくれ、支部長。このような事が起こる可能性は常に私に付きまとっている。君たちの責任ではない」
「ですが…………」
「…………どうしても責任を取りたいというのなら、そうだな、ある人を探して、彼女に褒賞を出してやってくれ。私たちを助けてくれたんだ」
「女性、ですか」
「女性と言うより少女だがね。……ああ、もう一人助けてくれた人がいるけれど、そちらに関しては私個人との契約だから、君たちに頼ることはない。まあ彼女ならすぐにここに来るだろうけどね」
そう言ってレオーネは部屋に入り、「君は!」と驚きの声をあげた。
「ど、どうかなさいましたか?」
「いや、彼女が私の探していた人なんだ」
「…………は?」
マークは彼女と眠っているクロエの顔を繰り返し交互に見つめた後、ポカンとした顔をした。
「うぅ、やっと帰り着いたのじゃ…………」
「何やら騒動があったようだが、無事だったのだな」
ベルが宿に戻ってくると、受付で主人が座ったまま本を読んでいた。
「ああ、心配してくださってありがとう。私は無事だが、相方とはぐれてしまってね。しばらくすれば帰ってくるだろう」
「そうか」
「そういうご主人はずっとここにいたのかね?」
「ああ、私も年だからな。人混みに紛れてまで『大賢者』を見たいとは思わんよ」
「そうか」
ベルが会話を終えて自分たちの部屋に戻ろうとしたとき、主人よりも少し年若い男が息を切らしながら宿に駆け込んできた。
「ジャン、ちょっと一緒に来てくれないか!」
「リート、どうしたんだ。そんなに急いで」
「ゴドーが、あんたの息子かもしれないやつがいるんだ!確認してやってくれ!」
その言葉に顔色を変えた主人は、老体に似合わぬ機敏な動きで宿を出ると、やってきた男の先導でどこかに向かっていった。
「……………………ふむ」
その様子を見ていたベルは、このまま宿でクロエを待つか、主人たちを追いかけるか少しの間考えて、宿を歩いて出ていった。
宿を飛び出した二人はどうやら広場に向かっていたようで、ベルは広場に向けて歩いて行った。ベルが広場に到着した時、組合の職員であろうと思われる人物と宿の主人が言い争いをしているのが見て取れた。
「だから、現場検証のためにも一般の方を広場に入れることはできないんです!」
「頼む!本当に私の息子なのか、少し顔を見せてくれるだけでいいんだ!」
「ですから!」
その言い争いをしている人物に見覚えがあったベルは、ちょこちょこと歩いて近づいていくと声をかけた。
「おや、先日は手間をかけさせたな」
「あなたは…………ああ、支部長が絶賛していた子の相方の方でしたか。ちょうどいい、あなたの相方さん、かなりひどい傷を負って組合に運ばれましたよ」
「は?いやいやまさか」
「いえ、多分血痕だけならまだ残っていると思いますよ。見ます?」
「ああ、まあ…………」
するとそこで主人が職員に噛みついた。
「どうして私はだめでそこの女の子は許可されるんだ!」
「彼女は冒険者ですし、彼女の旅の連れ合いの方がここにいたことも事実です。その事を私たちは知っているのでこのように許可を出しています。しかしあなたの言い分は非常に曖昧で真実とも嘘ともとれません。そのような方に現場を荒らされるのは困るのです」
職員としては、出きる限り誠実に答えたつもりだったのだろう。しかし、その言葉は男には通用しなかった。
「私が嘘を言っているというのか!」
「いえ、ですから……」
「頼む!私の息子であるかを一目見せてくれるだけでいいんだ!だから!」
堂々巡りを続ける職員と男の会話に、ベルは割り込んで男に問いかける。
「なあ、ご主人、その息子さんの顔を私が見てこよう。その上であなたが判断されればいい。《水鏡》であればそこからでも写せるだろう」
「う、うむ。なら、お願いしたい」
その答えを聞いたベルが呪文を唱えると男の目の前と自分の手元に水で出来たお盆のようなものが出現し、それを確認したベルは職員に連れられて歩いていった。
「そういえば、彼が息子かもしれないと言っているのはどこにいるんだ?」
「ああ、それでしたら目的地は一緒です。あなたの相方の近くに倒れていたのがその男性なんです」
