ハスターク その9
ここ(前書き)を書くのに悩んでいます
「それが貴様の策か。見たところ、何かの魔術を即興で改変してみせたようだが」
「ええ、私の読みが正しいなら貴方を倒せるはず」
「随分と余裕だな。それを外せば一気にこちらに戦況が傾くかもしれんというのに」
「なら外さなければいいだけのことだ」
「ク、クハハハハハハ!面白い、その余裕がいつまで続くか見ものだな」
それまで全く相貌を崩さなかったバルジャンが顔を押さえて笑う。しかしすぐに元の仏頂面に戻ると低く告げる。
「ならばその策が完成するまでに貴様を殺せばいい。ただそれだけのことだ」
「!」
顔を険しくしたレオーネに向けて、バルジャンが走り出そうとしたその時。
「私の策はもうすでに完成している」
その言葉と共に、バルジャンの四方に魔術陣が出現する。さらに上にも陣が出現し、バルジャンの足を強制的に止める。
「ならばっ」
彼は地面を破壊しようとするが、そこにも陣が現れる。
「くっ」
「とどめだ」
レオーネがそう告げると同時に陣が光りだし、内側に向けて収縮すると、直後に大爆発を起こした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
レオーネは爆炎の中を何も言わずに見つめている。しかし、その目が大きく見開かれる。
「さすがに危なかったな。……しかし、ジイドの奴に助けられるとは」
爆炎の中から立ち上がるバルジャンを見ながら、レオーネが毒づく。
「くっ、しぶといな」
「いや、なかなかいい策だった。俺がこの『ポケットスペース』を持っていなければ死んでいたな。……ふむ、やはりこれは使いきりか」
バルジャンは手に持っていた小さな石のようなものをレオーネたちに見せたが、それはすぐに崩れてしまった。
「さて、見ての通りだ。今の術をもう一度使えば俺を殺せるだろう。しかし今の貴様にそれだけの余力が残っているのか?」
「はぁ、はぁ……。大きなお世話だ」
「フッ、言い残す言葉はそれでいいのか?」
そう言いながらバルジャンは姿勢を低くし、獣のように突撃する意思を見せる。
「下がっていてください」
膝をつくレオーネの前にカエデが立って刀を構えるが、それでバルジャンを止めることができないことは二人ともわかり切っていた。
「二人で死にたいということか。いいだろう、一思いに殺してやる」
瞬間、バルジャンの姿がカエデの目からかき消える。思わず体を引いたカエデの目の前にバルジャンの笑みが現れる。そのことを認識した瞬間に腹部に熱いものが広がる。
「がっ、は」
たまらず血を吐いたカエデを横目にバルジャンはレオーネに向かう。その間には一歩ほどしか存在しない。その目は彼の姿を追っているが、肉体がそれについていけない。バルジャンは、直後に感じるであろう肉を裂く感触を確信してその笑みを深める。そしてその爪が彼女の肌に届こうとした瞬間。
「!」
その手は小さな影が発動した防御魔術によって防がれる。すぐにバルジャンは飛びずさり、その影から距離を取る。
「……俺の邪魔をするとは、命知らずなやつめ」
バルジャンは影に向かって憤りを隠そうともせずに言い放つ。
「私だってさっさと宿に戻りたいんだ。でもそこの長命種を見捨てると後々私の相方が手が付けられないほどに怒りそうだったからなあ」
ベルは頭を振りながらやれやれといった様子でバルジャンに返した。その少女の姿を見上げていたレオーネは、不思議そうな顔をしながら問いかける。
「私が膝をついているのに随分と余裕なのね。アイツ、とても強いわよ?」
「知っている。そこの腹に穴の開いた奴が人形を破壊しまくるのも、そこの男が人形をひたすら量産するのも、お前が全力の魔術の放ってそれが躱されたことも、全てな」
「あなた、ほとんど最初から見ていたの?全然気配に気が付かなかったけれど」
「気配遮断くらい覚えている。…………そろそろいいか?向こうも体勢を立て直したようだからな」
見れば、先程見せた怒りはどこへ行ったのか、すでに元の仏頂面に戻ったバルジャンがこちらを睨みつけている。レオーネは息を一つ吐いて少女に告げる。
「ねえ、私たちを助けてくれないかしら。あなた、冒険者でしょう。なら、その筋はきっちり通すから」
その言葉に、ベルは目を丸くした後、ニヤリと笑ってみせた。
「ほう、どこの誰とも知らないやつに助けてくれ、とは『大賢者』様は随分と剛毅だな」
「当たり前でしょ。私は世界を救った――ということになっている。なら、こんなところで足を止めるわけにはいかないのよ。…………アニエスや、みんなのために」
「…………」
「どうかしら?」
レオーネの目をじっと見つめたベルは、スッと目を伏せると「いいだろう」と言った。