「なるほど、それはちょうどいい。…………それはつまり、クロエが殺したということか?」
「その可能性も、否定できません」
「…………」
「ここです」
しばらく歩くと、 遠目にも大きな血痕が残っている場所が見えてきた。
「随分と残っているな」
「ええ、先程運び出したばかりでして」
「なるほど。……それで件の男はどこに?」
「こちらに」
そう言うと職員は血痕の少し離れたところに倒れている、胸に穴の開いた一つの死体を示した。
「ほう、なかなかいい男だな」
ベルは躊躇なく死体を仰向けにすると、その顔を水鏡に写して待っている男に見せた。
「このくらいで大丈夫か。よし、戻ろう」
戻ってきたベルたちに対し、男は「確かに私の息子だった」と告げた。
「私の息子は私の生き方に反対し、この街を飛び出しました。しばらくして一度だけ、結婚して子供が生まれたという報告の手紙がありましたが、それ以降は一度も音沙汰がありませんでした。だから、帰ってきたと聞いたとき、一度でいいから話がしたかったんです。もしできなかったとしても、顔が見たかったんです」
男は静かに涙を流しながら、そう、告げた。
涙を流す宿の主人をリートと名乗った男が連れていくのを眺めながら、ベルは一人立っていた。
(主人の息子、ゴドーといったか。彼を殺したのは恐らくクロエじゃろうな。あそこで見た魔力はメアのものだったということは、メアによって催眠状態にされていた可能性はあるが、クロエがそう簡単にメアを解放するはずもない。それだけ死にそうな目に遭ったということなのじゃろうな。まあ実際死にかけておるようじゃし)
頭の中でつらつらと考え事をしていた彼女は、誰かが近づいてくる気配に振り向いた。
「なんだ、君か」
「なんだとは失礼ですね。…………あなたに言われてこの男を調べてみましたが、これといって特筆すべき経歴は見当たりませんでした。ただ、魔王軍に自分の妻と息子を殺されているようですね。典型的な《反勇者陣営》といったところでしょうか。しかし他に倒れていた連中は彼の思想に同調しただけの者も多く、カリスマがあったことが伺えます」
《反勇者陣営》とは、その名の通り勇者の一団に対し「彼らの魔王の討伐が遅れたせいで自分たちやその家族が危険な目に遭ったのだ」という考えに基づいて各地で活動している人々の総称である。
「しかし、この経歴を見る限り『大賢者』様を襲撃できるほどの武力をそろえるのは非常に難しかったはずなのですが」
「そこは裏に協力者がいたのだろうな」
この事件の裏で魔人が暗躍していたこと知っていたベルは、そのことを全く感じさせないような声音で答える。
「協力者ですか……。そうなるとこの件はまだ終わっていない可能性がありますね」
ベルはその言葉には言葉では応じず、ただ肩をすくめてみせた。
そのころ組合では、レオーネとカエデが小声で話し合っていた。
「あの子も私の命を救ってくれたことは間違いない。でも彼女が目を覚まさない以上、私から押し付けることはできないのよ」
「レオーネ様からの褒美を拒否するような冒険者は滅多にいないと思われますが」
「それでも押し付けるのは流石に…………」
「いつになく弱気ですね。いつもはもっと毅然としていらっしゃるのに」
「い、いやそんなことはないだろう」
ベッドとその隣の椅子で言い争いをしていると、反対側のベッドから身じろぎするような気配が伝わってきた。
「……………………う」
見れば、少女の目が虚ろながらも開いている。そのまま彼女の目は部屋の中をさ迷うと、レオーネの方を見てかすかにニコリと笑い、そのまま目を閉じてしまった。
クロエは、暗いところでぼんやりとしていた。
(…………なにを、してたんだっけ)
なにか、大切なことをしていたような気がするけれど、それが何だったのかうまく思い出せない。この症状は、きっとメアに頼り過ぎたからだろう。
記憶が砂のようにこぼれていく。代わりに昔のことを思い出す。母親。父親。泣き叫ぶ人々。燃える家。押しのける大きな手。目の前に立つ異形の生物。じめじめした部屋。何かを言っている白い服の男。ぼこりと頭の中に泡のように現れては消えていく。
(…………さい。…………なさい)
ああ、うるさいな。もっと気持ちよく寝ていたいのに――。
「起きなさいって言ってるでしょ!」
「…………う?」
「ああ、やっぱり反動が大きすぎたわね。自分を見失いかけてる」
そこには、金色の絹のような髪を大きく広げた黒いドレスの女性が浮かんでいた。
「……………………メア?」
「そうよクロエ、貴女のメアよ」
そう言うとメアはクロエと目を合わせ、その紅い瞳を妖しく輝かせる。するとすぐにクロエの目がトロンとしたかと思うと、そのまま首をカクリと落としてしまった。
「ウフフフフフ」
メアがそんなクロエを抱き締めると、クロエは闇の中にずぶり、と沈み込んでその姿は見えなくなってしまった。
クロエが気がつくと、どこかに眠らされているようだった。目を開いて周りを見回すと、向かい側のベッドの横にレオーネの姿が見える。
(…………ああ、レオーネ、無事だったんだ。……よかった)
そんなことを考えながら、クロエはまた眠りにつくのであった。
「ねえねえねえねえ、クロエちゃんは大丈夫なのかしら?」
「心配だわ、心配だわ。私とーっても心配だわ」
「メア、クロエは大丈夫なのかい?」
メアがクロエの意識を呼び戻した後、『部屋』に帰ってくるとそこにいた三人から矢継ぎ早に質問が飛んでくる。メアはせっかちな三人をたしなめるように手を振ると、三人と同じテーブルについて口を開く。
「大丈夫、私が失敗したことなんてないでしょ?クロエはちゃんと自分を見つけたはずよ。今はただ寝ているようだし、すぐに魔力も戻って肉体の方も治るはずよ」
するとメアの左隣に座っていた気難しそうな男がやれやれといった風に彼女に語り掛ける。
「今回は君の不注意が原因ですよ?魔力を封じられていることは僕らだってわかっていました。そんな中で君の自動再生を連続で使用するような状況に陥ればクロエの魔力がすぐに尽きてしまいます。今後は気を付けてください」
「メアはうっかりさん!」
「うっかり!うっかり!」
「うるさいわよ引きこもり姉妹!」
「メアが怒ったー!」
「怒った!怒った!」
メアの正面と右隣に座っている少女たちがケラケラと笑いながらメアを指さす。その様子に初めに語り掛けた男がたしなめるように声をかけた。
「フローリア、フレーニカ、あまりメアを責めてはいけません」
「シュバルツはいつも甘い!」
「甘々ー」
フローリア、フレーニカと呼ばれた少女たちはシュバルツと呼ばれた男性にも文句を言いだす。その様子を見ながらメアは肩をすくめると、テーブルの上に用意されていたカップを手に取り口をつける。
「…………」
どうやらシュバルツはメアが好きな味の紅茶を用意してくれていたらしい。
(なんだかんだと言いつつ、シュバルツは私のことを心配してくれているのよね…………。なんて、そんなことが分かってしまう辺り、お互い難儀な性格よねぇ)
結局姉妹に説教をしているシュバルツを見ながら、メアはカップを傾ける。少しだけその頬を緩めながら。
その日の夜のこと、レオーネが読書を楽しんでいるとドアがノックされた。
「どうぞ」
彼女がそう声をかけると、ドアがゆっくりと開いて少女が顔を出す。
「おや、『大賢者』様ではないか」
「ベルさんでしたか。謝礼なら少し待っていただきたいのですが……」
「ああいや、それも大切ですが、うちの相方の様子を見に来たんですよ」
「相方…………?」
「ほら、そこのベッドで幸せそうに眠っているそいつです」
「あら、そうだったのですか」
ベルはレオーネに微笑むと、そのまま眠る少女に近づいて顔にかかっていた髪を払うと、ベッドの横にあった椅子に腰かけてじっとその顔を見つめていた。
「…………ベルさん」
「どうかしましたか?」
その様子を見ていたレオーネは、ベルにあることを聞こうと口を開いた。
「そこに眠っていらっしゃる女の子…………彼女は一体何者ですか?」
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