「ただ、きっちりと請求はさせてもらうからな」
「ええ、構わないわ」
「交渉成立、だな。…………ああ、私はベル。ベル=フェイドだ」
「私は、名乗らなくてもいいか」
その言葉に頷きつつベルはバルジャンの方を向く。
「ああ。…………やあ、待たせたね」
「まったくだ。俺は早く帰りたいというのに」
「奇遇だな、私もさ」
「なら、早く始めよう。ついでだ、貴様も殺して首を飾ってやる」
「できれば魔王城の玉座の後ろに飾ってほしいね」
「貴様の首にその価値があればな」
そう言うと、彼の足元が爆ぜる。そして彼の姿が消えると同時にベルの目の前に現れる。
「シッ!」
「ほう、なかなか速い。なら、これはどうかな?」
ベルはバルジャンの腹部に手のひらを当てると、「ハッ」という掛け声とともにねじ込んだ。するとバルジャンの身体がくの字に折れて吹き飛ぶ。
「くっ、今のは魔闘術か!」
「正確には少し手を加えているがおおむねその通りだ」
魔闘術とは、自らの肉体を魔力によって強化し、その拳や蹴りの威力を飛躍的にあげる魔術の一種である。しかしもともとの肉体が貧弱であるベルは底上げしても大してその効果を受けることができない。そのため彼女は魔力によって強化するだけではなく、その魔力を接触した時に爆発させることでより強力な衝撃を与えられるようにしていた。
「ハッ、セイッ、ヤッ」
そのまま畳みかけるように連続で掌打を放つベルに、バルジャンはだんだんと押されていた。防戦一方にならざるを得ない彼に対し、ベルは更に攻撃の手を強めていく。
(くっ、このままだと危ない……。しかしこの状況をひっくり返せる一手が思い浮かばない。そんなことがあるのか?考えろ……)
「思考をそらすなよ。痛い目を見るぞ」
「!?」
思考を読まれたかのように言われた言葉が彼の動きを一瞬縛る。そしてその隙に喉やみぞおちに拳が叩き込まれ、息が詰まる。しかし彼は朦朧とする意識の中でポケットの中にあったそれを掴むと、ベルに投げつけた。
投げられた球形の物体は空中で光を放つと、ベルたちの視界を奪う。
「!」
光を放ったのは一瞬だったが、その光が消えたとき、バルジャンの姿はすでに消えていた。
「………………」
「………………」
バルジャンの姿が消えてなお、ベルとレオーネは緊張感を解くことなく消えた空間を見つめていた。しばらくそのまま見つめていたが、誰からともなく詰めていた息を吐くと、途端に二人の身体から力が抜けた。
「もう大丈夫か」
「……おそらくは、な」
いまだ座り込んだままであるレオーネに向けて、同じようにへなへなと座り込んだベルが答える。しかし、そんな二人に弱々しい声が飛んできた。
「ゴホッ……。ならそこの冒険者、私の治療も頼みたいのだが……」
「「あ」」
カエデの傷はさすがに瞬時に治せるものではなかったため、ベルは応急処置をすると残りはこの街の病院に任せることにした。
「すまないな、私が不甲斐ないばかりに」
「あ、謝らないでください!私の行動に実力が伴っていなかっただけですので!」
地面に敷かれた敷物の上に寝かされているカエデに対してレオーネが頭を下げている。お互いに頭を下げあっている様子を見ながら、ベルはいつになったら宿に戻れるのだろうかと考えていた。
しばらくそのままでいると、組合の職員だという者たちがやってきてレオーネとカエデは組合の方へ向かうことになったが、ベルはそこで二人と別れて先に宿に戻ることにした。
「ああ、ベルさん。後でいいから私たちのもとを訪れてくれ。この礼はしっかりとさせてもらう」
「当たり前だ。苦労したんだからその対価はきっちり頂かないとな」
そう言って二人は顔を見合わせて笑いあうと、それぞれ逆方向へと歩き出した。
宿に向けて足を動かしながら、ベルは後ろに向けて声を発する。
「おい、出てくるならさっさとせい。儂は早く宿に戻りたいんじゃ」
「…………気づいていたのか」
すると裏路地に通じる建物の陰に、一人の男の姿が現れた。男の姿はボロボロであったが、その顔は先程まで見ていたものと同じ仏頂面であった。
「逃げたのかと思っておったのじゃが」
「ただ逃げ帰ってはジルブスタン様に示しがつかん。本来の目的は『大賢者』だが、先にそちらを襲って貴様に邪魔されるのは面倒だからな。先に排除させてもらう」
「先程儂に負けたのにか?」
「確かに貴様に食らわされた傷は浅いわけではない。しかし貴様の魔闘術の攻略法は見えている。あの打撃自体が怖いわけではなく、その打撃の衝撃こそが貴様の技だ」
「うむ、儂の打撃は強化してもせいぜいお前と打ち合える程度じゃろうな。儂の相方は同じような体躯をしておりながら自分より大きな獣を拳で吹き飛ばすが、あのような真似は儂にはできん」
じゃがな、とベルは底冷えのするような笑みを浮かべながら出来の悪い生徒に教えるように続ける。
「儂は魔術師なのだよ、若造。もとより肉弾戦はついででしかない。なぜ儂がお前との戦いで魔術をほとんど使わなかったかわかるか?」
「…………手を抜いていたということか」
「ああ、使うまでもないと思ったからさ」
「随分と、低く見られたものだ」
バルジャンの声の温度がすうっと下がる。そのまま彼は拳闘の構えを取るとぶつぶつと呪文を唱え始めた。
「はっはっは、先程の儂とは違うぞ?死ぬ気でかかってこい」
それに対してベルはあくまで余裕を崩さない笑みを浮かべたままバルジャンを挑発する。
そうして、ベル対バルジャンの第二戦の幕が切って落とされた。
「っ!あ痛っ」
「『大賢者』様、貴方も魔力欠乏症気味なのですからあまり動こうとしてはいけませんよ」
歩けないカエデのために近くまで来ていた馬車に乗せられていたレオーネは、後方で起きた魔力の高まりを感じ、自分の身体が限界を迎えているにもかかわらず振り向こうとし、自分より重症のカエデにたしなめられていた。
「わかってるわよ、カエデ。でもちょっと向こうの方で気になる魔力のぶつかりがあったものだから」
「向こう、とは先程の冒険者が向かった方でしょうか」
「ええ、方向としてはそちらの方ね。無事だといいのだけれど」
「まあ、バルジャンを退けられるほどの実力者ですし問題はないでしょう、きっと」
「それも、そうね」
そのまま二人と護衛の組合職員を乗せた馬車は組合へと向かっていくのであった。
そのころ組合では。
「おい!こっちにも食べる者持ってこい!」
「負傷者の方はこちらへ!」
「お連れの方とはぐれた方はこちらの受付になります!」
突然起きた『大賢者』襲撃事件の際に、逃げようとするも障壁に阻まれて逃げることができないのに外から入ってきてしまった人や、どこからともなく表れていたローブの男たちによって一般住民や冒険者に死傷者が大勢出ていたため、街の中心部にある講堂や病院では事足りず、組合も人手と場所を提供していた。
「おい!この中で一番治癒魔術ができる奴はどいつだ!?」
その時、大声をあげながら鎧姿の男たちが何かを運んできた。
「おう、どうした。俺にはテメェらも十分重症に見えるが」
「支部長!俺らより先にこっちの子を頼む!」
子どもという言葉に緊急性を感じたマークは男たちが運んできた布包みをほどくと、そこから立ち上る血臭の顔をしかめた。
「おい、こりゃひでぇな……。おい、マルセラ!マルセラはどこにいる!」
するとその声にこたえて人混みの向こうから髪の毛を一つに結んだ少女が飛び跳ねながら手を挙げていた。
「ここです!」
「すまんがそいつが通る道を開けてやってくれ!こっちに重傷の奴がいる!」
そこまで叫んで改めてその顔を見たマークは気づいた。
「おい、こりゃあん時の嬢ちゃんじゃねぇか」
「すいません、通してください!はぁ、お待たせしました!」
「この嬢ちゃんの相方は……。いやそれより先に治療だな。頼んだ、マルセラ」
「わかりました!」
何か所にも及ぶ骨折と打撲や切り傷などの外傷だけではなく、同時に魔力欠乏症も発症していたクロエは治癒魔術だけで治すのは危険であると判断されたため、組合の一室に寝かされることになった。
最低限の治癒魔術と応急処置で山場は越えたようで、安定した寝息を立てているクロエの様子を見ながら、マークとアイネは話し合っていた。
「あー、あの嬢ちゃんってやっぱ俺が負けた嬢ちゃんだよな?」
「見た感じそのようですが……。どうします?ベルさんに連絡を取りますか?」
「取った方がいいよな?」
「おそらくは」
「だよなぁ、でもなぁ、どう伝えるんだよこれ」
「まあ、そうですね」
「……一旦下戻るか」
「……そうしましょう」
二人が下に戻ると、何やら異様な熱気に包まれていた。
「おうおうなんだなんだ。俺がいねぇ間になに、が…………だ、『大賢者』様!」
そこには、組合の職員に肩を借りながら歩いてくるレオーネの姿があった。
「や、やあ、支部長。すまないが、どこか一室お借りしたいんだ。できればベッドと、魔力欠乏症の治療用のお香を焚けるところがよいのだが」
「あ、はい。それなら先客がいてもよろしければすぐにでも」
「それで構わないよ。この事態では贅沢も言っていられまい」
「あ、ありがとうございます」
普段は見られない緊張した姿のマークに後ろで笑い転げているアイネを横目で睨みつつ、マークはクロエが寝ている部屋へと案内した。
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